ー2章ー 7話 「アレンと行商人──塩を巡る小さな交渉」
僕の不安が解決した翌日、大工さんたちは、僕が錬成で捕らえたイノシシを解体し、食べられるようにしてくれていた。
人畜無害な存在なら森へ帰したのだろうが、このイノシシは森を荒らし、人を襲う危険な個体だった。
彼にも彼なりの理由があったのだろうが、互いに生きている以上、ある意味仕方のない結果とも言える。
とはいえ、その命は僕らの糧となり、生かしてくれる。
彼の為にも、有り難くいただくことにしよう。
……だがここで問題が生じる。
オルセアの作る料理は、いつだってワイルドなのだ!
戦場で生きてきた故の習慣なのかもしれないが、育ち盛りの僕たちは「味覚」というものも同時に育てる必要がある。
素材の良さが楽しめると言ってしまえばそれまでだが……毎度の調理は焼くか煮るか、以上。
味付けは一切ない。
育ててもらっておいて文句を言うのはどうかと思うが、このままずっとコレでは身が持たない。
オルセアは調理準備のために焚き火を作っている。
天気も良いし、みんなで青空の下、食事をしようと考えているのだろう。
バーベキューのようで楽しい……だが、味がない!
それだけは何とか避けたいのだ!
……せめて塩があれば良いのだが。
そんな事を考えていると、まるで神の思し召しのように、行商人のボルンが荷馬車に乗ってやって来た。
彼は王都から色々な物を仕入れてくるので、きっと塩くらいは持っているはずだ!
僕は一目散にボルンへ駆け寄り、商品を見せてもらうことにした。
「ボルンさん、調味料はありますか?」
荷馬車には日用品から雑貨、食料品まで幅広い商品が積まれている。
この中に調味料がないとはとても考えられない。
「もちろんございますよ。アレン坊ちゃんは何をご所望ですかな?」
よし、これで修行僧のような食生活から脱出できそうだ!
……が、問題はお金だ。
お小遣いなんて貰っているわけもない。
こんな森の中でお金を使う機会なんてないし、そもそも三歳児にお小遣いを渡すなんてこともない。
さて、これは困った。
どうにかして調味料を手に入れたいが、対価がなくては取り引きにならない。
何か方法はないかと考えている時、ふと気になるものが目に入った。
荷車の底が抜けそうなくらい撓んでいたのだ。
長年使い込んでいるせいか、荷物の重さに耐えかねている状態で、今にも壊れてしまいそうな印象だった。
三歳である僕の目線でないと気づけない位置だ。
もしこれを僕が直せたら、対価として見合うのではないだろうか?
そう思った僕は、ボルンに荷車の損傷を伝え、直せるか試してみることにした。
「いやぁ……アレン坊ちゃんの気持ちは有難いのですが……難しいと思いますよ?」
まぁ、そういう反応になるよね。
でも大丈夫、固有スキルは使っても問題ない。
僕はイノシシに襲われた時、どうやって発動したかを必死に思い出してみる。
恐らく強くイメージした事が要因となったに違いない。
僕はまず荷車の底をイメージしてみたが、全く変化がなかった。
そこで荷車全体を強くイメージしてみる事にした。
実物があるから、これならイメージしやすい。
自分の意思で固有スキルを発動させるのは初めてだったので、祈るような思いで挑んだ。
すると、目の前が白く光り出したかと思えば、何か物体のようなものが姿を構築し始めた!
イノシシの時は恐怖で目を閉じていて分からなかったが、こんな感じで錬成されるのか。
白い光が収束すると、そこには見事な木製の荷車が姿を現していた。
「……アレン坊ちゃん、こんな素晴らしい荷車を頂く訳にはいきません!」
あまりの出来に、ボルンがたじろいでしまった。
だが、これを受け取ってくれないと調味料が手に入らない。
そこで僕は、ある交渉を持ち掛けた。
「荷車の対価に見合うまで、ボルンさんの商品を分けてくれませんか?」
これであれば、お金を支払わずとも商品が手に入る。
ボルンも今後、安心して商売ができるだろう。
お互いにとって、悪い取り引きではないはずだ。
その結果、当然ではあるが取り引きは成立した。
よし、これで味のある食事にありつけるぞ!
僕の頭の中は、イノシシ肉をどう料理するかで一杯になっていた。
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