流れる二人の日常

【ハヤテSide】


フローラに会わなくなり、彼女...いや彼の存在はオレの中から薄れていっていった。

だが意に介することはない。ただフローラと知り合う前の日常に戻っただけなのだから。



オレは暇つぶし用のゲームやデバイスを封印し、やるべきことに集中した。いや、正確には逃げた、というべきだろう。

洗濯・風呂や部屋の掃除、料理。たまに短時間の日雇いと役所手続き、月一の病院通い。


人生は既に挽回出来ない敗戦処理の段階に突入しており、最期は悲惨なものになるのは間違いない。それ故、考えてもどうにもならないことを考えて残りの人生を無駄にしたくはなかった。

目の前のことを一つ一つ処理していく。今はそれだけだ。



日々それらをこなしていく中で、思考にも余裕が出来たと同時に、頭に引っかかって離れなくなったことがある。


自殺。


既に人生が敗戦処理状態のオレにとっては、避けて通れない問題である。それに今まで考えたことがなかったのかというと、そうでもない。大学後期も、浜松在住時に出費のコントロールが出来なかった時も、考えたことはあった。

しかし自殺のことを考えるのは、無意識に避けていた。

人生に対する諦めの悪さ。

自殺に伴う肉体の苦痛。

失敗した時の悲惨さ。

自殺の準備。


それらを想像すると、どうしても考えたくなくなり、いつからか考える機会自体も完全に無くなった。

しかし、今は当時より若さを失っている。今後良いことが起こりそうな予感もないし、常時襲ってくる幻想からの離脱症状も辛い。

それらが、自殺を考える後押しになった。


遺書を書いておく。

本でもインターネットでも自殺の手段を調べる。

モノはもちろん、クレジットカードやウェブサイトのアカウント、口座など身の回りのものを処分する。

希望を捨てる。

...


自殺の前にやっておくべきことはいろいろある。楽なものではないんだな、と思った。


それらの作業は考えるだけでも、小学生の時の宿題のような気怠さだけが伴った。進んでやりたいことでは無かったのだから。

だが進んでやりたいこともない以上は、何をしてても同じだと感情を押し殺してそれらに取り掛かろうとした。



しかし一週間ほどが経ったが、結局半分しか進まなかった。

自殺の手段は大方調べた。未来への希望も捨てた。しかしそれ以外は全く手つかずのままだった。

遺書はいつ死ぬのか分かったものではないし、第三者が読みたいと思える文章を書いたことも無かった。しかも最後に長文を書いたのは大学の卒論ぐらいだ。

断捨離についても、同じだった。断捨離の対象はクレジットカードや口座はもちろんだが、ほとんどは親友の形見と、盲目なオタクだった頃に集めたグッズだ。

親友の形見は思い入れがある以上、誰かに渡す気にはなれない。オタク時代のグッズは売りに出すと法的にアウトな転売に引っかかるかもしれないと思って乗り気になれなかった。



そしてそのことも忘れていき、心に穴が空いた時、全く相手にしていなかった女...いや男のことを思い出した。


「フローラ...また会いたいよ」


そう呟くと、オレはスマホを取り、連絡アプリでフローラにメッセージを送った。


この時、オレはフローラ以外の周りのことは全く見えていなかった。祖母が既に老いていること。両親が老いてオレがいなくなったら、介護の負担を全て独身の兄に押し付けること。

そして後始末も。



【フローラSide】


「どうしてあんなことをハヤテ様に言ってしまったのかしら...もう、フローラの馬鹿馬鹿!」

フローラはSNSに載せる自撮り写真を撮り終えて、自分を責めました。


あれから、ハヤテ様からの連絡はありません。

仕方ないですよね。いきなり押しかけて、自分の都合で振り回して、挙げ句の果てに「出ていって」って言われたら...



でも、フローラだって知られたく無かったんですもの。お兄様との関係性を...

そうしたら、ハヤテ様はフローラのことを「一人の女の子」としてではなく、「死んだ親友の弟」としてしか見てくれなくなるんじゃないか...それが嫌でしたのよ!


それでも、それ以前の問題もありましたわね...お互いに「先のない人間」でしたから、恋人以前の問題でしたね。


フローラは構いませんわ。

短い間で、しかもいびつでしたけど、お兄様以外のみんなにずっと忌み嫌われる人生を過ごしてきたフローラがハヤテ様と楽しく過ごせたのは、人生の大切な思い出...


「ピコーン」


あら、スマホが鳴りましてよ...?連絡用アプリ...誰からかしら?


「一緒にどこかに行かないか?オレの手持ちじゃ、行けるところは高校生レベルの施設だけど...」


送り主が、ハヤテ様、ですって...?


「ええ、もちろん行きますわよ!」

フローラはすぐに返事を送りました。


ハヤテ様に、また会える。

そのことに飛び上がるほど嬉しくなって、その後のことはほとんど覚えていません。

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