『16barsの鼓動』第五章(改定完全版)
週末の放課後。
ことねと彩葉は、町田総合高校の音楽室に入り浸るようになっていた。
机を叩いてリズムを刻み、ノートを広げ、拙いながらも言葉を声にしていく。
「ねぇ、ことね」
「ん?」
「やっぱり、音が足りないよね」
彩葉は真剣な顔で言った。
「私の歌と、ことねの言葉だけだと……まだスカスカっていうか」
「……そうだね」
その時だった。
音楽室の奥から、重たい低音が響いた。
ふたりが振り向くと、ひとりの女子生徒がターンテーブルを回していた。
無表情で、無駄な動きひとつなく、ただ音と向き合っている。
ヘッドホンのコードが揺れ、彼女の指が盤を操るたびに、部屋の空気が変わっていった。
「すご……」
思わずことねが呟く。
その女子生徒がふと顔を上げた。
整った横顔、少し鋭い目つき――柴田芽依だった。
「……聞いてた?」
芽依の声は低く、感情を抑えた響きだった。
「ご、ごめん!」
「別にいい」
彼女はターンテーブルを止め、ヘッドホンを外した。
だが、その瞳にはまだ熱が宿っている。
「……音、やってるの?」
彩葉がおそるおそる尋ねると、芽依は短くうなずいた。
「音がなきゃ、生きていけないから」
その一言に、ことねの胸がざわついた。
――自分と同じ。
言葉がなきゃ、生きていけない。
芽依もまた、音にすがっている。
「ねぇ」
彩葉がことねと芽依を交互に見ながら言った。
「私たち、一緒にやらない? ラップユニット」
芽依は少し黙り込んだあと、静かに答えた。
「……私の音でよければ」
三人は顔を見合わせる。
まだバラバラ。
でも、確かに「何か」が始まりそうな予感があった。
その時、音楽室のドアが少し開いて――。
「女子高生は町田の宝ーーっ!!!」
北山望が叫びながら乱入し、即座に教師に引きずり出された。
「……誰?」
芽依が首をかしげる。
「町田の……なんか変な人」
ことねと彩葉は同時に肩をすくめ、笑った。
窓の外では、猫丸とみのたが自販機のコーヒーを片手にその様子を見ていた。
「おー、集まったな。線が一本になった」
「おばちゃんも適当なこと言ってるだけだよー」
べすは「わんっ!」と吠え、窓ガラスに鼻を押しつけて曇らせていた。
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