第7話 検体番号AB117

 

 

 そして、徹達の迷宮攻略は始まる――という事にはならなかった。


「本当に申し訳ありません! ご主人様! 実は、昨日の汚れ物を洗濯するのを忘れてしまっていました! 理由としては、沢山のお風呂にテンションが上がってしまったからです! なので、明日まで待って貰えないでしょうか?」


 徹達の衣服は、今現在は浴衣だ。

 このまま攻略しても良いかもしれないが、やはり着慣れた服の方が何かと都合が良い。


 それに、洗濯を行うのはシスだ。

 何もしていない徹が文句を言うのは筋違いだ。


 尚、サードとメイドルの2人は洗濯を手伝ったりしないし、今も尚仮眠室で眠り続けている。さっさと起きて働きやがれ、メイドォ!

 因みに銭湯にはコインランドリーは存在していない。その為、彼女が所持する魔道具、水の珠を使って洗濯を行う。


 デメリットとして、常時魔力を流し続けないといけないのだが「この程度、問題ありませんよ! 大変だった時は、1日中水の珠を持ち続けた事もあったんですから!」と誇らしげに言っているあたり、もしかするとシスは社畜思考の持ち主なのかもしれない。


 お風呂に入った後、マッサージチェアで体をほぐす。


「そう言えば、今日のガチャがまだだったな」


 ログインボーナスで手に入るコインを使い、ガチャを引く。

 果たして結果は!



・消費期限切れのポーション×10


 消費期限がとっくの前に切れてしまっているポーション。

 飲んだ際、どうなってしまうのかは分からない。が、たちどころに受けた傷は治る事だろう。但し、腹痛を何とかしようとしてもポーションでは何の役にも立たない。



 何とも微妙なアイテムが出てきた。

 徹の前に現れる、10本の瓶。


 中には緑色の液体が注がれているが、全て怪しく濁っている。

 飲んだらお腹を壊してしまいそうだ。


「ま、まあ傷を治す事が出来るなら、何かに使えるか」


 お腹が痛くなったとしても、銭湯には奇麗なトイレもある。

 悲しい事にはならない筈だ。

 ミッションを確認すると、幾つか達成されていた。



・ガチャを10回引こう。

・ユニットを当てよう。

・アイテム(建物)を当てよう。



 この3つを達成していた。報酬として手に入れたのは、コイン3枚とユニット確定コイン1枚と、アイテム(建物)確定コインの計5枚。

 やっぱり、沢山ガチャを引けるのはテンションが上がる。


 早速引いてみる。

 まずはコイン三枚から。


「良いの、来い!」



・キングカイザーエンペラーオオカブト


 昆虫界の王であり、皇帝であり、帝王。

 一見すると普通のカブトムシのように見えるが、身に纏う闘気が異常。他の昆虫とは比べ物にならない程のオーラを身に纏い、立ち塞がる全てを蹂躙する。



 説明文にも書かれているとおり、凄まじいオーラを纏った昆虫が現れる。

 その庄は凄まじく、思わず後ずさりしてしまう程だ。


 けれど、所詮は昆虫。

 偶然通りかかったサードが「え? ご主人様? これ、なんなの?」と言いながら、キングカイザーエンペラーオオカブトを鷲掴みにした。


 キングカイザーエンペラーオオカブトは必死になって抵抗したが、そのままドナドナされてしまった。


「気を取り直して、次!」



・光線銃スターラインVer2.4


 宇宙評議会の一般兵に渡される標準装備。

 宇宙技術の発展は目覚ましく、時間が経てば新たな武器が開発されてしまう昨今。本武器も、開発されてからたったの1月で型落ち品のレッテルを張られてしまう。

 最新鋭の装備こそが正義な宇宙において、このような型落ち品を装備していると馬鹿にされてしまう事は必至。

 凄まじい性能を持っているにも関わらず、誰にも見向きもされない。悲しい性を背負ってしまっている。



 現れたのは、SFチックな見た目をした小銃。

 拳銃と異なり、とても軽い。

 うっかり引き金を引いてしまった瞬間、銃口からレーザービームが放たれた。


 レーザービームは銭湯の壁を容易く貫いた。

 恐ろしい貫通力だ。

 強力な武器である事は確かだが、扱いには十分気をつけないといけない。


「ラスト1枚! 何か、良いの来い!」



・黒電話


 誰に繋がるか分からない電話。ダイヤルは存在しているものの、電話番号を入力しても誰にも繋がらない。

 一方的に、誰かが電話を行う為の受信機器のような物。



 目の前に現れたのは、今となっては目にする事さえも珍しい電話。

 回転式のダイヤルは存在しておらず、上に受話器が乗っているだけ。

 電話線は存在していないが、繋がるのだろうか?


 と思っていると、ジリリリリ! ジリリリリ! と電話が鳴る。

 徹は思わず、反射的に電話を取ってしまう。


「はい。もしもし?」


『あ、すみません。レインボーピザのLサイズと、サイドメニューのフライドチキン。後、ドリンクのコーラを1つずつお願いします』


「すみません。ここ、ピザ屋じゃ無いんですよ」


 電話を切る。


「……あれ? さっきの電話って、何処に繋がってんだ?」


 少なくとも、日本にはレインボーピザなんて存在していなかった気がする。


 気を取り直して、今度は確定コイン。

 最初はアイテム(建物)確定コイン。


「銭湯と同じくらい良い奴をお願いします!」



・廃墟


 x年x月x日。

 原因不明の火災によって、住んでいた4人の家族が死亡した。

 近所の人の話によると、普通の家族だった筈なのに、最近は様子がおかしくなってしまったと言う話が後を絶たなかった。

 彼らがおかしくなってしまった原因はなんなのか? 何故、火事は発生してしまったのか? 原因は不明のまま、既に誰もいなくなった廃墟のみが残る。



 スペースが十分では無い為、倉庫に送りますというお知らせが入る。


「これ絶対にホラー映画とかに出て来る奴じゃん! 足を踏み入れたら、悪霊とかに呪い殺される奴じゃん! 出さねえぞ! 俺は絶対に、こんな物を出さないぞ!」


 広さが十分では無かった事に、今は心の底から感謝したい。

 最後の本命。

 ユニット確定コイン。


「確定って事は、またシス達みたいな奴が出て来るって事だよな? でも、ユニットってどんなのが出て来るんだ?」


 アイテムの種類としては、使える奴、使えない奴の二つに分かれている。


 しかも、使えない奴はガラクタと使ってはいけない奴の二つに分かれている。人〇ゲームのパチモンと、先程引き当てた廃墟が良い例だ。

 つまり、ユニットでもそういった物を引き当てる可能性がゼロという訳ではない。


「仮にそうだったとして、ガチャを引かないなんて選択肢はない。と言うか、今までのガチャ結果が悪い分、ここで揺り戻しが来たとしてもおかしくはない! いいや、絶対に来る筈だ!」


 勝利を確信しながら、徹はガチャを引く。


・実験用ホムンクルス(失敗) 検体番号AB117


 現れたのは、白色の髪に、赤色の瞳を持つ、何とも弱々しい少女だった。

 年齢は、恐らく15か14歳程で、身長は三姉妹の中で一番幼いサードと同じか、それよりも下。


 身に纏う衣服は、病院で身に付けるような病衣。

 血痕らしき物が付着しており、彼女が一体どういう扱いを受けていたのか、嫌でも想像させられてしまう。


(……マジかぁ。こういうの来るのかよ! しかも、実験用って、絶対に命の単価が安いから使い潰しても問題ないよね! って連中が作成した奴じゃん! おまけに失敗って、失敗ってさぁ!)


 反応に困る。

 ガチャの結果を喜ぶ、喜ばない以前に、心が痛くなってしまう。


「あ、あの……」


「!」


 徹が話かけた瞬間、ホムンクルスはビクリ! と体を震わせる。向けられる赤色の瞳には、明確な怯えが存在している。


 これだけで、彼女が一体どのような扱いを受けていたのか明白。

 え? これ、どうすれば良いの?


「メイドル! シス! サード!」


 少なくとも、男性である徹は駄目だ。

 だったら、頼もしいメイド三人衆に助けを求めるしかない。


「はいはーい。ご主人様の呼びかけに応じてやって来ましたよー。それで、どうしたの? ご主人様? もしかして、トイレの紙が無くなっちゃったとか?」


「紙なくてもウォシュレット使えるんだから呼ぶ訳無いだろ! と言うか、男子トイレに女子を呼ぶのが論外だ!」


「私、あれ苦手。なんて言うか、ゾワゾワする」


「でも、慣れれば便利だとは思いますよ。寧ろ、こういう発想があったのか! と思わず納得してしまうような……って、どういう状況なんですか?」


 徹の呼びかけに応じてやってきた、サード、メイドル、シスの3人。

 状況だけみれば、徹が幼気なホムンクルスに対して危害を加えているようにも見えなくはない。赤色の瞳からは涙が流れている為、事件性が疑われる。


 110番案件だ。


「彼女新人! でも、俺だと警戒させちゃうから! 何とかして!」


「「「承りました。ご主人様」」」


 徹の言葉を聞き、状況を理解。

 恭しく一礼を行うと同時に、3人がかりでホムンクルスを運ぶ。


「!?」


 戸惑うホムンクルス。しかし、1対3では如何にもならない。そのまま、ホムンクルスもドナドナされてしまうのだった。

 何をするのか分からないが、彼女達の事だ。

 悪いようにはしないだろう。




 それから数時間後。


 湯船に浸かり過ぎてのぼせてしまったのか、茹蛸のように真っ赤になったホムンクルスが運び込まれた。

 徹が抗議の視線を向ければ、3人全員が気まずそうに視線を逸らすのだった。

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