第13話 大魔王の胎動

 北の砦を守り抜いた翌朝。

 まだ煙の匂いが漂う砦の中で、兵士たちは疲れ切った顔のまま、それでも笑顔を浮かべていた。


「アレン殿のおかげだ……」

「支柱の英雄様に救われた……!」


 そう口々に言われるたび、胸の奥が熱くなる。

 無能と追放された従者が、今や兵士たちの希望になっている――。

 けれどその誇らしさの一方で、昨夜のバルゼルの言葉が頭から離れなかった。


――「ガルヴァス様は、すでに目覚めの時を迎えている」


 あの不気味な声が耳の奥で繰り返される。


「アレン様」

 セリアが近づき、小声で囁いた。

「報告が入っています。……南方の森で、魔獣の大規模な暴走が発生したと」


「南方……?」

 俺は眉をひそめる。


「ええ。しかもただの暴走ではありません。通常の群れが突然、異様な力を帯びて暴れ出したそうです」


 イリスも顔を曇らせる。

「祈りを通して感じます……あれは自然のものではありません。闇の力が、世界を侵食し始めている」


「なるほどな」

 エレナが竜槍を肩に担ぎ、不敵に笑う。

「つまり“大魔王の胎動”ってやつか」


 彼女の言葉は軽いようでいて、鋭く胸を刺した。


 その頃、王都にも異変の報告が相次いでいた。

 西方の村では夜ごとに亡霊が現れ、北の港では海を割る巨大な影が目撃された。

 そして中央の交易都市では、黒い霧が町を覆い、何人もの住人が姿を消したという。


 どれもこれも、バルゼルが言っていた「目覚め」の前兆に違いなかった。


「……時間がない」

 俺は低く呟いた。


 王城に戻った俺たちは、国王に拝謁した。

 広間に響く王の声は重苦しく沈んでいた。


「各地から届く報せは、どれも不吉なものばかりだ。大魔王の復活は、もはや避けられぬだろう」


「では、我らはどう動くべきでしょうか」

 セリアが真剣な瞳で問いかける。


「まずは各地の異変を抑え、人々を守れ。大魔王が完全に復活するまでに、備えを整えるのだ」


 王の言葉は正しい。

 だが、その背後に漂う焦燥感を、俺は見逃さなかった。


 謁見を終えたあと、俺たちは王城の一角で作戦を立てていた。


「まずは南方の森を調査し、暴走の原因を断ちましょう」

 セリアが地図を広げる。


「ふん、どんな化け物が出てこようが、槍で粉砕してやる」

 エレナが豪快に笑う。


「でも……油断は禁物です」

 イリスが静かに告げる。

「大魔王の眷属は一人ではないはず。バルゼルが動いた以上、他の影も……」


 その言葉に、空気が張り詰めた。


 夜。


 窓辺に立ち、王都の灯火を眺めていると、不意にセリアが近づいてきた。


「……アレン様」


「どうした?」


 彼女は少しためらったあと、静かに言った。


「……私は恐ろしいのです。王女である私が、国を導くと人々は信じている。でも……実際には、あなたがいなければ何もできない」


 その言葉に、俺は目を見開いた。

 王女として誇り高い彼女が、弱さを見せたのは初めてだった。


「セリア」

 俺はまっすぐに言った。

「俺がいなければ、君がいなければ、この国は守れない。……だから一人で背負うな。俺たちで共に支えるんだ」


 セリアの瞳が潤み、やがて微笑みが浮かぶ。

「……ありがとうございます。やはりあなたは、支柱です」


 その頃、王都の片隅。


「……アレン……」

 酒場に沈む勇者ライオネルの声は、もはや英雄のそれではなかった。

 嫉妬と後悔に苛まれ、酒に逃げ、仲間たちの視線を避ける日々。


「俺が……勇者なのに……なぜ……なぜだ……」


 拳を握り締めても、答えは出ない。

 だが彼の胸中に芽生えた黒い感情は、やがて取り返しのつかない方向へと膨らんでいく。


 そして――遠く黒き山脈の奥。


 玉座に座す大魔王ガルヴァスの目が、ゆっくりと開いた。

 闇を裂く紅蓮の光が、大地を震わせる。


「……時は来る。支柱の英雄とやらよ……貴様の力、我が復活の贄としよう」


 その低い声は、世界を覆う影の始まりを告げていた。


✅ 次話予告


「南方の森の暴走」

新生パーティが挑む次の任務。暴走する魔獣の群れ、その背後に潜む新たな眷属の気配――

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