第4話 レベルが上がらないんですが?!

 翌朝、蒼空はダンジョンへと向かう――前に装備品を扱う店へとやってきた。剣聖の頃に使っていた装備はレベル1となった影響で使いこなせなくなっていたからだ。


「流石に装備無しとはいかないからな。初心者武器なんて久しぶりだが、適当に見繕っておくか」


 店内には所狭しと武器防具をはじめとした様々な装備品が陳列されていた。その中の一角『初心者コーナー』と書かれた看板の方へと向かう。


「これが初心者用装備か……うおっ!」


 初心者用だから大したことないと思いながら装備品を見た蒼空は思わず声を上げてしまう。それくらい、武器も防具も非常に丁寧に作られていた。見る人が見ないと分からないほど繊細に作り込まれていて、思わず視線が吸い込まれそうになる。


「一度カンストしたからわかるけど、初心者装備やべえな!」

「違いがわかる男、いや女か。タダ者じゃねえな」

「店主……どういうことだ?」

「ふっ、その装備の違いがわかるなら、理由も想像が付くだろう?」

「ああ……その通りだ!」


 上級者向けの装備というのは基本的な動きができているという前提で作られている。ゆえに攻撃力や防御力に重点が置かれている。初心者用装備は、それらをある程度担保しつつ精度――いわゆる命中や回避に関わる部分を重視しているように蒼空には見えた。


「慣れない戦闘時の動きを阻害せず最大限に発揮する――そういうことだろ?」

「そうだ。ゆえに初心者用装備を使っている探索者は少なくない」

「なるほど……。よし、オレにも一式見繕ってくれよ」

「よかろう。職業は何だ?」

「悪役令嬢だ」

「なん……だと?!」


 蒼空が職業を告げると、店主が大きく目を見開き、冷や汗をダラダラと流し始める。長いこと探索者に装備を提供してきた彼にとっても、『悪役令嬢』などという職業は聞いたことがなかった。


「そうですな……」


 脳みそフル回転で初心者コーナーの装備を見渡すも、彼の直感に訴えかけるものは無かった。絶体絶命の窮地に陥った店主の視線が、店内のとある一角へと移る。


「これだぁぁぁぁぁ!」

「な、なんだいきなり?!」

「ゴホン、失礼しました。こちらの装備などいかがでしょうか?」


 店主が指し示したのは初心者コーナーの近くにある一角。そこには夜の闇で染め上げたような濡れ羽色のドレスと、同じ色の羽をあしらった扇子が展示されていた。


「初心者装備じゃないだろ?」


 想定外の装備を勧めてきた店主を睨みながら尋ねると、姿勢を正し、胸を張って、大仰な仕草で首を振った。


「装備に関しては問題ありません。レベル1から装備可能です」

「いやいや、そういう問題じゃないだろ? ドレスと扇子って、装備品とは言わないだろうが!」


 頑なにドレスを勧める店主を説得しようと蒼空は言葉を重ねる。しかし、彼も一向に引くつもりは無いようだった。


「いえいえ、古来よりドレスは淑女の戦闘服、という言葉があります。まさに悪役令嬢たるお客様に相応しい戦闘服でございます。また、それに合わせた扇子も令嬢に相応しい装備でございます」

「そうは言ってもなぁ……」


 確かに悪役令嬢っぽい恰好ではある。しかし、これを着てしまったら、自分の中の男の部分が再起不能になってしまうのではないかという恐怖から、なかなか決断に移すことができなかった。


「買うかどうかはさておき、試着してみてはいかがですか?」

「ううっ……」


 蒼空にとって(男の心が残るかどうかの)瀬戸際なら、店主にとってもまた(買うか買わないかの)瀬戸際。二人の無言のせめぎあいはしばらく続いたが、経験の差によって店主の勝利で終わった。


「うう、これを着るのかぁ……」


 試着室でドレスを広げながら呟きを漏らす。下着姿の自分に欲情したくてもできないせいで、男としての自信が無くなりかけている。これ以上はいけないと本能が煩く警告してくるが、今さら後には引けない蒼空は意を決してドレスに着替えた。


「うわぁ……」


 着替え終わって鏡を通して見た自分の姿に思わず見とれてしまった。蒼空の銀色の透き通った髪と赤みがかった瞳に、漆黒のドレスが似合いすぎて鳥肌が立ちそうだ。闇を彷彿とさせる黒いドレスも悪役というイメージに相応しく、扇子はもちろんのこと、オプションで手渡された黒いパラソルとの組み合わせも申し分なかった。


「いかがですか?」

「わ、悪くないな!」

「そうでしょう、そうでしょう」


 自分でも悪くないと思っているせいで、蒼空は似合わないと言うこともできず言葉を濁す。それを聞いた店主が買えという圧力と共に笑顔で頷いた。


「お買い上げ、ありがとうございました!」


 結局、店主の圧力に負けた蒼空の手には購入したドレス一式が入った手提げ袋。もともとSランク探索者でお金を持っていたせいで「ちょっとお金が……」という言い訳すらできず、気付いたら会計まで済ませていた。


「こんな装備で、どうやって戦えって言うんだよ……」


 店主の煽てに乗って買ってしまったが、明らかに戦うための装備ではない。しかし、今さら別の装備を買うのも癪なので、そのまま初心者向けダンジョンへと向かった。


「おお、ここはいつも人がいっぱいだな」


 初心者向けダンジョンは大勢の人で賑わっていた。駆け出しでも小金を稼げるダンジョンということもあって、バイト感覚の人が多いように見受けられる。


「さて、オレも着替えてダンジョンに行くか!」


 ドレスに着替えてロビーに戻ると、その場にいた全員の視線が蒼空へと注がれる。その多くは好奇心によるものだが、中にはふざけていると怒りの感情もわずかに混じっていた。降り注ぐ視線に不快感を感じつつも、無視して受付へと向かう。


「いらっしゃいませ。入場の手続きをしますね」

「よろしく頼む。って、あれ?」

「どうかしました?」

「いや、何でもない」

「はい、入場の手続きが終わりました。頑張ってくださいね」


 さすがに受付嬢は手慣れていて、蒼空の奇声に反応をした以外は淡々と手続きを終わらせてくれた。ゲートをくぐって久しぶりとなる初心者ダンジョンへと足を踏み入れる。


「うーん、この。あ、それよりもスキルが……増えてる?!」


 蒼空はステータスを開いて中身を確認する。先ほどは目の錯覚だと思っていたが、確かに以前は無かった『虫けらの分際で目障りですわ!』というスキルが追加されていた。


「まさか……武器スキルか?」


 適性武器を装備した時に解放されるスキルで、剣聖と同じならレベルに応じて武器スキルも追加されていくはず。試しに扇子を開いて意識を集中させると頭の中にスキルの動きが再現された。


「虫けらの分際で目障りですわ!」


 イメージに従って素早く扇子を閉じ、スキル名を言いながらまっすぐ前に扇子を突き出す。何もない虚空であるにも関わらず、スパーン、と小気味のいい音が鳴った。


「最初は扇子かよ、と思ったけど、まさか適正武器だったとは……」


 予想外の幸運に蒼空の頬が緩む。コーディネートを提案してくれた店主に心の中で感謝と、バカにしたことに対する謝罪をして、ダンジョンの奥へと進んでいく。


「お、ちょうどいい獲物がいた」


 目の前を横切った巨大ネズミと目が合う。人間よりは小さいけれども、子犬くらいの大きさはあるため、決して油断できる相手ではない。


「まずは肩慣らしだな」

「チューー!」


 全速力で突進してくる巨大ネズミをやり過ごして距離を取る。獲物である蒼空を捉えられなかったネズミは反転して再び突っ込んでくる。


「虫けらの分際で目障りですわ! 死ねぇぇぇ!」

「チュゥゥゥ――」


 飛び掛かってくるのに合わせてスキルと共に扇子を突き出す。扇子から発生した衝撃波がネズミの心臓を抉りながら吹き飛ばした。


「ネズミ相手だったとはいえ、メチャクチャ強えな!」


 強敵相手にどこまで通用するかは分からないが、スキルは想像以上に強かったことに、蒼空は上機嫌になって笑みをこぼす。チンピラ相手であればステータスの差だけで勝てるけれども、モンスターを相手ではスキルが重要になる。直接的な攻撃スキルの無かった蒼空にとって、まさに追い風だった。


「よーし、どのぐらい経験値が手に入ったかな?」


 蒼空は浮かれながらスマホを開いてステータスを確認する。画面に『レベル:1』『Next:100』の文字が表示された。


「あれ、変わってなくね?」


 気のせいだと思い、その後もモンスターを倒し続けたが表示が変わることは無かった。終いには「ちくしょぉぉぉ!」「ふざけんなぁぁぁ!」と半泣きになりながら、モンスターを虐殺しまくった。無情にもステータスに変化はなかった。


「マジかよ。レベル、上がらないんだが!」


 蒼空は絶望のあまり地面に崩れ落ちた。



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