第7話 話さない
翌日は晴れていた。暑いなあと手を仰ぎながら待合室に入る。
「おはよう、茜」
中学の冬服を着た茜は俺の姿を見ると盛大に顔を顰めた。
「休日にあんまり来ないでって言ってるよね?なんで来ちゃうのよ」
此方を見ないまま、棘のある口調で茜は言い放つ。
「昨日あんな別れ方して来ないわけにはいかないだろ。来てほしくないなら昨日のうちに話しておけばよかったのに」
茜とは長い付き合いなので、特にめげることもなく言葉を返す。
「遅くなったら静川のじいちゃんが心配するでしょ。それに、バス乗らなかったら変に思われちゃうよ。この辺りのコミュニティ狭いんだから」
「気にする事ないだろ」
「史明くんが悪く言われるのが嫌なの!」
きっと茜が俺を睨んだ。昔から一度決めたらテコでも動かない、頑固な茜の眸。ああ、茜は何も変わっていない。死んでしまったけれど、ここにいる。
「……分かったよ、次から気をつける」
「……なら、いい。それで、何しにきたの」
「昨日の続き」
俺は勝手に茜の隣に座る。茜は少し俺から距離をとった。悲しい。
「茜はさ、瀬古さんと俺が付き合えばいいと思ってるの?」
「……思ってるよ。瀬古さんはきっと史明くんのことが好きだし、瀬古さんなら史明のこと大切にしてくれるだろうから」
「茜、瀬古さんと話したことないよな?なんで会ったことない瀬古さんの気持ちを勝手に決めて、幼馴染の俺の気持ちも確かめようとはしないんだ?」
「……ごめん、なさい」
望む答えをくれなかった茜は、唇を震わせて謝罪を吐き出したっきり黙り込んでしまった。
茜は昔から強情で頑固で、心の中でこうと決めたら誰にも相談せずに突っ走っていく。こういう気性は死んだって治らないらしい。それが茜らしい、といえばそうだけど。
不安だ。とても。茜が何を考えているのか、よくわからないと。
「俺は茜に謝って欲しい訳じゃなくて、茜の気持ちを知りたいんだ。けど、茜は言いたくないんだな。……なら、もう聞かないことにする。茜はそれでいい?」
ひとつひとつ、感情を確かめるように呟くと、茜はこくり、と頷く。
「うん、……ごめん。そのうち、言えるようにするから」
「こういう時はありがとうって言って欲しいな」
わざと戯けたように言ったけれど、茜は俯いたままでこちらを見なかった。分からない。昔はあんなに明快に分かったはずの茜の感情は、雲に隠れて見えなくなってしまった。
違う、初めからわかっていた訳じゃない、と誰に責められたわけでもないのに言い聞かせる。出会ったばかりの頃は茜のことを何も知らなくて、全然よく分からなかった。それでも分かり合える日が来たのだ。なら、大丈夫。ゆっくり、時をかければ、必ず、
ーいつまで待つんだ?茜はもう死んでるのに。
どこからか聞こえた声を振り払うと、俺は茜の方を向いた。
「なぁ、茜は初めて会った時、俺の事どんなふうに思ったんだ?」
「はぁ?」
茜が落ち込んでいる風を殴り捨てて怪訝な顔をした。茜は沈んだ顔よりこの顔の方が似合う。
「何でいきなり。話がつながってないよ?」
「俺の中ではつながってるの」
「それ、他の人にも言ってないよね?」
「言ってない言ってない、茜だけ」
「全く、調子いいんだから」
茜は呆れたように顔を上げた。そうそう、これこれ。茜はこうでなくちゃ。暗い面差しなんて似合わない。
「それで、栄えある俺のファーストインプレッションは?」
「第一印象でいいでしょ、カッコつけるな……。まぁ、暗い奴だなって、思ったよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます