第11話「セーフティーエリアの開拓②」


 


 なんか扉の前に立っていたら危なそうなので、僕はそっと数歩下がって距離を取る。

 ユウは掘っ建て小屋の割に遠くから聞こえてくる音が不思議なのか、一歩、二歩と扉の方へと近づいてしまっている……こういうのも経験だろう。

 ガンテさんは僕とユウの行動をチラ見しながら、ちょっと感心したような顔をしながらも、ユウの方を見てニヤニヤと悪戯っ子な微笑を浮かべながら、僕と同じように扉から少し距離を取っている。


 少しの間、音が止んだ次の瞬間にはガチャンというノブの音が聞こえ、ユウの顔面を目掛けて思いっきり扉が開かれた。


「なっ‼ ふぉぐっ⁉」


 扉の勢いに飛ばされて、数歩離れた僕の後ろの方まで転がっていった。


「……南無」


 飛ばされたユウを見ることなく、顔の前で右手を立ててお辞儀する。


「派手にいったなぁ」


 ガンテさんは可愛そうにという顔をしながらも、口の端っこがヒクヒクしながら笑っている。


「ありゃ?」


 小屋から出てきた女性は何が起きたのか分からず、少し呆けていた。


「こりゃ⁉ いきなり何をしやるかえ⁉ 驚いたではないか‼」

「す、すまなんだ」


 扉が開いた勢いはそれなりにあったからか、ユウの体力が少しだけ減っている。

 あれだけの事でもしっかりとダメージ判定があるみたいだ。

 吹っ飛ばされたユウだが、地面を転がった時の土埃までしっかり衣服に付着している。

 立ち上がって服や髪についた土埃を叩き落とせば、しっかりと落ちるみたいだ。


 このゲーム……細かく作りすぎてないか? 土埃や汚れの表現までリアルと相違ない感じだ。


「まぁまぁ許してやってくれや」

「そうそう、不用意に扉の前に立ってたユウも悪いでしょう」

「ぐぅ、それを言われて……ぬ?」

「うぅ~ありがとうございます」

「おい、待つのだ。なぜウィンは少し後ろに――」


 ユウが僕とガンテさんの行動に気付く前に話を進めようかな。


「ところでお姉さんは?」

「ああ、そうですな。我はティシである、よろしゅう頼むぞ」


 掘っ立て小屋から出てきたのは随分とお綺麗な女性だ。

 スレンダーな身体つきではあるけれど、健康的で引き締まった足腰、赤い髪はクセッ毛なのか所々が跳ねた感じになっているが、それも可愛らしいアクセントになっている。


 そして一番の特徴は、犬……いや、狼かな? 獣人のNPCだと分かる。


「僕はウィンです」

「童はユウじゃ」


 自己紹介をした瞬間だった、ガンテさんの時に似た感覚が全身を覆う。


「ふむ……良い、実に面白い祈りじゃ」

「祈り?」

「別の名をトラヴェラー……いや、そなたらに言うならプレイヤーと言うた方が良いか?」

「ぬぅ、その勝手に童達を見るのは何とかならんのか? 礼儀がなっとらんのではないかのぉ」

「ははは、失礼。だが、ここから先の話をするには必要なのじゃよ」


 不機嫌そうにユウが睨みながら言うと、ティシさんも軽く笑ってはいるけれど眼は真剣に見つめ返してくる。


「ここを自力で見つけた者やまぐれでやって来た者。色々な人々が訪れたが……プレイヤーは初めてなのだよ、警戒をしてしまうのは自然じゃろう」


 町の人達が来たことが何度かあるみたいだけど、プレイヤーが一度も来たことがないって、僕らが初めて来たってことになるけど……本当かなぁ。


「ウィンだったかな、そんな訝しげに見なくても嘘は言っていないのじゃがなぁ」

「そう言われてものぉ、主の言葉だけしか判断基準がないではないか」

「あはは、言われてみればそうだね。ふむ、なら聞いてみれば良いではないか、ユウ。そなたは理の声を聴ける希少なギフトを持っているのだから」

「ほう、そんな手があったのか。ではアシっ子どの、どうなのじゃ」

〈このクエストは初めて出現したモノと思われます、クエスト表記の横に[新NEW]と出ています〉


 鑑定ではスキルも看破できるのか。

 チラッとガンテさんの方を見ると、彼は驚いた顔をしながらユウを見ていた。


「あれ? ガンテさんもユウを鑑定してましたよね?」

「オレの鑑定スキルはそんな高レベルじゃねぇ。あのちびっ子テイマーはそんなレア加護を持ってやがるのかよ、まさかオメェさんも……」

「僕はないですよ」

「何を言うておる、巫女なる能力を得ておるではないか。言霊のギフトは貴重であるぞ、使い方次第では獣使いが持つギフトの心言を超えるのだから」

「似た感じの加護に思うのだが? 何か違うのかえ?」

「全くの別モノじゃぞ、心言は生き物にしか有効ではない。言霊は意思あるモノであれば話が出来る」

「ぬ⁉ ではウィンは童の加護の上位互換という事か‼」


 ユウが驚きとちょっとショックという感じで僕の方を見てくる。


「ん~、それはどうじゃろう」

「違うのか?」

「どちらも一長一短、生き物に特化しているのは心言であることに間違いはない、魂を返さずとも話が出来る心言。魂を返して繋がる事が出来る言霊は過去視も可能になる……まぁ巫女の練度が低ければないに等しいぞい」


 ティシさんの話が本当だとすると、僕はまだ自分の精霊ともちゃんと繋がれていないってことになるな。

 チラッと頭の上の方に視線を送ると、ミプリが少し僕を覗いて「コフ」と鳴いて尻尾で頭をなでなでしてくれる。


「ん、ゆっくり僕らのペースで仲良くなっていこうか」


 そうミプリに言うと、また短く可愛い声で鳴いて頭の上で丸くなる。


「おいおい、ティシさんや話がそれてるぞ。せっかくオレが出向いてオメェらを引き合わせたってのによぉ」

「あぁ、そうじゃったな。すまぬ、何せ今まで見たことのない祈りを宿した子達だったもんでね」


 なんだろうな、さっきから含みのある言い方をするけど、ここにきたら他のプレイヤー達にも同じことを言うのだろうか……ちょっと気になる。


「いや普通の精霊使いとテイマーですけど」

「ふむ、まぁそういう事にしておこう。それよりもだ、ガンテが連れてきたんだから町の人達からの信頼はソコソコにあるとみて良いんじゃよな」

「あぁ、数人から推薦されたから連れてきたしな。しかしティシさんよぉ、こいつらの強さは他のトラヴェラー達と比べるとかなり弱いぜ、良いのかよ?」

「あはは、確かに力は必要じゃ……しかし、本人の力はなくとも良い。強さは力が全てじゃないではないか」

「まぁ、そうだが……」


 ガンテさんは僕とユウを心配と不安が混じった複雑そうな表情で見てくる。

 そんなガンテさんをティシさんがちょっと困ったような表情で微笑み、改めて僕らの方を見てコホンとワザとらしく咳をしながら、背筋を伸ばしてお辞儀してきた。


「それでは、アナタ方にお頼みしたいことがあるので付いてきてもらえますか」

「えっと、はい」

「うむ、よく分からんが困っておるのだろう」


 僕らが二つ返事で返すと、クスッと笑いながらティシさんはガンテさんの方を向く。


「ガンテ、心配なら一緒に付いてきて良いのですよ? 自身の目で見た方が良くわかるじゃろう」

「別に心配はしてねぇよ! ただ、なんだ……このちびっ子共を連れてきたオレの評価ってヤツがだな」


 どうしようか迷っていたガンテさんが慌てながら、手をワチャワチャと動かしながら誤魔化そうと必死に言葉を絞り出しているが、誤魔化せていない。


「それはどちらにしても、心配だと言うておるのではないか?」

「こ~ら、思っても口に出しちゃダメだよユウ。ほらガンテさんの顔が真っ赤になっちゃってる」

「これこれ、ああいう頑固者は揶揄ってはいかんぞ。後々が面倒になるタイプじゃ」

「て、テメェらなぁ~」


 僕らに揶揄われて恥ずかしさに震えながら考えるのをやめ、顔を真っ赤にしながら僕らの後を追ってくる。


「ほれ逃げるぞ。あそこの丘の上を目指すのじゃ」

「あそこが目的地ですか?」

「うむ、このダンジョンの出口じゃよ。外へと繋がっておる」

「そう言えば、北の大地とはどんなところなのじゃ?」

「失われた大地【ルーズ】……今はそう呼ばれておる」


 さっきまで楽しそうにしながら一緒に走っていたティシさんの表情が、少し曇ってしまった。


 






 


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