第39話 玉座を巡って
城の大広間に歩を進めた王子の横を、ボルトとレンチが駆け抜けていく。二人は露払いのために前を進む。王子に付き従う騎士と兵士は、脇道がある所で数人ずつ離れ、城内の敵兵と味方や非戦闘員の捜索にあたる。
ボルトとレンチは階段を駆け上がり、斬りかかってくる敵兵を銃撃して倒していく。混乱している今が絶好の機会であり、敵の首謀者に逃げる間を与えるわけにはいかなかった。
王子と魔女は無人の野を歩いていく。倒された敵兵なぞ、そこに無いかのように進む。王子も認識していた。今は臆病な様子を見せるわけにはいかない。麾下の兵士や、城内に残った召使なども見ている。威厳と揺るぎない姿勢を見せねば、人は付いてこないとわかっている。
魔女もそれを知り、王子から一歩引いた位置にいた。主役は王子である。自分は脇役に過ぎない。という態度をとっている。
いくつかの階段をあがり、広間を抜け、玉座の間へと向かっていく。そこにたどり着けば勝ちを手にできる。号令を発し、これ以上の戦闘が無意味であることを示せるのだ。
ボルトが飛び出してきた兵士をショルダースルーで投げ飛ばし、倒れたところをレンチが至近距離で銃撃する。真鍮の薬莢が飛び、硝煙をたなびかせながら階段を転がっていく。王子はそれを足で受け止め、しばし眺めたあと、前に進んだ。父や兄は魔女を毛嫌いしていたが、それがなぜだかわかったような気がした。魔女たちは、自分たちの世界の外にいる。その気になれば、自分を排除し、別の人間を王に据えることも簡単だろう。ただ、魔女がそれを良しとしていないから、今の自分がいるのだと。ならば、自分の腕で魔女をも治めてみせようと、王子は思った。
ボルトとレンチが立ち止まる。玉座の間へと続く最後の廊下である。廊下の左右には歴代の王を称える文が刻まれた石柱が立っている。その陰から、剣を手にした騎士たちがゆらりと現れる。陰謀者とともに栄華を手に入れんとした、反逆の騎士たちである。
「殿下はここでお待ちください」
ボルトはそう言うと、レンチに合図した。レンチは腰からスタングレネードを抜くと、アンダースローで放り投げた。それに合わせて騎士が突進してくる。ボルトはM4を構え、銃撃のタイミングを計る。
スタングレネードが騎士たちの間で爆発する。光と音が廊下に反響する。騎士たちは眼と耳をやられ、突進の足が止まる。そこにボルトの銃弾が飛ぶ。騎士たちの全身鎧の表面に火花が散る。さすがの5.56㎜弾でも、的確な角度にある鋼の板金に対しては貫通しない。それでも、銃撃による打撃は騎士たちを下がらせることはできた。ボルトとレンチは前進し、衝撃で倒れた騎士の首元に銃口を突っ込み、隙間から生身の部分に銃撃を浴びせる。スタングレネードの衝撃から回復した騎士が剣を構える。二人はほぼ同時に銃口を上げ、銃撃を浴びせる。衝撃を受ける騎士の手から剣が飛び、連続した打撃に膝を落とす。ボルトが床を滑るように近づき、脇の下と首筋を銃で撃った。
王子は黙ってそれを見ていた。歴代の王たちを守っていた騎士たちが、わずか二人の兵によって倒されていく。それは衝撃でもあり、歓喜でもあった。自分たちがこの力を手にすることができれば、世界を変えることができるにちがいない。
最後の騎士が倒れる。ボルトは空になったマガジンを振り捨て、新しいマガジンを装填する。レンチは騎士たちの間を回り、死んでいることを確認した。ボルトが合図する。
王子は倒れた騎士たちの間を歩いた。敵はあの扉の向うにいる。拳を握りしめ、己を鼓舞する。
ドアにはボルトとレンチが取り付き、鍵の部分に小型の爆薬を仕掛けて爆破した。ドアを開け、二人が滑り込む。そして、ドアの裏で待ち構えていた兵に銃撃を浴びせて倒す。
王子は目的の地、玉座の間に足を踏み入れた。これからの血塗られた道を暗示しているかのように、足元の絨毯に血が広がっている。ボルトとレンチはドアの所にとまり、銃を構えて部屋の中を警戒している。
玉座の間には一人の人物が立っていた。
「侯爵……」
王国の東部の良好な地を統べる存在。自分とそんなに歳も違わない、若き反逆者の姿を見て、王子は残念だ、という顔をした。対するエメン候は驚きと、まだやれる、という表情を浮かべた。
「これは、殿下。速い御着きで」
「たまたま速い馬車があったからな」
「それは
エメン候は左手で剣を鞘から抜いた。これを振るうか、ここで捨てるか、それが運命の分かれ目であった。
「とても残念だ。君に野心があることは知っていたが、ここまでのことをするとは思わなかった。これは君の考えかね? それとも誰かに耳打ちされたことか?」
「それは……殿下も同じではないですか? そこの魔──?」
エメン卿は言葉を飲み込んだ。王子の後ろにいるはずの魔女の姿が無い。王子の後ろには、誰もいない。
「どこに行った……」
「どこに? 私はここにいるぞ」
王子は一歩前に出た。
「殿下はどうするつもりですか? あの魔女は、私たちの国を破滅させようとしている存在。そんな者たちの力を高く買うというのですか?」
「私はそうは思わない。魔女らは、我々の未来を示している。人の知恵はどこまで進めるかを、あの者たちは私に教えてくれる」
「どうやら魔女めにたぶらかされたようですね。そのような者が、王になれるわけがない。魔女の力が無ければ、おまえはこの部屋へもたどり着けなかったはず」
エメン候は左手で王子を指さした。
「私はここでおまえを倒し、王国を魔女から救い出す! さぁ、剣を抜け!」
「君のような若い者の力を必要としていたのだが……そう言うのなら、私も剣を抜こう」
王子は剣を抜き、切っ先を床へと向けた。背筋を伸ばし、片手を腰に当てる。エメン候はそれに向き合う。
二人の間合いが近づく。王子は剣を下に向けたまま距離を詰める。対するエメン候は左手に剣を握り、右手をゆっくりと上げた。
「──これは予想外でしょう?」
エメン候の右手には9㎜拳銃が握られていた。
「おまえの旅も、ここで終わりだ!」
銃声が響く。王子は胸に衝撃を受ける。左手で胸を押さえ、膝が落ちる。エメン候はフッと拳銃の銃口から流れる硝煙を吹いた。
「
王子はゆっくりと顔を上げた。エメン候は数歩進み、銃口を王子の額に向ける。
「安心してください、殿下。王国は私らが正しい道へと導きます。同盟との戦も無くなり、魔女も処刑台へ送ります」
胸を押さえたままの王子は下を向いた。
「これは伝えておきましょう。王は私が殺しました。この手で」
エメン候は笑みを浮かべ、拳銃を構えなおした。
「死を前に、何か言い残すことはありませ──?」
眼を血ばしらせるほどに興奮と高揚に支配されているエメン卿は、耳元で聞きなれない音を聞いた。ジジッという紙が燃える音だった。そして、細い煙が目の前を横切っていく。
エメン候は煙の出所に向かって視線を動かした。何も見えない空中に、赤い燃える点が現れていた。燃える点は少し明るくなり、その後に紫煙がたなびく。紫煙は流れ、顔にまとわりついた。
空中に
「どこのどいつの差し金かな? 義手の坊主」
"
「まぁ、
エメン候の手から拳銃が落ちる。王子は服の下に着ていた
「魔女め──」
「あんたも
魔女は拳銃を蹴飛ばす。
「話す気が無ければここで死ぬだけ。話す気になれば、暗い牢獄へ行くだけ」
王子は姿勢を正し、エメン候に向き合った。
「このような結末は残念に思う。君の想いは少々大きすぎたようだ」
エメン候は王子に呪いを込めんばかりの視線を向ける。
「私は魔女殿とともに先に行く。それを見ているがいい」
王子は剣を振るい、エメン候の左手を斬り落とした。エメン候は血を流す左手首を見て、絶叫を上げた。
廊下から大人数の足音が聞こえてきた。ボルトとレンチが警戒するが、先頭の騎士が味方である合図をした。二人は銃口を下げ、騎士たちを玉座の間に入れた。
「この者を牢獄へ」
王子は騎士に命じた。エメン候は声にならない呪詛の言葉を吐いていたが、その声は遠ざかって行った。
「殺さなくてよかったのですか?」
魔女は.45をホルスターに納め、煙草を床に落として踏み消した。
「ここまで汚れた絨毯です。少々焦げ跡がついてもよいかと」
「彼にはすべてを話してもらうよ。どうせ同盟が糸を引いているだろうが」
王子は騎士たちの方を向く。騎士たちはひざまずき、
「皆に知らせよ。これからは、私が王であると」
騎士たちは承服の声を上げた。
騎馬を先頭に、エメン候の部隊は一路王都に向かって進軍していた。王の死の知らせを受けてすぐに領地を出立した一軍は、あと少しで王都へという場所にたどり着いていた。彼らの下には、王子が子爵の領地から抜け出したことは伝わっていない。ただ己の主の命じるままに兵を進めていた。
「ん?」
先頭に立つ騎士が、道の先に立つ何かを見つけた。オーガーほどもあるその存在は、赤黒い装甲を持つ甲冑の姿をしていた。
「あれは……?」
甲冑はゆっくりと腕をあげた。
「では、いっちょ、ぶちかましますかっ」
ラチェットは操縦桿のトリガーを引いた。.50が吠え、騎士とその馬を肉塊に変える。ラチェットは前進し、敵軍に向かって機銃弾を浴びせた。銃弾のベルトリンクは腕につけられた"
「こちらは任務完了。これからそちらへ向かいます」
ラチェットは無線を飛ばすと、王都に向かって動甲冑を走らせた。
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