第8話 今、私に出来ることがあるなら

 教壇の一番前の席。医学教諭で牛の半獣人バロン先生の説明と文字が書かれる黒板。


 ゆっくりと流れる時間。あともう少しで、お昼休みだ。日替わりはなんだろう。


 私は考えます。実技試験は紙をくじ引きすることが前提ですから、どんなお題が出るとかはわかりません。


 でも、実技内容は、勉強で教わったものしか出ません。



『三回も落とすとなると、……どうなのでしょうね』


「ゴートさん。私には関係ないよ」


『気にかけていたようなので』



 確かに少しは。でもゴートさんほどじゃないよ。あなた、あの二人の様子を見に行っているじゃない。知っているんだよ。どうして教えてくれないの? 


 私を守るためなのかもしれないけど。言ってくれれば、私だって話しかけるきっかけになるかもしれないじゃない?



「私は自分に残された時間で精いっぱいです」



 ゴートさんが押し黙った。何か、考えているみたい。妖精さんたちは私に色んなことを語りかけてくれるし、教えてもくれます。


 でも精霊貴族であるゴートさんは、また、別格。精霊さんたちは人間たちのことに口を挟みません。きっと、興味がないんだと思う。



「別に興味がないということはありませんよ」


「! ゴートさんっ、授業中ですよ!」



 私の心内を読んで堪らずゴートさんが私の後に立っていた。突然、現れた全身真っ白な装いのゴートさんに教室内、黄色い声が上がります。


 手を振って応えるゴートさんに教壇のバロン先生もきょとんとしていたけど、目が輝き出していました。



「貴殿が噂の精霊貴族の方だな??」


「ええ。いかにも。ボクはセシアさんの――……」


「廊下に出ていなさい。……勉学の邪魔だろうがっ!」



 ゴートさんは襟足を掴まれ、言い返すことも出来ず廊下に放り捨てられた。


 教室内の女生徒たちのみんながバロン先生にブーイングをするけど聞き入れることはなく、強く、ガタン! とドアが閉じられた。

 

 教室の床を蹄で掻き、羽織っている短いローブの膨らみから見える大きな二の腕が怒りで震えている様子に、教室内も静まり返った。


 バロン先生が私の机を手で叩きます。



「何か! 分からないことがあるなら教師である我輩に相談をするのだ! 先生は! 先生で! 先生なんだよぉおォうぅう~~教えてくれよぉ~~一緒に悩むよぉオオ!」



 両手で顔を覆って膝も折って、床に額をつけて泣かれてしまいました、


 バロン先生は繊細な男の人。ジルドレお姉さまを思い出します。強くもあり、弱くもある。優しい牛の半獣人。


 泣き出したままのバロン先生に「言えばいいのに」「悩み、いってあげてよ」「先生、かわいそ」と教室内もザワつき始めてしまったので、私も相談をしました。



「三回。実技試験をおち――……」


「そりゃあ。センスがないからだろう」



 私が言う前にバロン先生が立ち上がって、伸ばされている黒髪を手で梳いた。顎に手を当てて何かをぼやいたかと思えば私を見下ろします。



「習っていた実技の応用。何年制の生徒の話しかは知らないが。セシア。貴殿が関わるべき相手ではない。絶っていい存在だ。貴殿のお荷物になるであろうからな」



 関わらなくてもいい相手。絶ってもいい存在。そして、私にとって、お荷物になるのか。


 どんな顔をしていたのか。バロン先生が私に語りかけてくれました。



「しかし、貴殿が相手に関わり、絶たず実技試験を乗り越えた暁には――その二人を儂もが特別授業を行ってやろう。まぁ、三回も落ちたのであれば、無理かもしれないが」



 無理というのはやる気がなくなるとかそういうことなのかな? 私には意味を読み解くことは難題で分からないの。


 言いたいことがあるならいうべきだと直接、略さずに言葉で話して欲しい。言葉は心を教えるために、誰もが神から祝福され与えられたものなんだから。



「それは、どういうい――」


「もう無理! なんで!? どうして??? ……と心が闇落ちしているからだ。そういう輩たちに貴殿の声がいくら正しかろうと相手にすべて届くことは困難だからだ」



 諦めた人間を私は施設にいたとき数多く見て来た。目に光もない、耳を塞いで心を閉ざしていたわ。


 何を話しても人形さんだった。あの二人も、今、どうなのでしょうか。私は、あの二人のことを何も知らないのです。



「最悪、学校を去るかもしれないな。他に実技試験が終わっていないことを知られるということは、貴族か誇り高い人物であれば憤死ものだからな」



 私もはっとしました。あの二人の家を。言われるまで私は気づきませんでした。


 二人には私以上に、頼る先がないのだということに。でも、ここで私が、あの二人に実技試験の極意的なやり方を伝授して受かればどうでしょうか。



「バロン先生。男に、二言はありませんか? 四回目で実技試験が受かったのなら、あの二人に個人授業をつけていただけますか?」



 私はバロン先生を真っ直ぐ見ます、私の挑発にバロン先生の大きな両手が机を叩きます。



「貴殿に嘘を吐くような瞳に見えるか?」


「私は嘘つきの目を見たことがないのでわかりません」



 教室内が静まり返っています、私のせいですよね。本当に申し訳ありません! でも、ここで怯んではいけないと思ったのです。



『嘘を言っている風でもありません。無職王バカの同僚の中では、世話好きだと評価している人物なんですよ』



 廊下に放り出されたはずのゴートさんが戻って来ました。


 ここで言い返せばバレてしまうので聞こえていない体であえて反応もしません。その行為が間違っているかはわかりませんが。



「ですから、バロン先生には嘘つきになって欲しくないんです」


「肝が据わった娘だ。流石は妖精王などと肩書きのある、あの男が気に入っただけはあるようだ。儂は貴殿に嘘は吐かない」



 終業の鐘が鳴りました。ですが。私にとってはじまりの鐘の音なのです。



「ありがとうございます! では、失礼致します!」


「ああ。セシアくん、気をつけてな」



 私はカバンを背負い、短い足で駆け出します。ゴートさんに案内をお願いして、あの二人がいる場所まで案内をしていただきました。


 ゴートさんは、あの二人のことをすべて把握していたのですから。



『ララさんとハチロウさんは、二人で図書室の個室にいます』


「わかりました!」



 廊下を全力疾走します。そのことで何人かにぶつかりそうになりましたが。今は緊急時ですから、仕方がありません。ごめんなさい!


 教えていただいた図書室について、中に入って個室を捜します。今日の授業が終わったばかりだということもあって、生徒のみなさんは思ったほどいない。


 私は図書室に来たことがありません。迷っている私を、ゴートさんが人型になって肩に担いでくれたんです。



「すいません」


「いいんだ」



 沢山ある個室の扉をゴートさんはノックすることなく開けた。中には床にうつ伏せで倒れている二人が目に映し出されたんです。


 本も積まれた様子。どういう状況なのか、私にはわかりません。でも、言葉で話すことは出来ます。



「私が来ましたっ!」



 今、あなたたちがわからないことを教えてください。

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