26、十二月
一ヶ月が経った。もう十二月だ。
教室の窓ガラスも、毎日曇っては、時折、暇潰しに書いた生徒の落書きで、我慢できなくなった滴が落ちて線を引いていく。
先生の服装が、遂にハイネックになってしまった。俺の好きだった首筋と鎖骨ががっちりガードされてしまった。実に残念だ。
視聴覚室で、先生の首筋と鎖骨にキスしたなぁ……と、思い出してはしみじみと喜びを噛み締める。この妄想で春まで我慢しなければならないのは、非常に残念なことだ。
あれから、俺はお坊さんのようにストイックになり、出家をしたのか?と一臣に気味悪がられるまでに進化した。進化なのか、退化なのか……。
先生とは、授業の終わりや廊下で、他の生徒と同じように他愛ない話をするだけで終わっている。視聴覚室から、一度も一対一で話していない。
日常に支障は来していないが、なんとも潤いがない日々だ。受験生だから、これくらいがいいのかもしれないが。
よく考えたら、先生と初めてのキスをしてから、半年が経った。俺との交際期間を久々に更新した人になった。
半年付き合ったアンジー先生は、あれは付き合ったとカウントしていいものかどうか怪しいところだが。付き合ったというより、あれは調教期間だな。
ということは、桜井先生は、めちゃくちゃ記録を更新している。ただ、桜井先生のこれも、付き合っている期間としてカウントしていいものなのかどうか。個人的にはカウントしてほしいんだが。
四時間目が終わった。
日直だったため、宿題ノートを職員室に運ぶのを手伝って、一人で教室に帰っていたら、桜井先生の後ろ姿を見付けた。
広めの上り階段の裏に隠れるように、さりげなく設置されたエレベーターがある。見辛い場所のため普段ならスルーするが、桜井先生の後ろ姿なら、なぜか俺はすぐに気付くことができた。
両手で大量のノートを抱えながらのため、エレベーターの上の矢印のボタンを押し辛そうにしていた。
俺は近づいていくと、黙って後ろから押してやった。
「あ……」
「おう」
廊下を無尽に通りすぎていく生徒の気配は背後で分かるが、みんな昼飯で頭がいっぱいらしく、無関心に通りすぎていく。奥まった所にあるエレベーターなので、気付かないらしく、俺と先生に絡んでくることもなさそうだった。なんか、久しぶりに一対一になった。
エレベーターが一階に着いた。
ドアが開いたが誰もおらず、そのまま二人で乗り込む。
「何階?」
「四階。ありがとう」
「俺が持とうか?」
「ううん、大丈夫」
「いつもどうやってボタンを押してんの?」
「こうやって……手すりに端を乗せて体で押さえながら片手で、えいっ、て」
実演してみせた先生に、俺は「なるほど」と感心した。
ドアが閉まって一気に静まり返り、二人だけの空間になれた。
「俺、ちゃんと真面目な生徒してるだろ?」
「うん、偉いっ、頑張ってるっ」
先生はノートを胸の前で持ちながら、俺を見上げて誉めてくれた。
なんという純粋無垢な瞳だろうか。先生の顔に似ているグラビアアイドルのエロ雑誌でオナニーしたとは絶対に悟られてはいけないのでござる。
「俺、めちゃくちゃ我慢してるからな」
「う、うん」
「先生のことを好きだとか、もう絶対に言わないからな」
「う、うん」
「今も先生の胸を触りたいけど我慢してるからな」
「…………」
「先生にキスしたいけど我慢してるからな」
「……ほとんど言ってる」
「先生の耳を甘噛みしたいけど我慢してるからな」
「遼介っ」
どうやら、俺はどうしても先生をからかってしまう性格らしい。
「怒ってる?」
「…………」
「嫌なら言って。俺、今すぐやめるから」
この一ヶ月、こんなに真面目な生徒をしてたんだから、やっぱり言うぐらいはOKにしてほしい。
真っ赤な顔の先生は、微かに首を横に振った。
俺はここが学校であることを心底恨んだ。抱き締めたいのに、抱き締められないじゃないか。
首を横に振った時、先生の髪がさらりと揺れて、肩から前へ滑り落ちた。
「先生、髪、伸びたな……」
先生は小さく頷く。
「うん……」
「俺、すげー淋しかったわ……」
呟くと、先生はもう一度、微かにこくんと頷いた。俺の胸が締め付けられる。
何度か、脳裏をかすめたことがあった。
所詮、教師と生徒の秘密の恋愛だから、背徳感とスリルで病みつきになっているだけなんじゃないか。
普通の恋愛よりもこっちの方が刺激が強い分、極度に燃え上がっているだけなんじゃないか――
でも、違った。そんなんじゃなかった。
早く解放してほしい。自由にさせてくれ。教師と生徒の関係が、こんなにも煩わしいものだとは。
心の底から、思う存分、先生を愛していると叫びたくて仕方ない。
早く卒業したい。
早く卒業して、先生と堂々とデートしてみたい。
もうすぐ目的の階に着く。
軽い振動があったので、俺はよろけたふりをして、先生にさりげなくキスをした。
先生の口が「あ」という形で開いている。目も見開いて、明らかに嬉しいよりも驚きとどうしようという顔だ。
俺は言った。
「大丈夫。今のはキスじゃなくて、よろけて顔がぶつかっただけだから。ノーカウントで」
先生は爆笑した。
やっぱり俺が真面目な生徒をするのは無理だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます