悪役令嬢は有能侯爵夫人と結ばれたいー理解されないと思ったら、あっさり受け入れられましたー

餅月 響子

序章

第1話 彼女の髪が綺麗に靡いていた

―――この愛しい時間と世界が人生二度目だと気づいた時はずっと後のことだった。


 小鳥のさえずりが心地よい朝の中庭で、シロツメグサで王冠を作っていた。外で遊ぶときはいつもこの作り方から始まった。鼻歌を歌いながら、青い瞳のふわふわ天然パーマのパトリック・フェリデンは、ギノノ王国の令嬢であった。一人っ子でどんな人からも愛されていた彼女は、遊びに来た幼馴染の隣国のオスタワ王国に住む2歳年下のエリーサベト・モルベリにとても優しかった。


「ねぇねぇ、もう一つ作ってよぉー」

「はいはい。わかりました。次の作ったものには、たんぽぽもつけておしゃれしちゃいましょうね。はい、どうぞ」


 出来上がったシロツメグサの王冠を頭に乗せられたエリーサベト・モルベリは、浮足立ってスキップしながら喜んだ。


「わーい。ありがとう。これすごくいいねぇ」

「喜んでもらえて良かった」


 本当の姉上のように接してくれたパトリック・フェリデンは、屈託のない笑顔で可愛く老若男女問わず、分け隔てなく接することができる素敵な人だった。いつかこの人と一緒になれたらいいなぁと考えながら、過ごしていた。そんな思いは叶わないと大人になって現実を知ってしまう。



 ―――世の中は女性が女性を愛することは秘密にしなければならないと自然の流れで学んでいた。エリーサベト・モルベリは18歳の誕生日を迎えると、どんなに願ってもどうにもならないことを間の当たりにした。


 彼女は、「ラブきゅん王子」というゲームの悪役令嬢であり、前世は生粋の日本人だった。順風満帆に婚約を進めていたパトリック・フェリデンは、許嫁であるフェリシア・リドマン侯爵とオペラ鑑賞へ行くという約束を目の前で交わしていた。


「パトリック。座席は前の方でお願いしていたはずだけど、オペラグラスを持っていかなきゃいけないってどういうこと?」

「申し訳ない。僕のミスだ。じいやに頼んだ僕の……」


 頭を抱えるくらいの落ち込み具合にパトリック・フェリデンは逆に申し訳なく感じていた。


「え、そんなに落ち込まなくてもいいのよ。ごめんなさい。私も、融通が利かなくて……大丈夫。オペラグラスがあったはず」


 持っていたバッグの中を探していたがどこにもない。オペラだなんだと騒いでいたため、金髪のボブカットのエリーサベト・モルベリは持っていたオペラグラスをサッとパトリック・フェリデンに差し出した。自分の誕生日パーティーだというのに、オペラの話をしているなんてと思いながら、グッと本心を押さえて、パトリック・フェリデンには優しくしたいという気持ちの方が勝っていた。


「あら、エリーサベト。貸してくれるの?」

「ええ、使ってくれたら、私もこのオペラグラスも嬉しいから」

「ありがとう」

「悪いね。僕が用意するべきところを、感謝するよ」

「いえ、いいの。気になさらないで。ぜひ、最後まで楽しんでいって」


 立食パーティはチーズたっぷりのピザと炭火焼チキンとカラフルなパプリカピザが並べられていた。一体何がメインだったのかと錯覚してしまう。今日はエリーサベト・モルベリの18歳の誕生日だったことを皆忘れて談笑に夢中になってしまっている。父であるオレリアンは、王座の間で鼻ちょうちんを作りながら眠っていた。誕生日プレゼントを準備するのに徹夜してしまったことが原因だ。一番に想ってくれているのは父なのかとため息をこぼす。


「お父さん!」

「ん? なんだ。どうした。時間か?」

「違うわよ。堂々と寝ないでもらえる?」

「悪い悪い。突然ね、眠くなってしまったんだ」

「まぁ、仕方ないわね。昨日、徹夜したっていうんだから。風船をたっぷり膨らませすぎよ。本当に」

「ん、うーん。そ、そうかな。いや、風船があった方がよかろう。兎にも角にも、お前はいつになったら、フェリシア・リドマン侯爵と仲良くできるんだ?」

「……その話って今じゃないとダメなの?」

「い? ん? いや、別にそんなことはないが……」

「今日は私の誕生日なんだから。祝いことだけ考えていればいいわよ」

「わかりました。そうします」


 父のオレリアンは両頬をバシバシと叩いて、立ち上がり、グラスに新しい飲み物を注ぎに向かった。パトリック・フェリデンはフェリシア・リドマンの許嫁であったが、そうと決まる前はエリーサベト・モルベリが許嫁であった。幼馴染との関係性が故、これは譲らなければならないと引き下がった。肩書が公爵であったため、惜しい人を逃したと父のオレリアンは心配して再度猛アタックできないかと目論んでいた。ゲーム通りに進んだら、そのまま公爵の略奪を試みて、泥沼の展開が待ち受けていそうだが、今はそんなことしたくないエリーサベト・モルベリ。婚約破棄が目に見えてくる。国外追放なんてあっという間である。それは絶対に避けたいところだ。



「エリーサベト、さっきはありがとう。オペラグラスがあるなら、私も心穏やかに過ごせるわ。いつも、貴方が気にかけてくれるから助かっているの」

「フェリシア。そう言ってもらえると、私も嬉しい」


 エリーサベト・モルベリは、思わず、スキップしたくなるくらい胸が躍った。今は、フェリシア・リドマンよりも何よりもふわふわでキラキラしたパトリック・フェリデンの揺れる髪が愛しく思えた。もっと彼女のそばに行ってずっと話していたい。昔から一緒に楽しく過ごしていたお城の中庭が懐かしく感じている。


「改めて、言わせてね。エリーサベト・モルベリ。18歳のお誕生日おめでとう!」


 執事から預かった細く長い紺色のアクセサリーケースをエリーサベト・モルベリに渡した。中を開けてみると、シロツメグサの白い小さな花のペンダントが入っていた。キラリと光るダイヤモンドが輝いている。


「ありがとう。まさか、こんな素敵なモノを頂けるなんて思ってもなかったわ。すっごく嬉しい!」

「喜んでもらえて良かったわ」

 

 フェリシア・リドマンはじろりと仲良くしてる2人を睨んで面白くない顔をしていた。エリーサベト・モルベリとパトリック・フェリデンは顔を見合わせて、満面の笑みを浮かべた。2人の周辺は、キラキラと輝いていて見えた。


 エリーサベト・モルベリは、この幸せが長く続けばいいのになぁと願った。

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