第5話 琥珀糖
「それ、琥珀糖?」
いつもの待合室、カラッと晴れ渡る夏空の下。クラゲの動画を楽しそうに見ていた茜は、不意に半開きになった俺の鞄を指差した。
「あぁ、うん、そう」
透明な袋に包まれた、赤、青、緑、黄と彩り豊かな琥珀糖。初めて出会った時、茜が「宝石みたいで綺麗でしょ」と渡してくれたお菓子。甘いものが苦手な俺が、唯一よく食べる砂糖菓子。
「学校の近くで売ってるのみかけて。買ったんだ」
そっと鞄を閉めると、茜は何を考えているのかよくわからない表情でそれを見下ろした。
「ほんと、史明くんは琥珀糖好きだよね。なんで?」
茜は俺に琥珀糖をあげたことなどさっぱり忘れている。茜にとってお菓子を上げることは珍しいことではなかったから。
「……綺麗だから」
「そっかぁ、宝石みたいできれーだよね、琥珀糖」
俺に琥珀糖を渡したのは忘れているけれど、今でも宝石みたいだと思っているらしい。茜は小さい頃からキラキラしたものが好きで、食玩のアクセサリーに凝っていたっけ。あのネックレスや指輪は何処へ行ったのだろう。小学校の中学年になる頃には見かけなくなった。
「食べないからさ、ちょっと見ていい?」
「……うん」
透明な袋に入った琥珀糖を茜に渡す時、少し緊張した。こちらの心など知らない茜は白い手でそれを受け取ると、太陽にかざした。日光を抱き、琥珀糖が煌めく。袋の中で宝石が転がる。
「ありがと、綺麗だった」
「ならよかった」
琥珀糖を渡される時、茜の指先に少し触れた。冷たい肌に触れた所が熱を帯びる。
「ところで、琥珀糖はなんてお店で売ってたの?私知ってるかも」
「高校から歩いて五分のところにある駄菓子屋だよ。瀬古さんが教えてくれたんだ」
内心の動揺を隠すように早口で伝えると、なぜか茜は表情を曇らせた。長年の付き合いである俺はわかる。
なにかまずいこと言ったな、これは。必死に直前の内容を振り返ると、「ふーん、瀬古さんねぇ」と先に茜が答えをくれた。
「瀬古さんに琥珀糖好きっだって言ったの?」
「まぁ、好きなもの何かって聞かれて」
奇妙な居心地の悪さのまま答えると、いきなり
茜がにっこりと笑った。
「瀬古さん、史明くんの事好きなんじゃない?」
「はぁ?」
呆気に取られている俺を置いて、茜はベンチから立ち上がる。
「この前も史明くんのこと水族館に誘ったしさ、琥珀糖のお店教えてくれたしさ、よく話しかけてくれるんでしょ?なら、絶対史明くんのこと好きなんだよ!」
妙に爛々とした目で語る茜に、俺はついていけない。水族館に誘ってくれたのは割引のためだし、琥珀糖のお店を教えてくれたのはたまたまだろう。よく話しかけてくれるのも、同じ弓道部のよしみだ。
そう言い返せばよかったのかもしれない。けれど俺は茜が放つ妙な圧に気押されて、口を開くことができなかった。
「私、瀬古さんのこと応援しようと思うの!」
「……は?」
夏空の下、向日葵のような笑顔を浮かべる茜は、何処か歪だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます