第13話 悪い奴らが暗躍しているようですわ!
「くそっ、一体どうなってやがる……」
平坂は特攻野郎のメンバーを追い出して、一人残った部屋で呟いていた。何しろ、これまで警察官として権力を行使して甘い汁を吸ってきたところで、全てをぶち壊されたのだから怒りも相当なもの。
もっとも、実際には彼の悪行は警察上層部では全て把握されていて、行き場の無くなった彼の最後の受け入れ先が探索者対策本部だった。結局、そこでも蒼空と揉め事を起こしてお払い箱となり、警視監である父でも庇いきれずにクビになったのだから、彼の怒りが不当であることは言うまでもない。
「あの女、上手く捕まえられれば高く卸せたはずだったのに……マジでムカつく女だ!」
だが、いつもの手口を尽く潰されているせいで、彼の怒りの矛先は完全に蒼空の方へと向いていた。
その手口というのは、初心者の探索者や一般人の女性に特攻野郎を始めとした子飼いの探索者をけしかけるところから始まる。そこで捕まえられれば良し、反抗されたら彼が出て行って冤罪をでっち上げる。
それでも言うことを聞かない相手には、こうしてダンジョンで待ち伏せして襲わせるという流れだった。特にダンジョンで襲う場合、最初に彼に上納されるのが慣例となっている。ダンジョンの入り口で待機していたのも連絡を待っていたからに他ならない。
「所詮ハリボテのBランク探索者、全く役に立ちやしねえ。とりあえずヤツらはCランクに落としとくか」
彼は警察としての権力を行使して、探索者ギルドに配下の探索者が犯した罪を隠蔽させるだけでなく、ランクを上げるように圧力をかけていた。当然ながら、警察をクビになった彼に探索者ギルドに圧力をかけることなど不可能なのだが、当の本人は全く気付いていなかった。
スマホを取り出して、探索者ギルドで懇意にしている受付嬢へと連絡をとる。しばらく呼び出し音が鳴り、相手が電話に出た。
「俺だ」
「何の用ですか?」
「何だよ、その言い方は。それより特攻野郎のランクを落としてくれ」
「お断りします!」
自分の言いなりになって大人しく従ってきた受付嬢の反抗に、平坂は血液が逆流するような不快感を抱く。不快感を撒き散らすように平坂は電話口で怒鳴り声を上げた。
「何だと! お前、ふざけんじゃねえよ!」
「聞きましたよ。警察クビになったんですよね?」
「だからどうした? お前も共犯だろうが!」
「残念でした。ギルドマスターには逐一報告してますから。事を荒立てないように大人しく従っておけと指示を貰ってます」
初めて聞かされた驚愕の事実に、平坂は言葉を詰まらせる。彼の父が「くれぐれも後ろ暗いことはするなよ」と言っていたことを思い出す。その言葉が父からの遠回しな警告であったことに思い至った。
「そういうわけで、ギルドは今後一切、便宜を払いませんので!」
それだけ言い残して、受付嬢は電話を切ってしまった。通話が切れて頭に昇っていた血が徐々に降りて冷静さを取り戻していく。それと同時に彼の背中から冷たい汗が流れ落ちた。
「ま、マズいぞ……俺がギルドに話を通せないことがバレたらとんでもないことになる」
彼の脳裏に過るのは、彼らの離反――それだけならまだマシと言える。ギルドに影響力があることを盾に散々高圧的に振舞ってきたことを考えれば、ボコボコにされて全ての罪を押し付けられるかもしれない。
焦る平坂のスマホが鳴る。相手は最も話したくない相手だった。大きく深呼吸をして通話ボタンを押すと、恐る恐るスマホを耳に当てた。
「はい、平坂です……」
「警察を辞めたらしいな。これからどうするつもりだ?」
「そ、それは……俺の邪魔をするヤツがいるんです。そいつを排除すれば……」
「本当か? 俺を謀ろうとしているじゃないだろうな?」
電話の先の男が静かに語る。しかし通話越しでもヒシヒシと殺気が伝わってきて、平坂は声を聴くたびに身を震わせた。
「は、はい! そいつさえ排除すれば親父の力で……」
「そうか。ならば俺からも手駒を出してやろう。だが、もし約束を違えるようなことがあれば……わかっているな?」
「は、はいっ、絶対に成功させますっっ!」
「期待しているぞ」
通話が切れた後、平坂は背中が汗で濡れて冷たくなっていたことに気付く。探索者界隈の裏社会を牛耳っている男の不興を買った時のことを想像して、その場にへたり込んでしまう。
「もう、やるしかない。何としても、あの女に復讐をして立場を回復させないと……」
もはや平坂に迷っている暇はなかった。あの男に手駒を出させてしまった以上、憎きあの女を排除して一刻も早く地位を回復しなければ、先に待つのは破滅しかない。
「場合によっては俺の家族も……いや、今は考えるのを止めよう」
平坂は手当たり次第に子飼いの探索者に連絡をとっていく。その中には先ほど罵倒して追い出した特攻野郎も含まれていた。虚構でしかないAランク昇格をエサにして何とか協力を約束させた。
「俺を追い込んだ報いをさせてやる! 俺はまだ終わっちゃいねえ……ククク」
平坂は日が沈んで暗くなった部屋で、明かりも点けずに残虐な笑みを浮かべていた。
◇
レベル3に上がった蒼空は、その勢いに乗って次々とダンジョンを攻略――ではなく、真理亜から地獄のような特訓を数日にわたって受けていた。
「はい、もう一度最初から!」
「おーほっほっほ! お前のようなゲロカスは地面に這いつくばってればいいのですわ!」
「うーん、まあいいでしょう!」
経験値が失われる恐怖に怯えながら、相手を罵倒するようなセリフ回しをひたすら練習する。さらに悪役令嬢のレベル上げを効率化するためのものである。
何度も繰り返し練習させられ、ようやく真理亜のOKが出たと思ったところで、スマホから不穏な着信音が流れてきた。
「知らない番号だな……もしもし?」
「久しぶりだな、俺だ――」
「オレオレ詐欺かよ……」
「違う違う、最後まで話を聞け! 少し前に警視庁で会っただろうが! あの時の刑事だよ!」
今は特に何も後ろ暗いことはしていないはずだが、刑事がわざわざ電話を掛けてきたことで疑心暗鬼に駆られた。
「それで何か用ですか? 暇じゃないんですけ――のですわ!」
蒼空が冷たくあしらおうとすると、背後から露骨な真理亜の咳払いと共に不穏な殺気のようなものが送られてくる。咄嗟に言葉遣いが汚くなっているのだと気付いて慌てて訂正した。
汚い単語を使う分には問題ないらしいが、汚い言葉遣いはダメという理屈が蒼空には未だに理解できていない。
「ああ、別に用があるって訳じゃねえんだ」
「用がないのに掛けてくるんじゃねぇよ!」と喉元まで出かけて慌てて飲み込んだ。刑事が電話を掛けてこなければ真理亜に睨まれることもなかったと、理不尽な八つ当たりをする。もちろん心の中だけで。
「じゃあ、切りますよ」
「待て待て。用件という程のものじゃないが、お前さんに伝えておいた方が良いと思ってな。こうしてわざわざ電話してあげているってワケだよ」
一呼吸おいて気持ちを落ち着ける。冷静に通話を切ろうとすると、今度は刑事の方が慌てた声で引き留めてきた。
「だったら余計なことを言ってないで、さっさと伝えることだけ教えてください!」
「全く最近の若者はせっかち――わかった、すぐに言うから! 実は、俺の部下だった警察官がいただろ? 平坂って言うんだが……」
「覚えてませんけど」
蒼空の返答に刑事が沈黙する。脇で聞いていた戦人は「そうでしょうね」と言って肩を竦めていたので、蒼空はスマホを耳に当てながら睨みつけた。
「まあいい。そいつは警察でも問題のあるヤツだったんだが、お前さんに恨みを抱いているらしく、ちょくちょく不審な動きをしているらしい」
「わかってるなら捕まえてくださいよ。迷惑なんですけど?」
「もちろん俺たちも動いている。だが、平坂の裏で糸を引いているヤツがいるらしくて、なかなか尻尾を掴ませてくれねえんだよ。だから事前にお前さんにも注意しておいて貰おうとな」
刑事の声色に苛立ちが混じり始める。最初のうちは気取られないようにしていたようだが、蒼空が急かしたせいでメッキがはがれて通話越しでも操作が進まない苛立ちを隠しきれなくなっていた。
「わかりました。気を付けますけど、その部下って大したことないですよね?」
「それなりに実力はあるヤツだが……。それよりも裏にいるヤツが介入してくる可能性の方が厄介かもしれねえな」
「襲われたら倒してもいいのですよね?」
「できれば殺さないで捕まえてくれるとありがたいが……。生き残ることを最優先にしてくれ。それじゃあな」
刑事は話すだけ話して、疑問がないか確認すらせずに通話を切ってしまった。そもそも部下の警察官に心当たりのない蒼空は眉を寄せて腕を組み考え込む。
「その部下は、さっきダンジョンから出た時にいた男ですよ」
「あ、あれかぁ……」
蒼空はキモイストーカーを思い出しつつ、対策の必要を感じ取っていた。
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