落とし穴の底で
つばさ
第1章 最悪な出会い
ストーカー
目覚まし時計の要らない日常。徹夜で過ごせる毎日。深夜に誰の許可も取ることなく外出できる日々。
...子供、学生、社会人からすれば、それは天国のような日々に思えるだろう。しかし、慣れればその刺激は薄れていき、ありがたみも忘れ、つまらなさの度合いが大きくなってくる。
~9月17日~
茨城の実家から東京に戻って3日が過ぎ、オレはいつもと変わらない日常を送っていた。
目は朝10時に覚めていたが、気怠さから起床は午後2時まで遅れた。時間的にランチと言った方がよい朝食は牛乳をかけたコンフレ、マグカップに注いだ緑茶とコーヒーという、簡素というよりは貧相過ぎるものだった。
朝食後の薬を服用すると、簡単な身支度をしていつものように近くの駅ビルへ徒歩で向かう。そこで水分補給し、外はまだうだるような残暑が続いていたことから、その避暑地として構内の椅子に座ったりうろついていた。
駅ビルの3階の東西を繋いでいる椅子に座ってから1時間ほどが経ち、取り留めもないスマホいじりにも飽き、ただ人の行き来を心にもなく見ていた。ちょっと目に付くぐらいのオシャレをする人はいても、雑踏の中に紛れ込むとオレの意識の中からはすぐに消えていった。
しかし、その中でもとびきり目立つピンクのギンガムチェックワンピースを着た美少女のことは、頭にこびりついて離れなかった。腰まであるほどのサラサラな黒髪ツインテールは上品なレース飾りが施されたピンクのリボンで留められ、スカートはミニというほど短くはないものの、昔のヨーロッパの貴婦人のドレスのように大きく広がっている。リボンの形をしたサックスとピンクの2種類のショルダーバッグをたすき掛けにし、イマドキの女子小学生でもまず選ばないような濃いピンクのランドセルをしょっていた。オレも含めて、それなりのオシャレをしている人は毎日よく見かけるが、この少女は絵本の世界にいるようなお姫様がそのまま出てきて、それでいて現代の少女の要素も混ぜられており、良くも悪くも構内ではひときわ目立つ存在だった。
ただ、彼女を目線で追っていたのは、ひときわ目立っていたからだけではない。飛びぬけてかわいかったからでもない。
オレ自身、着てはいないにせよこういう服を集めていたことがあったからだ。ロリータファッションというやつである。茨城県下妻市を舞台にした、ロリータファッション好きな少女と不良少女の友情を題材にした、下妻物語も見たことがあった。
ある程度目で彼女を追い、その後も後をつけていたが、2階への下り階段の前で追うのをやめた。もしかすると相手が見ているかもしれず、これ以上付きまとうとストーカー問題に発展するかもしれない。オレは家族も職も社会的地位も金も何も持っていない以上、犯罪のリスクは大して伴わない。しかしそこまで出来るほど精神は開き直れていなかった。
結局、今日もいつも通り駅ビルで無為な時間を過ごし、帰宅し、座椅子に倒れこむ。ほどなくして夕方5時を告げる夕焼け小焼けの時報が流れた。
帰宅後、徒歩10分でも汗だくになっていたオレはすぐさまエアコンを冷房28度・風量MAXでONにし、上を脱いで上半身裸になった。それから5分も経ってなかった頃のことである。
「ピンポーン」
後ろのインターホンが鳴った。オレは東京に来てから1年以上生活保護を受けており、ケースワーカーの訪問に備えて部屋は出来るだけ整理整頓はしていたが、今回は帰省から戻って間もなく、整理整頓の時間は取れていなかった。これはタイミングとしては悪い。
しかし、ドアホンのカメラを見るとケースワーカーではなく、髪型と顔からして駅ビルで見たロリータファッションのあの少女だった。もっとも、区役所の閉業時間は夕方5時であることを考えると、ケースワーカーの訪問なんてまずありえないのだが。
オレは何故彼女がここに来たのか困惑したが、シカトを決め込んだ。何故なら彼女とオレには何の関わりもないからだ。多分訪問先を間違えたんだろうと思うことにした。
しかし、オレの意に反してインターホンの音は続けざまに鳴った。まるで集金という名のタカリに来たどこかの放送局の人みたいに。
さらには首を傾げてカメラの前で両手でスカートを左右に広げ、回ってもう一度スカートを左右に広げる。どこまでもオモチャにされている気分でオレはイラっと来た。
オレは胸の中のイラつきを抑え、インターホン越しに低い声で「これ以上付きまとうなら警察呼ぶぞ」と脅しを伴った警告をすると、彼女はカメラから姿を消した。それから少し経ち、玄関のドアを開けると彼女の姿はなかった。どうやら去って行ったようだ。
その後は1年近く前に買ってからほとんど食っておらず、未だに残っていた玄米を少し炊き、インスタント味噌汁を取り出すと、質素な夕食を摂り、就寝前の薬を服用して眠った。しかし夕食中も、ゲームをしている間も、ベッドを敷いてから寝ている間も、駅ビルで見かけ、その後も家まで付きまとってきたあの少女のことが、頭に浮かんでは離れなかった。だがそれも長くは続かず、まどろみから眠りへ落ちていった。
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