第17話 その代償は、あまりに大きく――
蒼空は平坂の待つ『オークの巣穴』へとやってきた。今の蒼空は元より、ほとんどの探索者にとっても容易に攻略可能なFランクダンジョンである。
「ここを選ぶなんて、センスを疑いますわね」
ゴブリンの森とモンスターの総合的な強さに違いは無い。しかし、オークは攻撃特化のステータスのせいで、ゴブリンと比べると不慮の事故が発生する可能性が高く、多くの探索者から敬遠されていた。
確かに、他の探索者がいないという点では後ろ暗い連中の待ち合わせ場所としては最適だろう。
「ホントに匂いが酷いところですわ……」
ゴブリンも匂いは酷いが、オークの匂いはそれ以上に酷い。ゴブリンの森が開けているダンジョンであるのに対して、こちらは洞窟型の閉じた空間であるというのも大きく、敬遠されるのも当然だった。
蒼空はオークを扇子で叩き伏せながら奥へと進む。時間はかかるものの魔力を温存することに加えて、自分の位置や手札を相手に悟られないように注意深く進んでいく。
「いましたわ……でも、戦人が見当たりませんわね」
指示された場所にやってきた蒼空は、物陰に隠れながら相手の様子を窺っていた。蒼空が近くにいることにも気づいてないらしく緊張感のない弛んだ空気が流れていた。
「罠の可能性もありますが、今の私に打てる手は彼らを殲滅するだけですわね」
大きく息を吸い込んで、蒼空は見張りの男の背後に降り立って扇子で後頭部を打つ。意識を刈り取られた男が崩れ落ちた。
「なっ、なん――?!」
「お黙りくださいませ!」
突然倒れた仲間に驚いて叫び声を上げようとした口を手で塞ぎつつ鳩尾に膝を入れる。一瞬だけ目を白黒させたが、すぐに白目を剥いて同じように意識を失った。
ひと息つく間もなく、蒼空は背後から人の気配を感じて振り返る。ちょうど見張りの交代だったのか、二人の男と目が合う。
「あっ――!」
「雑魚の分際で頭が高いですわ!」
声を出そうとした男たちの口を超重力によって黙らせる。片方は顎を強く打って気を失ってしまったため、残った男の頭を踏みつける。
「さて、戦人の場所をさっさと吐いてくださいませ」
「し、知らねえよ! 俺たちは、一人で来る低レベルの探索者を襲うように言われただけだ!」
男の答えを聞いて、蒼空は足に込めた力を強める。知らぬ存ぜぬを繰り返す男に苛立って、思わず頭を潰しそうになる。何とか堪えながら尋問を続けると、奥から大勢の男たちが現れた。
「くそっ、見張りが戻ってこねえと思ったら、居やがったのか!」
「おい、お前ら! やっちまうぞ!」
「「「うおおぉぉぉ!」」」
血気盛んに向かってくる男たちだが、蒼空は冷静にまるで虫けらでも見るような目で男たちを睨みつけた。
「雑魚の分際で頭が高いですわ!」
迫ってくる男たち全員に超重力が襲い掛かり、地面へと縫い付けられる。抵抗できるほど強い者はいないようで、全員が地面に這いつくばってもがいていた。
「ちょうどよかったですわ。戦人の場所をさっさと吐いてくださいませ!」
ボスと思しき男の頭を踏みつけながら、蒼空が冷え切った声で訊ねる。一瞬で数十人もの男たちが戦闘不能にされた光景を目の当たりにして、ボスですらも恐怖に目を見開いて唇を震わせていた。
「し、知らねえ。本当に知らねえんだ。俺たちは、あの男に、ここで待ってお前を襲うように依頼されただけだ!」
「あの男?」
「ああ、警察の奴だが、俺たちに仕事を斡旋してくれるやつだ! 平坂って言うんだが知ってるだろ?!」
男の言葉を聞いて、蒼空は首を傾げる。
「おそらく知ってますけど、警察は辞めさせ――」
「おっと、動くんじゃねえよ! こいつに危害を加えられたくなかったらな!」
蒼空の言葉を遮るように、拘束された戦人を連れた平坂がダンジョンの奥から現れた。
「ひ、平坂?」
「そうだ、アイツが平坂だ! って、何で首を傾げてんだ!」
突然のことに驚いて男を踏みつけていた足を退けてしまう。少しだけ余裕のできたボスが蒼空にツッコミを入れる。
「仕方ないじゃありませんか。印象に残らなかったのですから」
「ふざけんじゃねえ! お前のせいで、俺は酷い目に遭ったんだぞ!」
「それは自業自得ですわ! 雑魚の分際で――」
「スキルも使うんじゃねえ! こいつがどうなってもいいのかよ!」
「むむむ……」
さりげなくスキルを使おうとした蒼空だったが、平坂に見破られてしまった。戦人にナイフの刃が近づいて、思わずスキルの使用を中断してしまった。
「お嬢様! 俺のことは良いから――ぐあっ」
「戦人ッッ!」
「人質は黙ってやがれ! それにお前も動くなっつってんだろ!」
平坂に殴られて黙らされる戦人を見た蒼空が、思わず駆け寄ろうとして止められる。進退窮まった蒼空の様子を見て、平坂が満足そうに醜く笑う。戦人を『特攻野郎』のリーダーに預けて、一人で蒼空へと向かって歩いてきた。
「くくく、動くんじゃねえぞ! お前には、これまでのお返しをたっぷりと身体に刻み付けてやるからなぁ!」
勝ち誇る平坂を睨みつけながら、蒼空は両手の拳を震わせる。マグマが煮えくり返るような灼熱の怒りが、蒼空の体を駆け巡る。戦人の身を案じる一心で、何とか堪えている状況だった。
平坂が蒼空の体に手を伸ばそうとした瞬間、戦人が激しく暴れ出した。拘束がわずかに緩んだ隙にリーダーの顎に頭突きを食らわす。他のメンバーが慌てて抑えにかかり、すぐに戦人は押さえられて殴る蹴るの暴行を受ける。
時間にして10秒にも満たない。しかし、その隙は蒼空にとって十分過ぎるものだった。意図に気付いた平坂が慌てて蒼空を抑え込もうと手を伸ばす。
「ちくしょぉぉぉ!」
「雑魚の分際で頭が高いですわ!」
「ぐえっ!」
彼の手が届くより早く、蒼空のスキルが発動し、平坂と特攻野郎の男たちに超重力が掛かる。当然ながら戦人は対象外に指定している。
駆け寄ってくる戦人を蒼空は笑顔で出迎える。彼が目と鼻の先の距離まで近づいてきた時、平坂が声を上げた。
「ダメです! そいつはッッ!」
直後、戦人の右手が蒼空の首にかかり、そのまま彼女の体を宙に浮かせた。戦人の顔は醜く歪んでいて、まるで別人のように見えた。
「くっ、一体何が……?!」
「くくく、この体ならお前を自由にできそうだなぁ!」
右手一つで身動きを封じられた蒼空の体に、左手が伸びる。間一髪、と思った瞬間。戦人の手が止まり、蒼空の背後からパンパンと手を叩く音が聞こえてきた。
「困りますねぇ。その力はバレないように使えと言ったじゃないですか」
九軒の声に戦人の手が緩み、蒼空の体が解放され地面へと落ちる。蒼空は軽く咳き込みながら振り返り、いるはずのない人物の姿に目を大きく見開いた。
「なんで、あなたが……?」
「今日はあなたではなく、そちらの方にね」
蒼空から反らした視線を戦人へと向ける。尻餅をついてジリジリと後ずさる戦人の前に九軒が屈んでニッコリと微笑んだ。
「約束を破ってしまっては仕方ありませんね。その力は返していただきますよ」
「ひぃっ、そ、それは……」
耳元で囁く九軒の言葉に、平坂が声にならない悲鳴を上げる。問答無用で戦人の額に指を当てると、彼の体が崩れ落ちた。
「ちょっと! いったい何を……」
「彼は大丈夫ですよ。私の用は終わりましたので、後は煮るなり焼くなりご自由に」
九軒は手を振って、立ち去ってしまった。一見すると背中を晒して無防備に見えるも、蒼空には一分の隙も見つけることができなかった。
「――お嬢様!」
「戦人?!」
立ち上がった戦人が再び蒼空へと駆け寄ってくる。一歩離れたところで跪いて首を垂れる姿を見て、彼であると確信した。
「ちくしょぉぉぉ! こうなったら――」
破れかぶれになった平坂が蒼空に殴りかかってくる。しかし、素人同然の拳が彼女に届くはずもなく、拳よりも先に彼女のつま先が平坂の顎を捕らえて跳ね上げた。
「全くよぉ。よくも散々おちょくってくれたなぁ! ああ?!」
戦人に危害を加えただけでなく彼の体を使うという卑怯な振る舞いに蒼空の怒りは天元突破していた。もはやレベルダウンなど気にしないとばかりに崩れた口調で平坂に怒鳴り散らす。
仮に超重力がなかったとしても、誰一人近づくことはできなかっただろう。それほどの殺気を撒き散らしながら、蒼空は平坂を華麗な動きで殴り、蹴る。
次に平坂が地面に落ちた時、彼の体は全身が蒼空によって受けた殴打で腫れあがっていた。
「こんなクソ虫など、燃やし尽くして――」
「おやめください!」
どれほど殴っても怒りの収まらない蒼空は、スキルで燃やそうとする。だが、途中で気付いた戦人が声を上げて引き留めてきた。
「何で止めるのよ!」
「こんな奴のためにお嬢様が手を汚す必要はありません」
「それじゃあ……」
「警察に突き出しましょう。俺はそれで十分です」
戦人が平坂を死なない程度に回復させながら、周囲の探索者たち――主に『特攻野郎』のメンバーを睨みつけた。
「こいつらも俺にとっては同罪です」
「ふざけんじゃねえよ! 俺たちはこいつに言われただけだ!」
「お前たちの罪は、俺に危害を加えたことじゃない――」
戦人は彼らを睨みつけながら、大きく深呼吸をした。そして、彼らの最大の罪を告発するように両手を大きく広げた。
「お嬢様の貴重な経験値を全て失わせたことです!」
「えっ? あああっ!」
戦人の言葉を聞いてハッとなった蒼空が慌ててステータスを見る。そこには『レベル:1』『Next:100』という見慣れた文字が表示されていた。
「完全にゼロですわぁぁ!」
蒼空はショックのあまり、その場に崩れ落ちた。
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