第十四話「獅子の巣と、三人の師」
遺跡からの脱出は、ボールスさんの圧倒的な力で、意外にもスムーズだった。
崩落した通路を力ずくで切り開き、俺たちは無事に地上へと戻ることができた。
そこから丸一日。
ボールスさんに導かれ、馬車で険しい山道を登り続けた俺たちがたどり着いた場所。
それは、首都アストリアの喧騒から遠く離れた、険しい山脈の懐に隠された、巨大な修練場だった。
「ここが・・スキル派の・・」
エレインが、息を呑む。 王都の華美な装飾とは無縁の、質実剛健な石造りの建物が並び、その全てが、強くなるためだけに存在している。
道行く人々は、皆、一様に鍛え上げられた肉体を持ち、その目には、厳しいながらも、誇り高い光が宿っていた。
ここは、貴族の血筋ではなく、己の「技」のみを信じる者たちが集う、自由の砦。 俺は、その活気に満ちた空気に、胸が高鳴るのを感じていた。
修練場の中心にある、最も大きな訓練場。 そこで、ボールスさんは、俺たちに向き直った。
「さて、お前たちには、今日から1ヶ月、地獄を見てもらう」
その言葉と同時に、訓練場の入り口から、二つの人影が現れた。
「よう、ボールス坊ちゃん。遅かったじゃねえか」
最初に声をかけてきたのは、飄々とした笑みを浮かべた、人の良さそうな好々爺だった。 腰に、小さなバックラーを一つだけ提げている。
「ギデオン爺。坊ちゃんはやめろと、何度言ったら分かる」
ボールスさんが、心底面倒くさそうに言う。 スキル派のリーダーである、この「獅子」を、坊ちゃん呼ばわり。 とんでもない大物がいたもんだ。
「で、どいつだい? 坊ちゃんのお気に入りの、石頭くんというのは」
ギデオンと紹介された老人は、品定めするように、俺とケイを交互に見た。
ケイが、そのふざけた態度に、少しだけ眉をひそめる。
「そして、こちらがセラフィナ殿だ」
ボールスさんが、もう一人を、敬意のこもった声で紹介した。 (殿・・? あのボールスさんが、自分より若そうな人に、殿付けだと・・?) 俺が、その尋常ならざる力関係に内心驚いていると、その女性は、俺を見て、優雅に微笑んだ。 そして、俺は、思考が停止した。
月光を思わせる、美しい銀の髪。 世界の全てを慈しむような、穏やかな紫色の瞳。 ローブの上からでも分かる、完璧すぎる曲線を描く、グラマラスな身体。 そして、その中でも特に、神々しいまでに豊かな、胸元。
俺の視線は、完全に、その一点に釘付けになっていた。
「は、はじめまして! アーサー・ベルです! 趣味はガチャで、好きなものは、その、非常に、豊満な・・」
「この、ど阿呆がッ!!」
俺が、本能のままに自己紹介をしようとした瞬間、背後からケイのゲンコツが、頭に落ちた。
「いってえ!」
「貴様、セラフィナ殿に、あまりにも失礼だぞ!」
「だってよぉ、見ちまったもんは仕方ねえだろ!」
俺たちのやり取りを見て、セラフィナ殿は、くすくすと、鈴の鳴るような声で笑った。
「あなたが、アーサー。ボールスから、話は聞いていますよ。面白そうなスキルをお持ちのようですね」
その笑顔に、俺の心臓は、またしても大きく跳ね上がった。
肩の上に乗っていたルナが、俺の耳元で、電子的な声で囁く。
「マスターの心拍数、急上昇。平常時の2.1倍を計測。故障の可能性を、」
「うるさいうるさい!」
ボールスさんは、俺たちの茶番を無視すると、本題を切り出した。
「ケイ・グラント」
「はっ」
「お前の師は、ギデオン殿だ。この人の下で、真の盾とは何かを、その身に刻め」
ギデオンさんは、ケイの全身を値踏みするようにジロリと見ると、ニヤリと笑った。
「ほう。良い目をする。だが、まだまだ青臭いな。よし、まずは、あの滝にでも打たれて、頭をひやしてもらうとするかに」
「は、滝、ですか?」
「問答無用!」 ギデオン爺さんは、戸惑うケイの首根っこを、老人のものとは思えない力でひっつかむと、そのまま訓練場の向こうへと引きずっていってしまった。
「さて。エレイン・マリーゴールド」
「は、はい!」
「あなたの師は、セラフィナ殿だ。彼女の元で、精霊の、そのさらに奥にある力に、触れてくるといい」
セラフィナ殿は、エレインの前に立つと、その顔をじっと覗き込んだ。
そして、その瞳をわずかに細める。
「まあ、可愛いお嬢さん。その瞳の色・・そして、その魔力の香り」
「・・え?」
「ええ、とても、懐かしい。私が、遠い昔に失くしてしまった、大切な宝物によく似ている」
セラフィナさんはそれだけ言うと、エレインの手を優しく取った。
「詳しい話は、後で、ゆっくりと。さあ、こちらへ」
エレインは、その言葉の意味が分からず困惑した表情で、一度だけ俺の方を振り返った。
俺は力強く頷いて、彼女を見送った。
あっという間に、広い訓練場に俺とボールスさんそしてルナだけが残された。
「さて、と」
ボールスさんは腕を組み、ニヤリとまるで鬼のような笑みを浮かべた。
「よかったな、アーサー。お前の地獄の特訓は、このスキル派で一番やさしい、俺が直々に見てやることになった」
「…望むところです」
その言葉のどこに優しさの要素があるというのか。
だが、不思議と、恐怖はなかった。
1ヶ月。 俺たちは必ず、もっと強くなる。
そして、今度こそモードレッドに勝って見せる。
俺は、ケイとエレインが去っていった方向をそれぞれ見つめ、そして、目の前の、
最強の師に向き直った。
腹の底から新たな闘志が、静かに湧い上がってくるのを感じていた。
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