この漫画の元ネタは、異世界から転移してきた高飛車な女魔法使いです

胡座タンマ

第1話 漫画家志望とやけ酒

 ゴッキュ、ゴッキュ!


 ストレスでカラカラになった喉に、買ったばかりでキンキンのビールが勢いよく流れ込んでくる。


「あ〜もぉ〜〜〜っっ!!! なーにが、『表現や描写にリアリティがないんだよねぇ〜』よ! 異世界なんて行ったことないんだから、リアリティなんてあるわけないじゃない!!」


 深夜の公園で一人、たまった鬱憤を思い切りぶちまけた。怒りに任せ、グシャリと握りつぶした500ml缶を、思い切りベンチに叩きつける。

 近隣のお宅からは、「うるせーぞ!!」なんて声が聞こえたが、アルコールの回った私にはノーダメージだ。


 私の名前は、朝奈あさなアオナ。大学二年生の二十歳。将来の夢は――漫画家。


 今日だって、夢を叶えるために都内の出版社まで持ち込みに行っていた。

 わざわざ高い移動費と、時間をかけたというのに、結果はこの有様。

 深夜の公園でやけ酒をする羽目になっている。


「はぁ……」


 ため息をつくと、自分でもわかるくらいにはアルコールの匂いがした。


 ベンチに置いていたトートバックに視線を落とす。

 この中には、魂込めて創り上げた漫画の原稿が入っている。


 内容は、大好きな異世界ファンタジーもの。

 勇者パーティの魔法使いを主人公にした、バトルあり、日常ありの冒険譚だ。


 『絵はすごく上手だから問題ないんだけどねぇ……。やりたいこともわかるんだけど……。設定や世界観に説得力がなぁ……』


 何度も言われてきた評論。

 絵が上手いのは、自分でもわかってる。

 これでも、中学から高校にかけて、SNSでそれなりに知名度のある絵師だったから。コマ割りなどの漫画に必要な技法だって、たくさん勉強した。


 『作画担当としてなら、すぐにデビューできるんだけどねぇ……』


 これも何回も言われた。

 けど、私が漫画家になりたいのは、ただ絵を描きたいからじゃない。

 自分の考えたストーリーと演出で、誰かを楽しませたい、感動させたいからだ。

 だから、全部自分でやるというのに拘りたい。


 でも……。


「やっぱり私……才能ないのかしら……」


 瞬間的に目頭に熱が集まる。

 

 あ、やば、泣きそう……。


 今までの過去を思い出して、らしくないことにセンチメンタルになってしまった。

 やけ酒にしても、一気飲みはやりすぎたかもしれない。


 涙が溢れないよう、空を見上げた。

 6月にしては珍しい、雲一つない夜空。

 月明かりがじんわりと滲み、星々がいびつに歪んだ気がした。


 ……うん?

 ……いや、これ……滲むというか……。


 空にヒビが入った。それも、5つ。

 静かに入った光の線は、まるでガラスが割れるようだった。

 そして、それぞれの割れ目からは漏れでた強烈な光は、柱となって地上に降り注いだ。


「きゃあぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 か、雷!?

 にしては、音もないし、稲妻というよりは、光の柱……。

 ていうか、雲一つ無いのに、雷なんて落ちるの!?

 異常気象!?


 激しい光の波に襲われ、私は半ばパニック状態。


「な、なに!? 何なの!?」

 

 訳もわからず、頭を抱えてその場にうずくまった。

 あまりの光に、瞼の奥まで白の世界に飛ばされる。おまけに、激しい突風のような衝撃波。巻き上げられた砂埃が、体にビシビシと衝突する。


 うずくまったまま、光と風が収まるのをひたすら待った。

 

「うぅ……一体何が……」


「縺上▲......遘√→縺励◆縺薙→縺?.....荳崎ヲ壹r蜿悶j縺セ縺励◆」


 ようやく視力も回復してきて、いざ顔を上げようとした時。

 私の言葉に重ねて、謎の音声が聞こえた。


 閃光でやられかけた目を擦りながら、声のする方を注視する。

 声のする先、公園の真ん中には、地面に座り込んだ人影がいた。


 公園の街灯に照らされ、美しく輝くブロンドの髪を持った少女の姿が顕になった。低い位置でツインテールにまとめられているそれらは、闇夜の中で金糸のように舞っている。


 身にまとっているのは、白と金を基調としたワンピース。上半身には、同系色のローブを羽織っている。白の布地に走る金色の意匠は、芸術作品のように繊細で上品だ。


 さらに、より特徴的なのは、頭に乗せたティアラ。銀色の冠に赤い宝石がはめ込まれていて、距離が離れていてもその豪華絢爛さが見てとれる。


 足元に落としてるのは……杖だろうか。銀色の本体にの先端には、ティアラと同様、真っ赤で巨大な宝石がくっついている。


 な、なんかヤバい奴がいる……。


 確かに、特徴だけ見れば美しくて気品のある女性という印象を受けるが……。

 

 深夜の公園ということもあって、めちゃくちゃ怖い。

 やばいコスプレ少女と一対一の状況に、本能が緊急事態宣言を発令している。

 

 というか、彼女はどこから現れた?

 まさか、光と同時に現れたの?

 何かのドッキリ?

 あ、とりあえず警察を呼ぶべき!?


 急いでトートバッグの中からスマホを取り出そうとする。

 が、慌てているせいで中々鞄の中から見つけられない。こんな時でも、バッグをひっくり返して原稿を雑に扱いたくないと考えてしまう自分が少し憎らしい。


 うわ……やば……目合っちゃった……。


 不審なコスプレ少女の送る視線に、つい顔を上げてしまった。


 彼女がこのアイコンタクトをどう受け取ったのかは知らないが、のそりと立ち上がるや否や、こちらへ歩み寄ってくる。

 ……このままでは、確実に絡まれる……。


「あーっと! 早く帰らなきゃ、親に怒られてしまうわー! さよなら〜!」


 バッグを抱えて一目散に逃亡する。公園の出口目がけて一直線。


 コスプレ少女は、そんな私を目で追いかけながら、杖を振りかざした。


 なんで杖……。

 は!? 宝石が光って……!?


 ガンッ!!!


「へげっっっ……!!!」


 身体に鈍い痛みが走り、反動で後ろに倒れる。

 放り出してしまったトートバッグが宙を舞い、中身が地面にぶち撒けられた。


 壁にぶつかったような衝撃だった。

 間違いなく、私は何かにぶつかった。

 私と公園の出口を結ぶ直線上には何もない。

 まるで、そこには見えない壁でもあるかのような……。


「痛たた……。な、なんなの!?」


 何が起きたか分からず、痛む額を抑える私の後ろに、気配。


 やば……追いつかれた……。


 コスプレ少女は私の真後ろに立っていた。

 真紅の瞳が私のことを真っ直ぐに見下ろす。

 幼く可愛らしい顔立ちながらも、大きな吊り目が彼女の全体の雰囲気をキリリと引き締めている。


 うわ、すごい可愛くて綺麗な顔……。

 外国のお姫様みたい……。


 歳は、私より少し下くらいに見えるから、十八歳とかそのくらいだろうか。


 いやいや!この女のプロフィールなんてどうでも良いのよ!

 何が目的……? カツアゲでもするつもり……?

 変に抵抗してあの杖で殴られでもしたらひとたまりもないし……。

 とりあえず叫ぶ準備だけしておこう……。


「縺ェ縺憺??£繧九?縺ァ縺吶°??」


「……はぁ?」


 彼女は予想に反して、意思疎通をとろうとしてきた。

 が、しかし。

 何を喋っているのか、全く判別がつかない。

 英語だから。中国語だから。アラビア語だから。そういう言語の問題ですらない。彼女の口から発されている音が、私の耳には言語として認識できない。ラジオから流れるノイズを聴いているのとそう変わらない感覚だ。


「私とあなたでは意思の疎通は困難です」という気持ちを、首を振ったり、腕でバッテンを作ったりして、精一杯伝えようと試みる。


 私の決死のボディランゲージを見たコスプレ少女は、唇に指を添えて「ふむ……」とでも言いたげな表情をした。

 

 そして、彼女は銀色の杖を地面にカツンと打ち付けた。それに呼応して、先端の宝石が再び赤い光を灯す。


 宝石の光が消えるまで、少しの間を置いてから、コスプレ少女はゆっくりと口を開いた。

 

「あー、あー……どうですか? これで私の言葉がわかりますか?」

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