第16話 予想外で戦々恐々
22日目。
徹達にとって、時間は大した問題では無かった。
最終的に、迷宮から脱出するという目的を果たす事が出来れば、どれだけ時間が経過したとしても問題はない。
しかし、そうも言ってられない状況になった。
巨大なワームの襲撃を皮切りに、迷宮そのものがおかしくなってしまった。
天井から零れ落ちる黒インク。
それは魔物のような姿を形作り、目に映る物全てに大して襲い掛かって来る。
狂暴な上に、凶悪。
今まで戦ってきた魔物達よりもかなり強い。
戦うことは出来る。
けれど、コレから先、黒い魔物達が更に強くなる可能性は高いし、数がどんどんと増えていく可能性だって高い。
実際、徹達が拠点として構える銭湯に、黒い魔物達が襲撃に来た回数は一度や二度では無かった。
幸いにも徹が引き当てた「走る! 鉄の処女」が音もなく背後に忍びより、一体一体を迅速に処理して回った事で、大事には至らなかった。
それでも余裕を感じる事はできない。
寧ろ、その逆。
徹達は追い詰められてしまっている。
時間が経過していくごとに、逃げ道の存在していない袋小路へと。
「という訳なので、今日で迷宮を脱出したいと思います! 難しいかもしれないけれど、このままだとジリ貧だ。足踏みしている暇も、正直ないと思う」
異論の声は上がらない。
皆、薄々勘付いているのだろう。
この平穏が、薄氷の上で成り立っている事に。
何か1つ間違いが起こってしまえば、容易く割れてしまう事に。
黒いインクのみであれば、何とかなったかもしれない。
徹が最初に迷い込んだ――と言うよりは、徹を無理矢理異世界に召喚した癖に、使い物にならないからという理由で処分したクソ野郎どものお陰で――階層に存在していた魔物に比べれば、ここら周辺の魔物はかなり弱い。
希望的観測を持つのであれば、そろそろ迷宮の出口に近づいている事だろう。
「だが、確実に奴が立ち塞がってくると思う。あの、バカでかいクソワームが。作戦は考えた。正直、上手く行くかは怪しい。でも、俺は皆で……誰一人欠けることなく、迷宮を脱出したいって考えてる。だから、生き残ろうぜ! 皆!」
徹の叫びに、皆が応じる。
士気は上々。
頭を悩ませながらも、クソワームの対処方法は考えた。
出会わなければ、ソレで良い。
しかし、確実に出会う。
徹にはそんな予感があった。
そうして、迷宮攻略は開始される。
立ち塞がる黒い魔物達。
交戦は必要最低限。
戦う必要が無いのであれば、素通りして上の階層を目指す。
途中までは、今まで攻略してきた階層だ。
上の階層へと続く階段は、容易に発見する事が出来た。
「はい! はい! 早く! 早く! ゴー! ゴー! ゴー! あ、シス! イーナきつそうだから、運んで!」
「ご主人様! メイドルお姉ちゃんが転んだ! しかも、当たり所が悪かったのか気を失ってる!」
「また『ドジっ娘』が発動してるのかよ!? あんのクソスキル! 他の2人は『ドジっ娘』は発動してないよな? ……してない! よし、俺がメイドルを運ぶから、他は行く! 行こう! 早く! 急げ!」
気を失ってしまっているメイドルを、お姫様抱っこの要領で運ぶ。
意外にキツイ。
背負った方が良かったかな? と思いながらも先に進む。
青色の髪が鼻先を撫で、良い香りがするという事実から必死に目を逸らしつつ。
最後に徹達が訪れた、バカでかいワームと戦った階層であっても、するべき事は変わらない。無駄な交戦は避けて、上層へと続く階段を探す。
「ご主人様! こっちにありました! ……って、小さい魔物が襲い掛かって来た!?」
階段を見つけ、報告するシス。
その隙をつかれ、襲い掛かって蛙らしき見た目の魔物。
しかし、抱えられていたイーナは動じる事なく、自身の手に握られた小銃の引き金を引き、魔物の眉間を正確に貫く。
「!」
「あ、ありがとう。イーナちゃん」
ドヤ顔を披露しつつ、サムズアップを決めるイーナにシスは礼を口にする。
様々なハプニングに見舞われつつも、臨機応変に対応して上層へと歩みを進め続ける。
進んで。進んで。進んで。進んで。
後、もう少しで迷宮から脱出する事が出来るのではないか? という所で、奴が現れる。
地面から伝わって来る、微細な揺れ。
「皆! 止まれ!」
それは前兆だ。
理不尽が姿を現す前の。
一度、体験しているから分かる。
しかし、それだけでは奴の餌食になってしまう。
イーナに目配せをする。
徹の意図はイーナに正しく伝わる。
彼女は適当な方向に向けて、小銃をぶっ放す。
引き金を引く度に、光線が地面を、壁を、容赦なく穿つ。
振動対策。
バカでかいワームは、地面の振動を頼りにして獲物の居所を掴む。走った時に生じてしまった振動のみであれば、居所は簡単に掴む事が出来るだろう。
だが、新たに振動が加わってしまえば、獲物の居所を見つけるのは難しくなる。
(とは言っても、向こうが当たりをつけて来たらかなり不味いが、恐らくソレはない)
理由は、徹が奴に手痛い一撃を食らわせたから。
そもそもバカでかいワームが此方を以前逃した獲物だと認識しているのか、否か、という所ではあるが、少なくとも魔物達はこんな小細工を弄したりしない。
であれば、多少は知恵が回る奴だという予想はついている筈だ。
だとすれば、安易に攻撃を仕掛ける事はない。
考え無しに攻撃を仕掛けた結果、手痛い一撃を食らってしまったのだから。
ドクン! ドクン! ドクン!
次第に、心臓の鼓動が大きくなっていく。
たった数秒という短い時間が、徹にとっては永遠にも感じられた。
上手く行く事が出来たのか。
やがて、徹達から少し距離が離れた地面が突如として崩れる。
そこから姿を現すのは、巨大なワーム。
細長い胴体に、百足のような細く鋭い足がズラリと並んでいる。胴体全体を覆い尽くすように、ベッタリと黒いインクが塗りたくられており、黒いインクの表面からは大小様々な眼球が浮かび上がっていた。
「……は?」
意味が分からなかった。
思考が止まる。
ワームが攻撃を仕掛けて来る。
まるで喉からせり上がって来る吐しゃ物を吐き出すように。
酷く不愉快な水音が響く。
口の端から垂れるのは、どす黒いインク。
思い切り吐き出す。
徹の眼前に迫りくる、黒いインク。
膨大な質量を内包し、尚且つ異常な速度で迫りくるソレを目の当たりにしながら、徹の体は動くことが出来なかった。
「ご主人様!」
サードが飛び込む。
徹とサードは何方も地面に倒れ込む。
強い衝撃に、思わず顔を顰めてしまう。
だが、黒い塊の直撃を食らうよりはまだマシだった。
狙いが外れ、壁に直撃した黒い塊。ドロリと溶け落ちる。
直撃を食らってしまえばどうなるのか。簡単に想像がついてしまう。
「大丈夫!? ご主人様!」
「大丈夫だ。大丈夫だが、状況は全くといって良いほどに大丈夫じゃないな」
無数の視線を感じる。
突き刺すような視線だ。
視線の全ては、とある一点から――ワームから向けられていた。
体の全体をほぼ黒いインクに侵食され、咳き込むようにして黒いインクを吐き出しても尚、自我は残っているらしい。
あの時は目が見えなかったにも関わらず、どうして徹こそが憎き怨敵だと分かったのだろうか?
謎だ。
「おいおい。アイツ、あの黒い魔物達を食ってたのかよ」
尚且つ、その影響で視力と得体のしれない力を獲得している。
不味い。
頭の中で構築していた作戦が、ガラガラと崩れる音が聞こえた。
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