第5話 冒険者に
⑤
冒険者。それは戦う力の無い者たちに代わり、魔獣の蔓延る危険地帯で様々な依頼をこなす職業だ。国や地域によって多少扱いは変わるが、基本的なところは変わらない。
彼らを統括するギルドに寄せられた依頼により、危険地帯から鉱石や植物を持ち帰ったり、被害をもたらす魔獣を討伐したり、町から町へ移動する旅人の護衛をしたりする。
特にユーゲンの父のような、高ランクの冒険者ともなると、英雄の扱いを受けることもある夢のある職業だ。
ユーゲンが目指しているのもそういった英雄のような冒険者だが、当然、楽な道ではない。
低いランクのうちは下働きの雑用のような仕事が多いし、命の危険があるのは当たり前で、泥臭さの方が強い。
「だからな、俺たち冒険者は何より、危険に敏感でなきゃならねぇ。まだいける、でちょっと無茶したらすぐ死んじまうんだ。異変があったら慎重に。これが鉄則だぞ」
ユーゲンは真剣な表情を作り、父から口を酸っぱくして言われた内容を繰り返す。
「う、うん。気を付ける。……あれ、でも、ユーゲンは箱庭に迷い込んじゃったんだよね?」
「それは! あれだ! フカコーリョク? ってやつだ!」
実際には好奇心に負けたせいだったが、説教じみたことをした手前、正直には言えない。
しかしラツェルが疑うことなく、そうなんだ、と返してきたものだから、彼も少々据わりが悪かった。
そのラツェルの手には、真新しいカードがあった。ついさっき貰ったばかりのそれは、ユーゲンの持つのと同じ冒険者ギルドカードだ。
冒険者としてギルドに立場を保障される身であることを示すそのカードにはFの文字。新人冒険者に与えられるFランクにあるという証だ。
ここからE、Dと上がって、Aランクが最高位になる。
このランクが上がるほど報酬は高くなり、比例して危険度も増す。
Aランクの依頼となると国を揺るがすような依頼を受ける機会も増え、結果的に英雄と呼ばれるようになるのだ。
「ユーゲンは、Aランクの冒険者になりたいの?」
「あー、まぁ、そうなんだけど、そうじゃないっていうか……。俺は、父さんみたいな英雄って呼ばれるような冒険者になりたいんだ」
ただ、そう呼ばれるようになるような依頼はAランクでないと受けられない。
そういう意味ではAランクを目指しているといっても間違いではないのかもしれなかった。
「さて、と。この後どうすっか。依頼を受けるには遅いから出てきたけど、まだまだ明るいんだよな」
空を見るに、時刻はお昼時を過ぎて少ししたくらいだろうか。
箱庭を飛び出してからまだ半日も経っていない。
「えっと、それじゃあ、もうちょっと町を歩いてみたいな」
「じゃあそうすっか。なんなら買い物もしてみるか?」
「うーん、じゃあ、もし必要なものがあったら?」
ラツェルも正直自分で買い物をしてみたい気持ちはあるが、余裕はないだろうことは察している。自分のためだけに無駄に出費させるのは申し訳ない。
「うん? ねえ、あれって本?」
「あれ……、ああ、あれか。本だな」
ラツェルが指さしているのは、隙間スペースを有効活用したような小さな店だ。
ちょうど開いた入り口から中に本が並んでいるのが見えていた。
「いっぱい並んでるのは、売ってるから?」
「そうそう。ていうか、本は知ってるんだな」
「お母様がたまに読んでたの」
神様も本は読むんだな、と呟いたのはユーゲンだ。
「気になるか?」
「うん」
「気になる、かぁ……」
これが他のものなら問題なかった。しかし本は別だ。
本は、凄まじく効果なのだ。
間違って汚してしまったり傷つけてしまったりしたら、どれだけの額を請求されるか分からない。
まだFランクの二人の収入だと、全てを返済に充てても一年以上かかってしまうかもしれない。
「だめ……?」
「うーん……。あっ! 本が読めたらいいか!?」
「え、う、うん」
「じゃあギルドに戻るぞ!」
突然踵を返して小走りに来た道を戻り始めたユーゲンを、ラツェルも慌てて追いかける。
幸い、人通りはそれなりであるし、町の中は森よりずっと走りやすい。
ユーゲンはギルドに戻ると、そのまま奥の階段を上って二階に上がった。
「ここだ!」
「わぁ、本がいっぱい!」
そこは、所狭しと本や紙の束を置かれた学校の教室ほどの部屋だった。
先ほど一瞬見えた本屋に比べれば数は少ないが、それでも全部読むのにかなりの時間を要すだろう量がある。
テーブルもいくつかあって、座ってじっくり読むにも困らなそうだ。
よく掃除されたその部屋には、職員の男性を除いて誰も居ないようだった。
「新人さんかな? 資料室ではあまり大きな声を出さないようにね。大声でなかったら喋ってても大丈夫だから」
「あ、ごめんなさい!」
しーっと口元に指を当てるユーゲンに、ラツェルも真似をする。
「新人さんなら、そうだね。この辺りがオススメかな。この辺りの森について纏めてある本だね」
「ありがとうございます! じゃあ、それで!」
ユーゲンは不慣れな敬語で礼を言い、本をとってテーブルに着く。本の正面はラツェルに譲った。
ユーゲンに進められるままに座った彼女だが、本を開いて、すぐに首を傾げる。
「どうした?」
「ねえ、ユーゲン。読めない」
思えば、女神の箱庭から出たことがなかったラツェルだ。
人間の文字なんて、読めるはずがない。
冒険者登録の際にはユーゲンが張り切って代筆したから、気がつけなかったのだ。
「あー、じゃあ、最初は俺が読んでやるよ」
「うん、ごめんね、ユーゲン。ありがとう」
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