汝、現代ダンジョンに出会いを求める者よ。この先一切の希望を捨てるがいい。

Youは何しにダンジョンへ? 1

 ダンジョン。それは希望と絶望が眠る地下世界にして、原因不明の時空間浸食現象による構造物。そこから生まれるモンスターは新時代の資源となり、人々は一攫千金を夢見て今日も地獄に身を投じる。


◇◆


「おはようリスナー、今日もダンジョンに潜る時間だ。装備の手入れは欠かしてないよな?」


 おっと、初見さんいらっしゃい。西影ヒビキの探索配信にようこそ、面白かったら高評価とチャンネル登録よろしくな。


 え、本名でやってるのかって? そうだよリアルネームだよ、一身上の都合でな


 今日潜るのは【名古屋ダンジョン・南区】。大体百年前にできた小さなダンジョンだ。全部で十五階層、目玉は希少鉱物と動物系モンスターのドロップ品。


 出てくるモンスターも弱い。慣れていれば俺みたいにソロで3日は潜れる。駆け出しの探索者にもおすすめのダンジョンだな


 俺は右耳に取り付けた小型マイクとイヤーカフカメラの位置を調整しつつ、いつものように潜るダンジョンの詳細を視聴者に向けて語った。


 ダンジョン配信をよく見に来るような視聴者には耳にタコができるほど聞いた説明。けれど、俺の配信で初めてダンジョン攻略を視聴するという人間だってゼロではない。


 零細配信者の涙ぐましい営業努力というやつである。口に出すことで確認にもなるし、悪いことはない。


 俺は軽いコメント欄と軽い談笑を交わしつつ、ダンジョンの内部に繋がる階段を降りていった。






 ダンジョンの地下1階は設置されたランプで明るく照らされていた。比較的安全な上層は、このように人の手による管理が行き届いている。


 もちろんそれは死の危険がないということではない。俺は使い慣れた直剣を抜いて、周囲を警戒しながらゆっくりと歩みを進めていった。


「たっ、助けてぇーっ!?」


 突如として人気の少ないダンジョンに響く、耳をつんざくような悲鳴。


 俺はダンジョンの壁に反響する音に耳を澄まして音がした方向を特定すると、脳内に叩き込んだこのダンジョンのマップから最短距離をはじき出した。


 コメント欄も突然いつものハプニングに沸いている。早いもので、特定班が悲鳴を上げた配信者のURLをコメント欄に張り出した。


 もちろん俺が見ている暇はない。流れてきたコメントから敵モンスターの種類と数を把握して、俺は件の配信者がいるだろう場所に向けて駆け出した。


「救助対象は2人ね、把握。敵はゴブリンが6匹か」


 ちなみに、駆け出しの探索者1人がゴブリン2人分の戦力と言われている。順当に数の暴力に押しつぶされたのだろうか。


 初心者探索者にとっては災難だ。――しかし悲しいかな、同情する気にはなれない。


 こんなのはよくある悲劇。ダンジョン探索に危険はつきもので、その死亡者は年間で千人に届かないくらいだと政府は発表している。


 意外と少ないと思うか? 普通に生きる分にはダンジョンに潜ることってないもんな。


 だがこれは、毎年の水難事故の死傷者よりも多い数字なんだと。……と言っても、パッとしない数字だが。


 ダンジョン配信者たちは、取れ高と引き換えに命を懸けている。


 誰かが助けてくれる、なんて幻想を抱えたままで生きていけるほど現実は厳しくない。


「そうだろ視聴者お前ら。いったいお前らは何人の探索者の無残な死に様を目に焼き付けてきた?」 


 推しが悲劇に見舞われることだってあっただろう。目を背けたくなる惨劇を目にしたこともあっただろう。


『でも、ヒビキは助けるんでしょ?』


『女の子の悲鳴だったしな、今の』


 そうだよ視聴者ども。俺の配信スタイルは知ってるだろう? というかサムネにも書いてあるしな。


 醜い笑い声が次第に大きくなっていく。俺は最後の曲がり角を曲がり、悲劇の立役者を睥睨した。


 緑色の肌をした、身長一メートルにも満たない人型の化け物たち。それは山羊のような目をしており、俺という乱入者の登場に露骨に苛立っていた。


 そしてその足元でうずくまる見麗しい少女が2人。その装備は剥ぎ取られ、粗末なこん棒で叩かれた皮膚は内出血で青ざめ、悲鳴を上げることすらできないようにされていた。


「安心してくれ君たち。すぐに俺が助ける」


 涙が落ちる音を聞きつけて、もう大丈夫だと駆け付ける正義のヒーロー。


 俺はそうありたいし、そうあることを諦めない。誰かを助けるために傷つくことを恐れない。


 ――ついでに助けた女の子に惚れられて、いい感じの関係になれたら最高だ!


 俺も今年で18歳だし、そろそろ彼女いない歴=年齢という汚名から脱却したいんだよォーっ!


 ゴブリンもバカではない。弓矢による牽制と棍棒持ちの突撃が迫る。


 この波状攻撃こそゴブリンがと呼ばれる理由だ。


 モンスター同士の連携など、駆け出しの探索者が捌き切れるものではない。


 矢の雨が迫る。正面から受ければ無事では済まない――まあ、簡単な話だ。


 。棍棒持ちを飛び越えて、怯えを見せる弓矢持ちの前に着地した。


 まずは後衛を潰す、単純な話だね。できないやつは死ぬだけだ。


 横に一閃。後ろから迫る棍棒持ちを後ろ手に処理して、背中を見せた個体に投げナイフを投擲。


 俺はゴブリンどもを皆殺しにした。魅せプなんてやってたら命がいくらあっても足りないので1匹ずつ脳天を真っ二つにして殺した。死亡確認ヨシ!


 なお助けた女の子たちには返り血のせいで怯えられた。来た道を戻ってダンジョン管理センターに引き渡すまで、ずっとしどろもどろだった。


 まあ、ゴブリンに死ぬよりひどい目に遭わされる一歩手前だったしな。


 もっと会話スキルを磨くべきだったと思われる。今時の女の子に響く話題とか知らないんだよなー。ファッションとかわかんねえし。


 あと彼女たちは企業勢だった。そもそも社内規則で恋愛禁止じゃねえか、俺ってツイてねえな。


『俺たちずっとコメントしてたのにな、助けてもうま味ないぞって^^』


『ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?^^』


『いい加減諦めて東京のダンジョンで深層潜ったら? そっちの方がいい出会いがあるでしょ』


『深層に潜る女性探索者が大体彼氏持ちor結婚済みと知ってのコメントなら鬼畜すぎんだろww』


『つまり┌(┌ ^o^ホモォ)┐か、心が躍るな』


『戻って来いヒビキ、お前の居場所はこんな浅瀬じゃないだろう』


 やかましいぞコメント欄、どっちにしろ俺は彼女たちを助けてたっつの。


 仲良くなれるかは二の次だ。俺は心の中でコメント欄の煽り厨たちに中指を立てた。


 【必見】彼女いない歴=年齢を覆すダンジョン配信Part27【今日こそ】は、こうして幕を下ろした。


 収穫? そこになければないですね。


 助けた子からもらった連絡先――ただしつながるのは本人ではなくマネージャーさん――と、二束三文の値段で取引されるドロップアイテムくらいのものだ。


 後日、俺の家にはちょっとお高めの菓子折りが送られてきた。俺の好みからは少し外れた、しょっぱい味付けだった。


 折れるな俺、頑張ろう俺。明日こそきっと運命の相手が見つかるさ。


 何事も試行回数とトライアンドエラーの精神が肝要なんだからな!


 彼女が欲しい! 恋人が欲しい! 運命の出会いカモーンッ!


 俺は多くは望みません。だから金髪碧眼のお姉さん系ガールフレンドをくださいっ!!! え、この時点で高望み? そっかあ。













 次の日。スケルトンに襲われていた金髪女性探索者を助けたのだが彼氏持ちだった。どうやら俺には笑いの神の加護がついているらしい。


「どうした、笑えよコメント欄」


『いや、その彼氏さんがお亡くなりになっているのは笑えないというか……。あ、ヒビキのこと? なら容赦なくm9(^Д^)プギャーするわ』


『ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち? ^^』


『傷心の女の子に手を出さない理性がまだあったんだね、臆病者がよ』


 ははは、散々な言い草だ。覚えてろよてめえら、明日こそ金髪碧眼年上系ヒロインのピンチに颯爽と現れて惚れられてやる!


◇◆


『ねえ、この西影ヒビキって冒険者、どうしてソロで潜ってるの?』


『それはねご新規さん、こいつが筋金入りのボッチだからだよ』


『パーティー組むより自分で戦った方が楽(本人談)やぞ。連携? 知らない子ですね』


『違うぞ、好みの女がいた時気軽に口説けるからだぞ』


『なんで4人パーティーで倒すようなモンスターの群れを1人で蹂躙してるんでしょうねえ……』


『後頭部に瞳でも生えてんのか?』


◇◆


【西影ヒビキの舞台裏】


筋力:C

敏捷:A

耐久:F

技巧:B

幸運:G

■■:EX


称号【■■■の嬰児:A】

 全ての■■■■■■に適性を持ち、全ての■■■■■■は彼に好意を抱く。


 すべては蒼白なる■を滅ぼすために。


称号【■の忌み子:C】

 ダンジョンにいる間、全ステータスがアップする。


 一言で言うなら、それは托卵に似ていた。


称号【探索衝動:A】

 ダンジョンにいない場合、不安と強迫観念に襲われる。地の底を目指せ。生まれた意味を果たせ。


 なお、現在はあるべき衝動が別の何かにすり替わっているようだ。


スキル【挑発(?):B】

 モンスター、人間を問わず視認した対象の視線を任意で釘付けにする力。


 その本質は――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る