第四話:職務質問された時は、事実を淡々と述べるに限るのだ。俺は前世で職質を週に三回受けていたベテランであるから、これは信用する価値がある。
俺は、半ば抵抗するリオの手を無理やり引き、サイショノ村へと向かっていた。
決めた。
俺の最終目的地は、転生者たちが実効支配しているという首都、『オワリノミヤコ』。
この世界のシステム、その根幹や『スキル』という概念、そして転生者そのものを、俺は分析・調査する。それが、このなんかよくわからない世界に放り込まれた俺の、唯一の存在意義だ。
だが、今の俺は全裸で無一文。情報も、地図も、装備もない。
リオが言っていた「サイショノ村」は、転生者から逃れてきた者たちの終着点。ならば、そこは情報と、この世界を生き抜くための最低限の物資を得るための、最初の拠点として最適だ。
火炙りにされるリスクはある。だが、目的のためには合理的選択だ。
最悪、このリオという少年が囮になってくれるだろう。
「ちょっと! 本気で死にたいんですか! 僕の話、聞いてました!?」
リオが、悲鳴に近い声で叫ぶ。
「ああ。一言一句、違わず暗記している。最初に君が発した言葉は、『た、助けて……』だ。違うか?」
「いや、そうじゃなくて! ていうか、なんでそんなこと暗記してるんですか!?」
「暗記しているのは、最初の言葉だけだ」
そんな微笑ましい談笑をしつつ、リオに無理やり道案内をさせ、俺たちはやがてサイショノ村の入り口にたどり着いた。
村の中は、リオの言っていた通り、多くの冒険者らしき人々で溢れていた。
木の骨組みがむき出しになった家々、石畳ではない土の道。
中世ヨーロッパを彷彿とさせる、良くも悪くも技術の進歩を感じさせない風景だ。
いや、葉っぱのパンツ一丁で石を握りしめている俺の方が、よほど技術の進歩を感じられないかもしれないが。
道中、何人かとすれ違うたびに思ったが、村に入ると、さらに多くの視線がこちらに突き刺さる。
まずい。
これは、転生者だとバレたのか……?
「リオ。囮は頼んだ」
「へ?」
「どうやら転生者だとバレているらしい。俺が逃げる時間を稼いでくれ」
「ケイがただの不審者なだけだよ……!」
どうやら俺は、転生者という社会的な脅威としてではなく、純粋な一個の不審人物として認識されているらしい。それはそれで心外だ。
そうこうしているうちに、案の定、槍を持った衛兵が二人、こちらに近づいてきた。
隣でリオが息を呑み、カタカタと震えている。
まあ、落ち着け。こういう時は、事実をありのままに述べればいい。
「止まれ! 貴様、何者だ!」
衛兵の一人が、威圧的に問いかけてくる。俺は落ち着いて答えた。
「篠原圭。人間です」
衛兵の眉が、ぴくりと動いた。
「当たり前だ! そういう意味ではない! どこの村の者か、どこから来たかを聞いている!」
「『どこから』と問われましても。時間軸における過去を指すのか、空間座標における物理的な起点を問うのか、あるいは形而上学的な魂の出自についてか。質問の定義が曖昧では、正確な回答は困難を極める」
「な……!?」
衛兵の顔が、苛立ちから純粋な困惑へと変わった。もう一人の衛兵と「こいつは一体何を言っているんだ……?」と視線を交わしている。
しびれを切らした最初の衛兵が、さらに声を荒らげた。
「ふざけるな! 所属と、身分を示すものを出せと言っている!」
俺は、小川で見つけた紫の石を恭しく胸の前に掲げた。
「これが所属、篠原だ。そして、こちらのリオが身分の証となる」
衛兵たちの顔が、今度は困惑に歪んだ。
「しのはら……?」「人を身分証代わりにだと……?」
彼らのプロフェッショナルな表情は完全に崩れ、目の前の理解不能な存在をどう処理すべきか、明らかに戸惑っていた。
その険悪な雰囲気を察し、リオが必死に間に割り込んだ。
「ま、待ってください! 彼は旅の者で、その、ちょっと頭が混乱しているだけで……!」
「少年、こいつに脅されているのか? 正直に言え!」
衛兵の厳しい視線がリオに突き刺さる。
完全に、俺とリオは加害者と被害者の構図で見られているらしい。
衛兵の一人が、今度は俺の全身を値踏みするように見ながら、新たな質問を投げかけた。
「お前……どこかから逃げてきた奴隷か? 焼き印はどこだ」
「広義の意味で言えば、我々は皆、社会の奴隷と言えるのではないだろうか」
「……は?」
「国家というシステム、貨幣という幻想、あるいは他者の視線という不可視の鎖。我々は何かに隷属することでしか、自己の輪郭を保てない。君たちとて、その槍と制服に魂を縛られた奴隷ではないかね?」
俺が真理を述べた瞬間、場の空気が凍りついた。
衛兵たちの顔から困惑が消え、自分たちの存在意義を揺るがしかねない危険な思想を持つ狂人を見るような、純粋な恐怖の色が浮かび上がっていた。
リオは「あうあう……」と意味のない音を発し、もう介入を諦めたようだった。
「こ、こいつはダメだ……」
「ああ、目が……ホンモノだ……」
衛兵たちが明らかに戦意を喪失したその時、リオが最後の力を振り絞った。
懐から小さな木の札を取り出し、衛兵の目の前に突きつける。
「こ、これ! 僕の身分証です! 僕はサイショノ村のリオです! 彼は……えっと、僕の……と、遠い親戚で、旅の疲れでちょっとおかしくなってるだけで!」
衛兵はリオの身分証を一瞥し、次に虚空を見つめて哲学を語る俺の顔を恐怖に引きつらせながら見た。
そして、同僚の肩を叩く。
「……おい、もういいだろう」
「……ああ」
解放のきっかけは、リオの身分証。そして何より、これ以上俺という不条理と会話をしたくないという、衛兵たちの強い逃避願望だった。
「……分かった。村で問題を起こすなよ。特に、そこのお前!」
衛兵は俺を指差し、忌まわしきものから逃げるように足早に去っていった。
一人残されたリオは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
さて、当面の危機は去った。次は寝床の確保だ。
村には宿屋らしき看板がいくつもあったが、肝心の金がない。
「リオ、金がない」
「……あ、うん、そうだね。僕も今日はほとんど持ってないよ」
「噴水はないか? 都市の噴水というものは、幼い時から小銭の供給源として使用してきたのだが」
「それ、ただの窃盗じゃないかな!?」
俺が宿屋の前で仁王立ちになり、次の資金調達プランを思考していると、リオが呆れきったように深いため息をつき、俺の手を引いた。
「ほら、もう行くよ! これ以上変なことしたら、今度こそ本当に捕まるって!」
「そうか。で、今なんと言った?」
「……」
リオはもう何も言うまいと決めたのか、無言で俺を引きずっていく。
たどり着いたのは、小さなレンガ造りの家だった。
この村ではごく一般的な佇まいだが、パン屋のかわいらしい看板と、店の規模には不釣り合いなほど大きな石窯があるのが特徴的だ。
ちょうど昼時とあって、店の前にはかなりの客が列を作っていた。
しかし、俺がリオに引きずられて店の前に立った瞬間、蜘蛛の子を散らすように、誰一人そこにはいなくなった。
店の奥から出てきた、人の良さそうな恰幅のいい男——おそらくリオの父親だろう——は、驚愕に目を見開いて、俺と、俺の背後で申し訳なさそうに縮こまっているリオを、ただただ見つめていた。
静寂。
まずは、挨拶が肝心だ。
俺は、店主に向かって、にこやかに自己紹介を始めた。
「どうも。篠原圭です。好きな食べ物は……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます