第十九話「絶体絶命のハズレ戦略」

ブオォォォン、と。

夜の森に、けたたましい角笛の音が、響き渡る。


「しまった!」


その音に呼応するように、背後の砦の扉が、勢いよく開かれた。

そして、中から、松明の光と共に、十数人の屈強な賊たちが、武器を構えて雪崩のように、飛び出してくるのが見えた。


あっという間に俺は、完全に包囲されてしまった。


「おい、どういう状況だ!」

「こ、こいつだ! こいつが、いきなり!」


角笛を吹いた男が、俺を指差す。

殺意に満ちた視線が、一斉に、俺に突き刺さった。


「なんだ、こんなガキ一人に、てこずってんじゃねえぞ!」


賊のリーダーらしき、ひときわ体格のいい傷だらけの男が、前に進み出てくる。

その傷だらけの顔に、獰猛な笑みを浮かべた。


「てめえの、その、奇妙なスキル、面白い。強さに免じて、これからお前を殺す者の名を教えてやろう。俺は、“百殺し”のグレン。世間からは、そう呼ばれている」


絶体絶命。

脳裏に、ボールスさんの言葉が蘇る。


(その『運』を、貴様の『思考』で、必然に変えてみせろ)


そうだ。

剣でまともにやり合えば、多勢に無勢で勝ち目はない。

やるべきことは一つ。


「ガキが、ちょこざいな真似を! 全員、かかれ! 一人残らず、八つ裂きにしてやれ!」


グレンが怒号を上げる。

その号令で、前方にいた賊たちが一斉に俺へと殺到してきた。


「――まずは、これだ!」


俺は、数本の(N【空き瓶】)を、具現化させた。

そして、それを間髪入れずに、右前方の地面に叩きつける。


ガシャン!ガシャン!と、けたたましい音を立てて瓶が割れ、鋭いガラスの破片が地面に散らばった。

先頭を走っていた賊たちが、前方のガラスに気づき、一瞬足を止めたが、すぐにそれを避けて進路を修正する。


(これで、奴らが向かってくるルートを、一点に絞り込めた)


次に、殺到してくる賊たちの進路を塞ぐように、ストックから、油の入った(N【油の樽】)を4つ、横一列に出現させた。

その重さで、乗り越えるには時間がかかり、迂回するには隙が生まれる、簡易的な、しかし、完璧な障害物。


「そんなもの!」


先頭を走っていた賊が、邪魔な樽を、力ずくで、どかそうとする。

そう、それこそが、俺の狙い。

全員が、同じ場所に同じタイミングで、その足を一瞬だけ止める、その瞬間。


「これでもくらえっ」


俺は、賊たちが樽の前で、一瞬だけ密集したその瞬間。

(N【小麦粉の袋】)を、彼らの頭上、高さ5メートルの空中に具現化させた。

そして、ストックから取り出した(R【小ぶりのナイフ】)を、その袋めがけて、全力で、投げつける。


袋はナイフによって、いとも簡単に切り裂かれ、中の白い粉がまるで雪のように、密集した賊たちの頭上に、舞い落ちた。


「うわっ! なんだ、こりゃ!?」

「前が見えねぇ」


賊たちが、視界を奪われ、混乱する。


森の噂を調べた時に、組合の資料室で偶然、目に留まった、一枚の古い報告書。

『北部炭鉱における、大規模な粉塵爆発事故の調査記録』


その記事に書いてあったことが本当なら・・

ボールスさんの言う「思考」ってのは、こういうことだろ?


俺は、最後の仕上げに、ストックから、もう一本の(N【空-き瓶】)を取り出した。

そして、それを、賊の先頭で、松明を掲げていた男の、その手元めがけて、全力で、投げつけた。



凄まじい轟音と共に、閃光が炸裂した。

夜の森が、一瞬だけ真昼のように照らし出され、続く灼熱の衝撃波が、俺の体を吹き飛ばす。


「ぐっ、はっ・・!」


俺は、数メートル後ろの木の幹に、背中から叩きつけられた。

肺から空気が全て絞り出される。


熱い。

肌が、焼けるように熱い。


煙と焦げた匂いが立ち込める中、俺はなんとか顔を上げた。

爆心地を中心に、爆風でなぎ倒された木々が、黒い煙を上げていた。

そして、そこにいた十数人の賊たちは、そのほとんどが凄まじい火傷を負い、意識を失って地面に折り重なるように倒れている。


(やった、のか・・?)


ハズレアイテムだけで、あの「血塗られた牙」の主力を、ほぼ壊滅させた。

これこそが、ボールスさんの言っていた、「思考」の力。


【ガチャポイントを、420pt、獲得しました】


その無機質なメッセージが、歓喜に浮かれていた俺の心を、一気に現実に引き戻した。


(420ポイント・・。見張りを倒した35と合わせても、まだ455ポイント。1000ポイントには、半分も届いていない・・!)


その事実に、俺は唇を噛み締めた。

だが、絶望している暇すらなかった。


もうもうと立ち上る黒煙の中から、一つの巨大な人影が、ゆっくりと立ち上がった。


「・・てめえ」


地獄の底から響いてくるような、低い声。

グレンだ。


彼は、爆発の瞬間、咄嗟に近くにいた部下を二人、盾にしたのだろう。

その身にいくつかの火傷は負っているものの、その眼光は少しも衰えていない。

むしろその瞳は、純粋な殺意で赤く燃え上がっていた。


「面白い、じゃねえか。ガキが」


彼は、手に持っていた巨大な戦斧(バトルアックス)を、その異常に太い腕で、軽々と肩に担ぎ直した。

彼の周囲に、禍々しいほどの闘気が渦巻き始める。


まずい。

こいつは、格が違う。


「褒めてやる。てめえは、ただのガキじゃねえ。強者だ」

「てめえの、その、奇妙なスキル、面白い。強さに免じて、これからお前を殺す者の名を教えてやろう。俺は、“百殺し”のグレン。世間からは、そう呼ばれている」


彼は一歩、踏み出した。

それだけで、地面がビリビリと震える。


「遊びは、ここまでだ」


(ポイントが、足りない。こいつ一人で、残りの545ポイントを稼がなければならない。だが、殺さずに、そんな莫大なポイントが手に入るのか? いや、それよりも、こいつを、殺さずに倒すことなんて、できるのか? もし、殺してしまったら――)


俺の思考が、絶望的な計算とトラウマの狭間で、高速で回転する。

その、ほんの一瞬の思考の隙。

それを見逃すほど、目の前の男は、甘くなかった。


グレンの巨体が、俺の視界から、一瞬で消える。

(速い!)


気づいた時には、奴は、俺の背後にいた。

そして、その巨大な戦斧の刃が、俺の、がら空きの首筋めがけて、薙ぎ払われようとしていた――。

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