逆転のシンデレラ
裏窓アリス
第1話:女王の転落
ーー 金色の朝と完璧な計画 ーー
「今日の
声をかけてきたのは、Aランクの取り巻きの一人。彼女の
私は、専用のカフェテリアのテーブルに置かれたスムージーを一口飲んだ。RCと連動しているこのテーブルは、Sランクの私専用の栄養士監修メニューを、最高のタイミングで、最高の温度で提供してくれる。今朝のスムージーは、私のバイオリズムと午後の会議での集中力を最大限に引き出すよう、RCが前夜に計算し尽くしたものだ。完璧な環境、完璧な自己管理。それがSランクの義務であり、特権だった。
「当たり前でしょう? 怜様が示すのは、いつだって学園の未来よ。そして、その未来を最も理解し、隣に立つにふさわしいのが、私ってワケ」
私は
Sランクっていうのは、単なる成績優秀者って意味じゃない。それは、努力と知性、そして計算され尽くした自己プロデュースによって勝ち取った、絶対的な自己証明。私にとって、如月怜を手に入れることは、私の『完璧な人生プロジェクト』の最後のピースだった。怜様が求めるのは、論理と完璧さ。そして、私はその論理と完璧さを、彼と同じレベルで体現できる唯一の女性だと自負していた。
「さすが華恋ちゃん! 私たち、華恋ちゃんが怜様と並ぶ姿を見るのが、本当に楽しみだわ」
Aランクの生徒たちが、心からの(たぶん)賛辞を述べる。彼らは知らない。RCシステムが支配する学園では、Sランクの私とAランクの彼らとの間には、情報の透明度、生活の質、そして未来の可能性において、決して埋まらない階級の壁があるってことを。±1ランクの会話は許可されていても、私のRCが持つ『機密情報アクセス権』は、彼らが想像する遥か上を行く。
ラウンジの入り口に、
優衣は少し早足で私に近づいてきて、その透き通るような瞳を不安げに揺らした。
「華恋ちゃん、よかった。今朝、学園の掲示板で変な噂が流れていて……私、心配で」
優衣はすぐに私の手を優しく包んだ。その肌はひんやりとしていて、私の体温を吸い取るみたいだった。優衣が私のことを心配している? いいえ、彼女が心配しているのは、私という『完璧な舞台装置』に不具合が起きることだ。
「優衣、心配しすぎよ。Sランクの人間は、無価値な噂に心を乱しちゃダメ。私たちを貶めようとする下位ランクの嫉妬なんて、RCのノイズとして処理すればいいのよ」
私は優衣の手を握り返して安心させた。優衣は常に「私なんかじゃ華恋ちゃんに敵わない」という謙虚な態度を示すことで、周囲に自分の『控えめな美徳』をアピールしている。その演技は、私の『傲慢さ』を際立たせ、私に優越感を与え、私が彼女を『利用できる存在』だと錯覚させるための、完璧な策略だった。
「……そうね。華恋ちゃんが言う通りだわ。でも、気をつけてね。あなたがあまりに完璧だから、皆、あら探しばかりしているわ」
優衣の言葉は、忠告という名の『あなたには嫉妬されている隙がある』という警告だった。私はそれを知っていたが、傲慢にも「その嫉妬こそが、私が本物である証拠」だと受け取った。優衣の『月のような清楚さ』は、怜様の『統治』という名の愛を試すための、最終的な比較対象にすぎない。私はその勝負に勝つことを確信していた。
その時、私のRCが微かに振動した。如月怜からアクセスキーの受信を知らせるサイン。午後の生徒会会議後、二人だけで使用する予定のSランク専用の隠しラウンジのものだ。
『Sランク専用隠しラウンジ・アクセスキー受信』
その通知は、私の『完璧な人生プロジェクト』の最後のピースが
「おめでとう、私」。心の中で祝杯をあげる。これで、彼の彼女の座は確実になった。このアクセスキーの受信は、彼が私を選んだ『デジタルな婚約指輪』だ。
「さあ、準備しなきゃ」
私は立ち上がった。すべてが計画通り。誰も、この完璧なシナリオを邪魔することはできないはずだった。私はカフェテリアを優雅に後にした。私のRCの金色のオーラは、この瞬間、学園で最も輝いていた。
ーー 完璧な舞台の崩壊 ーー
午後の全校集会は、学園の象徴である大講堂で行われた。大講堂は、Sランクの生徒以外には、通常はアクセスが許可されない神聖な場所だ。SからGまでの全生徒が一堂に会する数少ない公式の場であり、壇上に立つ如月怜が、この世界の『神』であることを視覚的に示すための舞台だった。
私はSランク席の最前列、如月怜のすぐ隣に座っていた。私のRCの金色のオーラは、中央の壇上に立つ如月怜のRCの光と、強く共鳴し合っていた。この光の共鳴は、私たち二人が学園の頂点であり、『秩序』を司る存在であることを示していた。席に着く生徒たちが、私たち二人を一瞬たりとも見逃すまいと、その瞳に私たちの輝きを焼き付ける様子を、私は傲慢な満足感とともに受け入れた。
如月怜が静かに話し始める。彼の顔は、いつも通り、一切の感情を排した完璧な管理者の顔だった。
「本日、私は生徒会長として、学園の『秩序』を揺るがす重大な事態について報告しなければならない」
会場全体が静まり返る。怜は落ち着いた、しかし冷徹な声で言葉を続けた。彼の声は、RCシステムのマイクによって学園中に響き渡っている。
「学園のコア情報システムへの『不正なアクセス』と、生徒のプライバシーに関わる『機密データ』の外部流出が確認された。これは、RCシステムが管理する学園の信頼を根本から覆す行為だ」
私の胸に、初めて明確な嫌な予感がよぎった。私のRCのログは完璧だ。私は、怜様に贈る『サプライズプレゼント』の企画を優衣から打ち明けられ、彼女の要求に応じて、RCの『Sランク・情報アクセス機能』を使って、彼女が指定したシステムログの一部を彼女に提供した。それは、怜様が学園の管理システムをどう運用しているかを示す、表面的なデータにすぎなかったはずだ。
「外部流出……?」私は微かに呟いた。
如月怜の視線が、私の隣に座る白鷺優衣に向けられた。優衣は顔を伏せ、その銀色のRCの光さえも弱まっているように見えた。彼女は今にも泣き出しそうな顔で、私の手を強く握った。彼女の握力は、さっきよりもずっと強い。
「……犯人は、優衣から提供された情報により特定された」
如月はそう言うと、優衣にマイクを向けた。優衣は声を震わせながら、涙をこぼした。その涙は、光を反射し、彼女の『清楚さ』を何倍にも増幅させていた。
「わ、私は……彼女を信じたかった。何度も止めようとしたの……。でも、彼女は私を利用して、怜様の情報にまで手を出したのよ……!」
優衣は顔を上げ、涙の膜越しに、私を指さした。
「橘華恋。あなたが、私から情報を受け取る名目で、外部ハッカーと接触し、学園のデータを売却しようとした『決定的な証拠』が上がっている」
一瞬の静寂。
優衣の透き通るような瞳には、一瞬、私が知っていた清楚な優しさとはかけ離れた、冷たい光、つまりはA+の策略(知力)が宿っていた。私は悟った。これは、私を排除するための、優衣の完璧なシナリオだと。
嘘よ! 私は叫びたかった。優衣から「如月怜様へのサプライズプレゼントの情報」と聞かされて、確かに彼女の要求したデータにアクセスしたが、それは優衣に渡しただけで、外部になんて──。
私が口を開くより早く、如月怜が冷たい声で言葉を重ねた。
「橘華恋。君のRCの履歴ログと、優衣が提出した連絡記録、そしてコアシステムへの不正アクセスログが完全に一致している。君の行為は、RCの『自動評価フィードバック機能』に基づき、『特大のペナルティポイント』を累積させた」
如月怜は、私の目を見なかった。彼が視線を送っていたのは、私の存在ではなく、私のRCの画面に表示された『ペナルティポイント累積アラート』だった。
「学園の秩序を守るため、生徒会長の権限により、橘華恋をSランクから除名し、即座に特別奉仕班(Gランク)へ降格させる」
ドッと、会場全体から囁きとざわめきが波のように押し寄せた。それは、私という完璧な偶像が、泥の中に叩きつけられる瞬間への興奮と歓喜のざわめきだ。
ーー ノイズによる沈黙 ーー
その瞬間、私のRCから甲高いエラー音が鳴り響いた。RCの金色の光が瞬時に消え去り、見る間に『くすんだ灰色』へと変色していく。
私の全細胞が悲鳴を上げた。金色の光が消える。それは、周囲の景色が色を失い、私の視界から『特権』という名のフィルターが剥がされたような感覚だった。まるで、私の存在すべてが、泥と埃に塗れていくようだった。
「怜様!待って、これは罠よ!優衣は……!」
私は叫んだ。しかし、私の口から出たはずの言葉は、如月怜のRCによって『ノイズ音』でかき消された。
《CRACKLE… ZZ…ZZZ… WARNING! G-RANK OUTSIDE HIERARCHY LIMIT.》
RCのルールにより、Sランクから2段階以上低いGランクの言葉は、一方的に遮断されるのだ。私のRCは、私が返答しようとするたびに、甲高い警告音を鳴らし、私の口から出るすべての音を『無意味なノイズ』として処理した。RCは、私が返答しようとするたびに、物理的に『口を塞いだ』。私を『罪人』として認定し、『反論の権利』を物理的に奪ったのだ。
如月怜は、私の絶望を無視して、RCに向かって冷たく命じた。
「直ちにRCを、Gランクのアクセス権限に限定する。彼女の全ての学園内特権を剥奪しろ」
私のRCが再び警告音を発し、指先から全身の力が抜けていった。私の全人生の基盤だったSランクの特権が、デジタルなデータとして一瞬で消去された。Sランク専用の空間アクセス、高級食材の即時手配、Aランク以下の生徒への命令権、そして何よりも、如月怜に触れる権利。すべてが、消えた。
私の脳裏に、RCが示した私の評価がフラッシュバックする。
知力 (戦略):C(優衣に簡単に騙された)
実務能力 (サバイバル):G (壊滅的)
共感力 (カリスマ):S+ (チート級)
実行力 (度胸):A+
私は、このS+のカリスマを持つがゆえに、自らのG(壊滅的)な実務能力の欠如に気づくことすらできなかった。RCは、私を完璧に守りすぎていた。そして、その保護者が、今、私を『廃棄物』として切り捨てたのだ。
ーー 鉄と泥の最下層 ーー
講堂の裏口。私は警備員に引きずられるように、Gランクの集合場所へと連行されていた。警備員は先ほどまで、私に会釈する時、RCの光を意識してわずかに体を傾けていた。だが、今は、私の腕を掴むその手は、まるで汚れた荷物を運ぶかのように乱暴だった。
私は必死に、RCの『非接触支払い/アクセスキー』機能を使って、Sランク専用のエレベーターを使おうと試みた。
《ACCESS DENIED. G RANK RESTRICTED AREA.》
エレベーターは、赤い文字を点滅させるだけだった。私のRCのくすんだ灰色の光を、エレベーターのセンサーが明確に拒絶している。
「こちらへどうぞ、橘さん。Gランクの生徒は階段をご利用ください」
警備員の無機質な声に、私のプライドが砕け散る。Sランク専用のエレベーターしか使ったことのなかった私が、錆びた手すりの、薄暗い階段を降りていく。
階段は、まるで鉄と泥のトンネルだった。降りるごとに、空気が重くなり、湿気とカビ、そして古い鉄の匂いが混ざり合う、劣悪な空気が肌にまとわりつく。Sランクのフロアの『合成された空気』の清潔さが、どれほどの特権だったのかを、今、初めて知る。
周囲の生徒たちは、私のRCの『くすんだ灰色の光』を嫌悪するように、RCの『ヒエラルキー視覚化機能』で私を認識し、徹底的に避けた。彼らにとって、私は感染源であり、秩序を乱した『穢れた存在』なのだ。
「橘華恋の裏切り行為は許されない」「ざまぁみろ、化けの皮が剥がれたな」
そんな罵倒が、『ノイズ音』に混じって聞こえてくる。彼らはRCの『下位ランク通信許可』を使って、一方的に私を罵倒している。私は反論できない。RCによって『口を塞がれた罪人』は、ただ沈黙を強いられるしかなかった。この学園のルールは、反論の機会すら与えない。
警備員に連れてこられたのは、学園のメイン校舎から離れた、錆びたパイプが剥き出しの『旧校舎の地下』。Gランクの特別奉仕班の集合場所であり、彼らの居住区だった。
部屋の壁は湿気を帯び、蛍光灯は二本に一本しか点いていない。点いている方も、今にも切れそうな黄色い光を放っている。床には黒ずんだシミが広がり、隅には清掃用のバケツと、使い古された雑巾が山積みになっていた。
「ここが、あなたの新しい生活区域です。RCから指示があるまでは、この場所から動かないように」
警備員は、私を放り出すように部屋の奥へと押し込み、すぐにドアを閉めた。金属の重いドアが、『ガチャリ』と音を立てて施錠される。
私は、Sランクの豪華な寮には戻れず、この地下の薄暗い部屋へと投獄されたのだ。
私は反射的にRCを操作しようとした。Sランクならば、RCの音声アシスタントに命じるだけで、必要な情報、食べ物、そして召使いすら手配できた。
「RC、至急、私の弁護士と連絡を取って。それと、今夜のための夕食の手配と、着替えを」
《WARNING: G-RANK ACCESS LIMIT. 機能制限中。現在のタスク以外のリクエストは処理できません。》
RCの無機質な声が、私の頬を叩いた。私は初めて、Sランクの特権なしでは、自分が何をどうすればいいのか、全く分からないという事実に直面した。手首のRCは、ただの重い灰色に変色したブレスレットにすぎない。私の『完璧な人生プロジェクト』は、この地下で、完全に崩壊した。
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