5

 同窓会は四時過ぎに終わった。

 旧交を温めたかつての同窓たちの一群がざわざわと騒ぎ立てながら次々に会場から出てくる。

「二次会に参加される方は、ここに集まってください――」

 幹事の男性が参加者たちにそう呼びかけた。

「美玖、あんたはどうするの? 二次会にも出席する?」

 萩津としては美玖が参加しないならこのまま帰るつもりだった。

「うん、でも、陸を預けているから……あ、ちょっと待っていてね」

 美玖は鞄のなかからメッセージの着信音を聞いてスマートフォンを取り出した。

 なんでもない様子でスマホの画面を見た彼女だったが、瞬時にその表情が硬直した。そして、みるみるうちに蒼白になっていくのが、知佳子には判った。

「美玖? ねえ、美玖、どうしたよの?」

 只事ではないものを感じた千佳子の声も、知らず上擦っていた。美玖は震える手で千佳子に画面を見せた。

 知佳子はその内容に言葉を失った。

 それは陸が攫われたという、美玖の姉からの連絡だった。




――陸がいなくなってしまった。


 萩津は一人きりの部屋のなかで、呆然と立ち尽くしていた。

 さっきまで聞こえていた陸の笑い声は、今は聞こえない。庭に開いた硝子戸からサッと差し込んでくる生温かい風が、静寂のなかで白いカーテンを無情に揺らしている。彼女は夏にもかかわらず背中に冷たいものを感じて打ちふるえた。


――自分のせいだ……自分のせいで、陸は……。


 その先は、考えたくもないことだった。

 机の上にはワープロで書かれた手紙が拡げられていた。

『娘を誘拐した。警察に知らせれば、娘の命は保証しない。身代金を五百万円用意しろ。そうすれば娘は返す。身代金の授受方法と受渡し人は、明日の朝に、とある方法で予告する』

 萩津は、先ほど感じた奇妙な感覚を思い出していた。あの、陸の身体をバスタオルで拭いた時に感じた厭な気持ちだ。

 自分はこうなることを、あのとき既に予測していたのかもしれない。


――あの男だ!


 突然、彼女は、玄関で見かけたあの不審な男を思い出した。


――そうだ、あの男のことを警察に知らせなくては。


 萩津のなかである決意が固まった。

 そして萩津はその脅迫状とは別の、より長い「もう一通の手紙」を手に取る。


――この手紙は――まだ見られるわけにはいかない。


 萩津はその手紙をもう一度丹念に読み返した。

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