『16barsの鼓動』第二十章(改定完全版)

町田代表オーディション二戦目。

 ステージ袖で、ことねたちは緊張に押しつぶされそうになっていた。


「次は……Rhyme Jokerか」

 芽依が低く呟く。

 彩葉は唇を噛んだ。

「ヤバいよね、あの完成度……」

 ことねはノートを握りしめ、必死に心を落ち着けようとしていた。


 先攻はRhyme Joker。

 二人のMCがビートに乗った瞬間、観客席は一気に沸き立った。

 攻撃的なライムと完璧なリズム、観客を挑発する身振り。

「町田は私たちのもの!」

「新人なんかに負けるわけない!」

 その完成度と自信に、Silent Riotの三人は圧倒された。


「……すごすぎる」

 ことねの喉がまた震える。


 次はSilent Riotの番。

 ステージに立った瞬間、観客の熱はまだRhyme Jokerの残像に支配されていた。


「……私たちの音、出そう」

 彩葉がことねの手を握り、芽依がビートを刻む。


 ――《鼓動 -KODOU-》。


 ことねの声は最初震えていたが、少しずつ強くなる。

 彩葉の歌が広がり、芽依のスクラッチが空気を切り裂く。


 観客は黙って聴いていた。

 Rhyme Jokerの熱狂のあとに、静かで真っ直ぐな音。

 そのギャップが、不思議と心に刺さっていった。


 演奏を終えた後。

 観客席から小さな拍手が広がった。

 Rhyme Jokerのような大歓声ではなかった。

 でも、確かにSilent Riotの音を「聴こう」とする人がそこにいた。


 控室に戻った三人。

 ことねは俯いていた。

「やっぱり……勝てない」

 彩葉がすぐに首を振る。

「勝ち負けだけじゃない! ちゃんと届いてたよ!」

 芽依も短く言った。

「……粗くても、響いてた」


 ことねは顔を上げ、二人を見た。

 胸の奥に、確かな熱がまだ残っていた。


 観客席の端。

 猫丸がポテトをつまみながら呟く。

「勝つことより、残すこと。粗さは残るんだよ」

「おばちゃんも適当なこと言ってるだけだよ〜」

 みのたが笑い、べすが「わん!」と吠えた。


 Silent Riot、二戦目。

 Rhyme Jokerに圧倒されながらも、確かに爪痕を残した。

 その一歩が、次の扉を開こうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る