死霊術師な転生幼女は最強です!~追放されたけど、英霊チートでお気楽無双ライフ~

鳥助

1.追放

「ルナ王女の天職は――死霊術師です!」


 神官長の宣告が響いた瞬間、荘厳な儀式の場は一気にざわめきに飲まれた。


「し、死霊術師!? あの、おぞましい力を持つと言われる……!」

「おぞましいどころではない! かつて魔王に仕えた側近がそうだったはずだ!」

「ひ、ひぃっ……! と、ということは……ルナ王女は魔王の血脈なのか!?」


 その名が告げられただけで、ホール中の空気が凍りつく。


 人々は立ちすくみ、私を指さし、恐怖に顔をひきつらせながら後ずさっていった。さっきまで親しげに微笑んでいた人々が、まるで怪物を見るかのような目を向けてくる。


 私がそっと一歩踏み出すだけで、群衆は蜘蛛の子を散らすように距離を取った。その様子に胸の奥がひやりと冷える。


「まさか、ルナが死霊術師だったなんて……」

「信じられない……」


 その時、傍らで私を見守っていたお父様とお母様の声が震えた。顔には、絶望そのものが張り付いている。


「お父様……お母様……」


 助けを求めるように近寄ろうとした瞬間、二人の表情が憤怒に歪んだ。


「えぇい、近寄るな! 王家の血筋から死霊術師が出るなど、認められぬ!」

「断じて、許さない!」


 さっきまで優しかった二人の目が、今は宿敵を睨むように冷たく突き刺さる。胸が、痛い。息が詰まりそうだった。


「ですが、結果は変わりません」


 神官長が淡々と告げるが、二人の怒りは収まらない。


「そんなもの、どうとでもなる! 初めからいなかったことにすればよいのだ!」

「そうです、公表する前に無くしてしまえばいいのです!」


 無くす……? その言葉の意味が、うまく飲み込めない。不安に揺れる視界の中で、お父様が叫んだ。


「城の魔法使いどもを呼べ!」


 その号令と同時に兵士たちが走り去り、間もなくして大勢の魔法使いたちがホールに集められた。


「陛下、ご用命でしょうか?」

「ルナを、遠く離れた土地に転移させろ!」

「遠く……ですか? 隣国あたりに?」

「そんなに近くてどうする! 死霊術師といえば魔王に連なる者、呪われた力を持つと聞く! 近くで死なれては国が呪われる! もっと遠く、海を越えた大陸にでも飛ばせ!」


 信じられない。私を……海を越えた大陸に、転移させるって……?


 呆然とする私を取り囲む魔法使いたち。一斉に詠唱を始め、空気が魔力で震えだした。


「死霊術師はこの大陸から消え失せろ!」

「早く、転移を!」

「呪われる前に、早く!」


 罵声が、野次が、耳を打つ。一度に大勢から浴びせられる言葉に、足がすくみ、心臓が小さく震えた。


 光が走る。魔法陣が、眩い輝きを放ちはじめた。


「この転移によって死霊術師のお前は、いなかったことになる!」


 突き放すような声が響くと同時に、視界は白一色に染まり、私の身体は光に呑み込まれていった。


 ◇


「こ、ここは……?」


 眩い光が収まったとき、私は深い森の中に立っていた。


 重たい湿気を含んだ空気。見慣れぬ草木が鬱蒼と茂り、どこか遠くから魔物の咆哮が響き渡る。胸の奥が冷えるほどの不安が押し寄せたが、それでも取り乱すことはなかった。


 六歳の私なら、ただ泣き叫ぶだけだったかもしれない。けれど、私は転生者。前世の記憶がある。だからこそ、混乱に呑まれず、冷静に現状を受け止められた。


「……私、追放されたんだ」


 声にしてみると、ようやく実感が胸に落ちてきた。


 死霊術師という天職を与えられた、その瞬間から。周囲の人々の目は恐怖に染まり、両親すらも拒絶した。天職の結果一つで、人の価値がひっくり返る。そんな理不尽を、まだ幼い私も思い知らされた。


 もう私は王城にいない。ひとりきりだ。その事実が、嫌でも心に重くのしかかる。


 思えば、あの城での生活も、決して安らぎのあるものではなかった。


 王女として生まれた私は、幼い頃から厳しい教育を課されていた。


 朝早くから書物を開かされ、歴史、政治、外交の知識を詰め込まれる。昼には礼儀作法、晩には音楽や舞踊。学び終える間もなく、次の授業が待っている。


 休日など存在しなかった。体が休まることもなく、心が自由を得ることもなかった。


 時おり訪れる貴族たちも、純粋に私を慕っているわけではない。


 皆が一様に私の顔色をうかがい、王家に取り入ろうとする打算を透かして笑みを浮かべる。幼い私にも、その薄っぺらい仮面は見えていた。だから、彼らと話すたびに、胸の奥が冷えていった。


 両親の監視も常にあった。


 王と王妃として、私の言動一つひとつを厳しく見張り、少しでも理想から外れれば叱責が飛ぶ。優しい笑顔を向けてくれることもあったが、それはあくまで「王女」という器にかけられた仮初めの愛情に思えた。


 閉じられた鳥籠のような生活。笑ってはいけない。泣いてもいけない。息をすることすら、決められた型の中で行わなければならなかった。


 そんな生活を強いられていた城と、今――私は離れることが出来た。


「……あれ?」


 ぽつりと呟いた瞬間、胸の奥に奇妙な感覚が広がった。重苦しいはずの現状に、なぜかほんの少し、胸が軽くなる。


「……そっか。もう、朝から晩までお勉強漬けじゃないんだ」


 気付いた途端、じわじわと実感が込み上げてくる。


 もう難しい外交文書を暗記しなくていい。もう何時間も背筋を伸ばして舞踊の型を練習しなくていい。もう、眉間に皺を寄せた貴族たちの顔を見ながら愛想笑いを浮かべなくていい!


「わ、私……自由!?」


 そうだ、私は自由になったんだ!


「ひゃっほー! もう、あの窮屈な鳥籠暮らしとはおさらばよーっ!」


 勢い余って、大声で叫んでしまった。


 六歳の小さな体がぴょんぴょん跳ねる。靴に泥がついても、誰も小言を言わない。転んでスカートが汚れても、叱られることはない。


 何より――笑っても、泣いても、自由だ。


「……あ、やば。なんかちょっと楽しくなってきた」


 つい口元が緩んで、肩の力が抜ける。追放は確かに残酷だ。だけど、同時にあの息の詰まる日々からの解放でもあった。


「ふふっ……ふふふっ……」


 笑いがこみ上げて止まらない。


 死霊術師として、これから何が待ち受けているかなんて分からない。けれど、少なくとも、もう王女らしくなんて縛られない。


「よーし! 今日から私の自由時間の始まりよっ!」


 小さな拳を高々と掲げて、私は森の中で勝ち誇るように宣言した。

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