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「しかし、犯人は何故、あんな凝った真似をしたんですかね」

 織平がぽつりと呟いた。

「どういうことだ?」

 及川は訊ねる。

「いえね、結局犯人は最初から身代金を受け取る気なんてさらさらなかったということになるわけでしょう? なら、なぜ犯人はあんなに色々とトリックを弄して、警察の尾行を振り払おうとしたんでしょうかね?」

「それは……なんだろうな……単に警察をからかうための演出だったんじゃないのか……?」

「演出ですか。たしかに身代金の受け渡し現場に子供の遺体というのは、演出効果は絶大でしたしね」

 織平は吐き捨てるように言った。

「でも、犯人がそうした劇場型犯罪を好むような人物像だったとしても何か変なんですよ。たとえばの話ですけど俺がもしそういう犯人なら、マスコミの報道協定を解除するよう脅迫文で要求したと思いますね。脅迫文にも『かい人21面相』とかそういう名前をつけていたと思います」

 及川はマスコミの報道ヘリが伯母の車の追跡を全国中継する様子を頭の中で想像して、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

「それで子供の遺体がテレビ放送に映り込んだりしたら、きっと物凄い効果を与えられたことでしょうね。でも、そうはしなかった。犯人の目的は劇場型犯罪ではないんです。そうだとしたら、犯人は意味のない行動を取りすぎですよ」

 織平の言う通りだった。及川は改めてこの事件全体の構造について考え込む。

 警察を撒くための様々なトリックは、すべては身代金の受け渡し現場に警察を立ち入らせず、取引を成功させるためにあったはずだと及川は当初考えていた。

 だが身代金の受け渡しが不発となった今となっては、その前提自体が崩れてしまっている。織平の言う通り、犯人の一連の行動はすべて無意味なものといって良かった。

――しかし、本当にそうなのか?

 一見無意味に見える些細なことが、のちに重要な意味を持ってくるというのが、この事件全体の流れだったはずだ。この一件して無意味に見えることにも、なにか重要な裏の意味があるとしたら?

 その時、及川の頭に閃くものがあった。

「織平……ひとつ調べ損ねていたことがあった」

 及川は重々しく言った。

「お前の推理を検証した礼というわけではないが、ちょっとお前、今から目撃証言を調べてくれないか?」

「え、ええ……俺は構いませんが……」

「俺の想像が正しければ、そこで犯人の目撃証言があるはずなんだ……いや、。大した手間はかけない」

「で、一体いつどこの目撃証言なんですか?」

「簡単にいえばあの日の工事現場の目撃証言だな」

 それを聞くと、織平は怪訝な顔をした。

「でも、それって調べてもあまり意味がないんじゃないですか?」


 二日後、調べを済ませた織平は及川に結果を報告した。

「及川さん、どうやら及川さんの想像は当たりませんでしたよ。その時間での目撃証言はひとつもありませんでした」

「なかった?」

「ええ。あ、でも一応ひとつだけ。郵便配達員がタバコ屋前のポストの手紙を回収しに来たそうです。でも及川さん、まさか郵便配達員が犯人だなんて古典的なことを言うつもりはないでしょうね?」

 郵便配達員が犯人だとどうして古典的になるのかは及川にはわからない。

「言っておきますが、郵便配達員は犯人ではないです。というのも、偶然タバコ屋の婆さんがそのポストの回収を見ていたんですが、配達員は絶対にそのタバコ屋よりも手前にしか来ていない、被害者宅には足を踏み入れていなかったと婆さんは主張していました」

「そうか。……ついでに訊いておくが、その婆さんは別に一日中ポストばかり眺めて暮らしているわけではないだろうな?」

「何を言っているんですか? 当たり前でしょう。タバコ屋だってずっと暇というわけじゃないんですから」

「そうか……ついでに言えば、マンションと被害者宅の間の道路で遊んでいた子供たちも、別にずっと被害者宅を監視していたわけじゃないはずだな?」

「そうですが、子供たちだって女の子を連れ去ろうとする犯人が歩いてきたら流石に気づくでしょうよ」

「そうか……そうだよな」

「及川さん?」

 織平が顔を覗き込むと、及川警部補はどこか疲れたような表情をして言った。

 

「――犯人が判った」

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