航空祈動士、敵を討て。 ―日本と人類の存亡を賭けて、“黒キ影”を駆逐せよ! ―
神田川 秋人
プロローグ 分かれた世界
第1話 分かれた世界
「■■!■■!右から回り込め!!」
その夢の中で、俺は黒髪の女性――■■連隊長から名前を呼ばれ、指示を受けている。
黒曜石のような光沢のある黒髪をポニーテールにまとめ、やや青みがかった瞳が特徴の美しい女性だ。
そして俺は、その女性の指示に答え、
目の前には敵――高層ビルに迫るほどの巨体を誇る、龍の形をした“
その口元が赤く輝き、みるみる内に光量を増していくのが目に入った。あまりのエネルギー量に、大気が震えるほどだ。
俺は、巨大な“黒キ影”を眼下に収め、この戦いに決着をもたらすべく、手にした刀に目一杯の“
「人類を――――」
莫大な祈動力が込められた刀は輝きを増し、闇夜を切り裂く朝日のように、辺りを照らした。
「――――――
そして、その刀を“黒キ影”の首元目がけて振るい――
◇ ◇ ◇
「……約束です……連隊長。日本は……世界は……俺と
――目を覚ます。
部屋のカーテンの隙間から、わずかに陽の光が漏れて、床を照らしている。
俺は、さっき見た夢を忘れないよう、何かを
そうしている内に、夢の内容は現実へと溶けていき、忘れてはいけないものを忘れてしまったという、名も無き焦燥感だけが残った。
最近は、毎日その繰り返しばかりが起きている気がする。
「受験勉強で、疲れているのかね……」
もはや、夢の内容はすっかり記憶から霧散し、俺の呟きだけが部屋に響き渡った。
「今日は、
8月の日曜日。
大叔父が眠る寺で
五十回忌とは、仏教において人が亡くなってから49年後に行われる法要である。
多くの仏教宗派において、最後の法要である“
大叔父――俺から見た祖母の弟は、1976年の8月に亡くなった。
当たり前だが、若くして亡くなった大叔父と俺は面識がない。
ただ――
「大叔父さんが亡くなったのは18歳、俺の年齢は今年で18歳。少しだけ運命を感じるな。」
思わず声に出してつぶやく。
彼には、叶えたい夢や未来があったのだろうか――俺とは違って。
進路に悩む同い年の受験生として、心の中で、そう問いかけずにはいられなかった。
法要が終わると、そのまま親族で祖母の家に集まり、食事会を開催した。
俺はまだ飲酒などできないので、ひと通りごちそうを食べ終わると、会場を抜け出して、小さな庭を囲う
父と母は親族との会話に忙しそうだし、俺はここでのんびり過ごしますか。
そう思いながら、庭で鳴くセミの声に耳を傾けていると、縁側の隣に人が座った。
俺の祖母――ばあちゃんだ。
ばあちゃんは、俺の顔を覗き込み、穏やかな笑顔を向けてくれた。
大好きなばあちゃんの、大好きな笑顔である。
俺のばあちゃんは、身内びいきを抜きにしてもすごい人だ。
ばあちゃんは、中学生の時に両親を交通事故で亡くし、たった一人残った肉親――弟を養うため、中学を卒業後、すぐに社会に出て働き始めた。
それだけでもすごいのに、慣れない仕事で疲労が溜まっている中、働きながら夜間の定時制高校に通って自力で卒業したあと、看護専門学校に進学して看護師の資格を得たと聞く。
理由は、育ち盛りの弟にもっとご飯を食べさせてあげたい。そして、傷ついた人の、病に苦しむ人の力になりたい――そのような想いだったという。
そんな彼女だが、看護師になってすぐに悲劇が襲う。
ただひとり残された肉親である弟を、突然の病で亡くしたのだ。
その弟こそが、先ほどの五十回忌で
誰かを救いたいと看護師になった彼女は、皮肉にも一番大切な肉親を失ったのである。
もし俺が彼女の立場だったら、心が折れて人生を投げ出し、自暴自棄な一生を過ごしただろう。
だが、彼女は強かった。
弟を失った悲しみを力に変え、仕事と勉学に打ち込んだ。
弟のように命を落とす人を、少しでも減らすために。
そんな彼女だからこそ、次第に周囲から尊敬と信頼を集めるようになり、最終的には大きな病院の看護部長まで務めたという。
優しく、誇り高く、自分に厳しく――そして、笑顔が素敵な、俺の自慢のばあちゃんだ。
「食事会を抜け出してきてよかったの?」
隣に座ったばあちゃんに話しかける。
「いいのよ。あの人達ったら、もう完全にできあがっているんだもの。私が居たか、居ないかなんて誰も覚えていないわよ!」
ばあちゃんは、幼い頃から苦難を乗り越えてきた
「ばあちゃんらしいや。」
思わず、
ばあちゃんも、つられて笑顔になる。
「また大きくなったわね。」
そう言って、ばあちゃんは俺を抱きしめてくれた。
少しだけ、お
俺にとっては世界のどこよりも安心できる、大好きなばあちゃんの匂いだ。
「久しぶり、ばあちゃん。会いたかったよ。」
「私もよ。さあさあ、学校の話でも聞かせてちょうだい。」
ばあちゃんは、ニコニコしながら微笑んだ。
「――ああ、もちろんだよ。」
それから、ばあちゃんとは色々な話をした。
学校のこと、受験のこと、友達のこと――そして、将来のこと。
ばあちゃんは、俺が話すこと全てに楽しそうに頷いてくれた。
ばあちゃんは、俺の全てを受け入れてくれる。
だからだろう、思わず、口が滑ってしまった。
「なあ、ばあちゃん。ばあちゃんの弟ってどんな人だったの?」
「………………」
先ほどまでの会話が嘘のように、縁側を沈黙が支配する。
――やっちまった。
「やっぱり今の無しで!」そう口に出そうとしたそのとき――
「亡くなった弟は――
ばあちゃんは、絞り出すように言葉を発した。
「――え?」
思わず、口から疑問の声が漏れる。
かすかな声だったからか、ばあちゃんはその声に気づかずに続ける。
「あなたと同じく、優しくて、人が傷つくのが許せなくて――そして、いざという時は、勇気を持って立ち上がることのできる強さがあった。」
俺は優しくなんてない。
勇気だって――あるかどうか分からない。
そう、声に出しそうになる。
でも、ばあちゃんはそのまま言葉を続けた。
「それに、よく不思議なことを口にしていたわ。『お姉ちゃん、あの世界はどうなっちゃうのかな?なにか僕にできることはないかな?』――って。『あの世界って何?』と私が聞いても、何も答えてくれなくて。」
「………………」
それは、確かに――
「――不思議な弟だね。」
俺はなんとか、そう返した。
ばあちゃんの話を聞いて、不思議とざわめく胸を押さえながら。
俺とは全く関係ないのに。
「そう、不思議な弟。だから目が離せなかった。でもね、あなたも弟と同じで、どこか目が離せなくなるような、そんな不思議な雰囲気を感じるの。」
「――ばあちゃん、俺はそんなに子供じゃないよ?」
俺の心中を見抜いたかのようなばあちゃんの言葉に、そう返した。
「そうね。だけどこれだけは覚えておいて。
――だから、大学を受験しようが、思い切って就職しようが、あなたのやりたいことをしなさい。
そう、続けたところで、ばあちゃんは親族に呼ばれて腰をあげた。
縁側にひとり残される。
「――さすが、ばあちゃんだよ。」
俺が将来の夢を見つけられずに悩んでいること、見抜かれていたみたいだ。
食事会という名の飲み会は、夕方にはお開きとなり、俺は両親と共に自宅へと帰った。
風呂から上がり、エアコンで涼むためにリビングへ向かった。
すると、ちょうど父親がテレビを観ている。
『――今年は終戦から80年の節目の年です。都内では、およそ310万人の戦没者を慰霊する、政府主催の全国戦没者追悼式が行われる見込みです。戦争を直接知る世代が減少し、記憶の
アナウンサーが原稿を読み上げている。
戦争か――
2000年代生まれの俺としては、はるか遠いできごとに感じる。
かつて日本が外国と戦争をしていたなんて、いまの平和な日本しか知らない身としては信じられなかった。
その後、少しだけ受験勉強をしてから、部屋の照明を消してベッドに潜り込む。
物心がついてからずっと知っている天井の模様を眺めながら、俺はそっと目を閉じた。
その日の夜、夢を見た。
だが、いつも見ている夢ではない。
俺は、海と空に囲まれた空間にひとりで立っていた。
海は
ふと、似たような光景をテレビで観たことを思い出す。
確か、ウユニ塩湖という名前だったか、海面に空が映り、空と海の境目があいまいになる光景。
それを思い出したとき、空と海の境界――水平線に目を向ける。
あの水平線の向こうには、何があるのだろうか――
そう考えたそのとき、足元が海へと沈み始めた
慌てて足を引き抜くも、踏ん張る先からどんどんと飲み込まれていき、あっという間に体全体が海の中に沈んでいく。
これはやばい――そう思ったとき
自分の頭の中に、
守られてばかりの悔しさ――
尊敬する姉への愛――
滅びゆく世界への絶望――
そして、病で消えゆく命への未練――
お前は誰だ?
かろうじてそう問いかけるも、答えは返ってこない。
沈む
沈んでいく
沈んで、そして溶けていく。
自分の身体と海の境目があいまいになり、海が自分なのか、自分が海なのか分からなくなる。
やがて意識さえも海と同化し始め――泡のように、弾けて消えた。
最後に、誰かの声が、わずかに聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
歴史は流れる、大河のごとく
『臨時ニュースを申し上げます!臨時ニュースを申し上げます!
ときに枝分かれし、ときに合流しながら
『――ハワイ事変において、米軍の太平洋艦隊を壊滅させた敵性生物は、現在もハワイ諸島を占拠中であります。』
『この異常事態を受け、帝国外務省と米国務省は、
『これに先立ち、日米関係悪化の主要因となっていた、対日石油禁輸措置は解除されることになり――』
運命という名の小舟を運びゆく
「俺たちは……日本は……世界は……負けない。」
「俺が死んでも……仲間が死んでも……負けない。」
「いつか必ず……お前たちを……倒すやつが現れる。」
「がはっ、げほっ……ぜぇ……残念だったなぁ……
その小舟に、人の意志を乗せて
『――甚大な被害をもたらしている“
『これを受けて、日中間での講和条約成立に向けた動きは加速すると見られ――』
人は意志の力で小舟を操り
「私はお前と出会って、初めて恋を知った。」
「■■。私は、お前を愛している。」
運命に抗う
「この勝利は、我々にとっては初めて手にした、たった1つの小さな勝利だが―――人類にとっては、未来を明るく照らす、大きな勝利となるであろうっ!!」
その小舟がたどり着く先は、まだ誰も知らない。
【 プロローグ 分かれた世界 完 】
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■あとがき
プロローグをお読みいただきありがとうございます!
本作は12月30日より連載をスタートしました。
今後は毎日更新を目指していきますので、続きが気になる方は、ぜひ星(★)やフォローで応援いただけると嬉しいです。
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