拾弐 経済抗争⑤
「……
ドス、下ろしんさい。ここはウチが話つけるけぇ。」
力なく
──
他所からブツを持ってこないと、旺盛なカタギの消費を賄えない。
ゼニが回らず、たちまち経済は窒息する。
「おやっさん……いやじゃけど、こン糞外道、詫び入れさせてウチのシマから手ぇ引かせんと──ウチらのシノギが潰れてしまいますけぇ!
このままじゃ、ウチの若いモンも食えんようになるんじゃ。
ほんまに、どがぁしますんや──おやっさん。」
「やかましいわ
おどれは親の言うことが聞けんのんか、ワレぇ!
……すまんのぉ、
わざわざ足運んでもろうたのに、無礼かけてしもうた。
この阿呆には、指詰めさせるけぇ──堪忍してつかぁさい。」
苗場(なえば) を一喝した
──5年前は、
中共組のブツの価格にミカジメが上乗せされ、カタギが買えない価格となったが、中共組以外の組からのブツがカタギの需要を満たした。
「まぁまぁ、
こっちもねぇ、指なんぞ頂いたところで、何の得にもなりゃしませんや。
それよりも──ミカジメの話、そっちをきっちり詰めさせてもらいやしょうや。
……三割。これくらいなら、親分のシマが干上がることもねぇし、お互い譲りすぎってわけでもねぇ。
これなら親分も、カタギの衆に顔が立つってもんでしょう。
そうですな──手打ちってよりは、半手打ちくらいの形で、うまく説明してもらえりゃ結構。
……それとも、まだウチと本気でやり合う腹づもりでいらっしゃるんで?」
まだ殺気を込めた視線を発している若衆に挟まれた
「…それが、ええんじゃろうのぉ、
ウチも、もう引き際かもしれんけぇ──ここいらで手ぇ打たせてもらおうかの。」
──今回は5年前と違う。中共組だけではなく、全ての組からのブツの売人にミカジメをかけた。
先日の
たちどころに、あらゆるブツの値段が上がった。
ブツの高騰にカタギは苦しみ、消費は落ち込み、シマの経済は干上がった。
「ああ、大将──いやぁ、ちょいとお騒がせしちまいましたな。
こっちはもう、じきに引かせてもらいやすんで。
これはまぁ、ほんの少しばかりの迷惑料ってことで──どうぞ、お納めくだせぇ。
ご面倒おかけしやした。
以後はウチの者にもきっちり言い聞かせやすんで、どうか今回は水に流してくだせぇ。」
女中の悲鳴を聞きつけて駆け付けた「寿府苑」の支配人に、近平組長は札束を差し出す。
……ウチが席持ちじゃいうのに──あんだけぎょうさん払いよって、ウチに恥かかす気か、ワレ。
場の筋も通さんで、何さらしとんじゃ。
そして今回の中共組との経済抗争を振り返る。
中共組も痛手を負ったが、亜米利加組の負った傷はそれ以上だ。
そして得たものは何もない。
5年前、その貫目と胆力と、綿密な計算で中共組にきつい一撃を叩きこんだ
……おやっさん──中共組を、いったいどがぁしたかったんじゃ?
ほんで亜米利加組のことを、どがぁ持っていこうとしとったんじゃ?
ウチらは、親分の構えに命張っとるんじゃけぇ──その芯、ブレさせんでつかぁさい。
*****
「しかしですね、おやっさん。鳴門の親父、ほんとにようやってくれてますね。
ウチじゃ手ぇ付けられなかったこと、片っ端から形にしてくれて、頭が下がりますわ。」
中共組本家への帰路、若頭の
「そうだよな。
あの鳴門の親父よ、いつだったか亜米利加組をグレートにするっつってたが、結局グレートになったのはウチだったな。
ありがたい話だよ──ウチが手ぇ出さんでも、テメェで勝手に兄弟組との筋を切ってくれたなァ。
しかもあの馬鹿、テメェんとこのシノギの流れまで絞っちまった。おかげでウチの裾野は広がる一方よ。
……笑っちまうよな。あれだけ威勢よく吠えといて、最後は自分で自分のシマぁ削ってんだから。
ウチは黙って拾うだけよ。あいつの『グレート』は、ウチにとっちゃ『ごちそう』だぜ。」
「あ、火ぃどうぞ、おやっさん。
…そうですね。
これからも末永く体をいたわりながら亜米利加組を『グレート』にしてもらえるよう、ウチの特産の薬用酒に熨斗でも付けて送ってやりましょうか。」
煙を吹き出しながら
「ガハハハッ、お前、
まぁ、あいつが吠えれば吠えるほど、ウチには舎弟がついて、シノギも集まってくる。ありがてぇ話だよな。」
「ええ、親分。あの親父がまた何か吠え出したら、ウチの若い衆にでも『感謝状』でも書かせましょうか。『中共組経済貢献賞』ってな。」
「やめとけ、そんなもん送ったら、あいつ額に入れて飾りかねん。
『実話任侠アメリカン』あたり呼びつけて、本気で自慢話始めるぞ。」
二人の笑いが、夜の車内に静かに響いた。
中共組本家の灯りが、遠くに見え始めていた。
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