11

 結論を言えば、現在この家に盗聴器が仕掛けられているという及川の危惧は杞憂に終わった。

 彼らは家族の許可を得て盗聴器発見センサーで念入りにそれを探したが、居間にも風呂場にもそうしたものは見つからなかった。

「これで犯人側に我々の動きが読まれているという心配はなくなったわけですね」

 及川に代わって現場指揮を執ることになった、特殊班の厚地満太警部が言う。

 彼は四十二歳にして捜査一課課長の座を手にしたエリートらしいが、そんな彼でもこのような緊急性の高い事件の指揮を執るのは初めての経験だろう。自信に満ちた表情ながら、ほのかに緊張が垣間見える。

「やはり、ここにある『とある方法』というのが気になりますね」

 厚地は脅迫状を注意深く読みながら被害者家族に言った。

「犯人の手段が電話であってくれたら、逆探知が使えるわけですが……」

 一般に誘拐事件における事件解決の糸口は大きく分けて二つあるといわれている。

 ひとつは犯人が我々の前に姿を見せざるを得ない身代金受け渡しの瞬間であり、そしてもう一つが電話の逆探知である。

 逆探知を成功させるために、警察が犯人からの電話を引き延ばす……ドラマや小説ではもはや見慣れた光景だが、こうした一般に流布した逆探知のイメージは既に過去のものとなっている。

 現在の電話回線監視システムでは、逆探知対象への入電の段階で、瞬時に発信先の番号がコンピュータに記録される。

 つまり逆探知自体は、現在では一瞬にして行うことができるのだ。

 ただしコンピュータに記録された情報には暗号がかけられているため、犯人の居場所を知るためにはNTT職員に解読する技術が必要だ。

 また、スマートフォンなどの携帯機の場合は、固定電話を受け持つNTTのほか、各携帯電話会社への要請も必要になる。

 したがって犯人が携帯機を使った場合は、より複雑な作業が必要となるわけだ。

「ここのNTT職員は優秀な人材が揃っているので、もし電話を使っているなら逆探知は心配ないでしょう。しかし今回の犯人はこのように手紙という手段を取っています」

 一度目が手紙だった以上、二度目もまた、同じ手を使ってくる公算が高いはずだ。それは及川も同意見だった。

「しかも、ワープロソフトを使われた以上、筆跡鑑定もできず、我々がここから得られる情報は非常に少ない」

 脅迫に電話を使われることによる警察の利点はもうひとつある。

 電話を通じてこちらの要求を突きつけ、取引がこちらに有利になるよう働きかけることだ。

 ところが手紙となると向こう側の一方通行になるため、警察は犯人側の要求に応じる他はない。

 手紙とは古典的な手段だが、それだけに手がかりの少ない手段だ。

 厚地警部は苦汁を嘗めたような表情であった。

「しかし手紙にも大きな欠点があります。それはリアルタイムで対応する電話に比べて、犯人側もまた計画に柔軟性をもたせることができないことです。したがって手段が明らかにさえなれば、その段階で我々も対策の見通しを立てやすい。ここに突破口があるはずだと我々は考えています」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る