剣聖を極めたカンスト厨ですが、悪役令嬢レベル1になったんですけど?!~レベルは上がらないのにドンドン強くなっていきますわ?!~

ケロ王

第1話 カンスト剣聖、悪役令嬢になる

「これで、終わりだ――」


 天野蒼空あまのそらは瀕死のヒュドラを見据えながら呟いた。あと一体、こいつを倒すことで長い因縁に決着が付く。歓喜に身を震わせながら、気を抜くまいと両手で握った剣を構え直す。


「キシャァァァ!」

「死ねぇぇぇ! 天地無想断空斬!」


 剣を振り下ろして最後の首を断ち切る。ヒュドラの頭がゴロンと転がり、首から噴水のように血を吹き出す。錆びた鉄のような独特の匂いが鼻について思わず顔を顰めた。


 一方、全ての首を失った体は地面にドンと倒れ伏し、そのまま塵になってサラサラと消えていく。血の匂いや切り落とした頭もいつの間にか消えていて、地面にはドロップアイテムだけがポツンと置かれていた。


「ンギモッヂィイイ、アッー!」


 スマホに表示された『レベル:999』と『Next:-』の文字を見て、蒼空は絶頂感に浸る。レベルが上がった時の快感も相当ではあるが、カンストした時の達成感は険しい山を登り切った時のようなもの。これまでプレイしてきたゲームでも、当然のようにカンストさせてきた。


「よし! それじゃあ早速パーティーに入るぜ!」


 しばらく浸っていた快感が収まってくる。次に蒼空の脳裏に過るのはカンストの先、パーティー加入についてだ。


 これまでカンストのためにパーティーの誘いを全て断ってきた。ソロの方が経験値効率が良いからだ。ここしばらくは勧誘されていないが、以前は熱心に勧誘してきたパーティーも少なくなかった。


「ふっふっふ。オレがパーティーに入ると聞いたら、みんな驚くだろうな!」


 笑顔で受け入れてくれるパーティーメンバーを夢想しながら、蒼空はダンジョンを出て街へと向かった。


「悪いけど、今はパーティーの人間は足りているんだわ」


 蒼空は、複雑な表情をしたリーダーからパーティー加入の申し出を断られた。ちょうど10件目だが、これまでも断られるまでの経緯はほとんど変わらなかった。複雑な表情で、今のままで十分であると。


「くそっ、何が足りないって言うんだよ!」


 最初のうちはタイミングが悪いと納得していた蒼空だが、さすがに10個目まで同じようなセリフで断られれば、蒼空だから断られたのだと気付く。自分にはパーティーに求められる何かが足りない、というのが蒼空の見立てだが、それが何であるかは全く分からない。


 探索者ギルドに併設された酒場で、蒼空はジンジャーエールを飲んでくだを巻いていた。周囲で飲んでいる探索者が「おかしいくらいレベルに執着しているんだよな」とか、「おい、聞こえたら殺されるぞ」とか小声で噂をしているのだが、自分の世界に浸っている蒼空は全く気付いていなかった。


「レベルも十分にある。金もある。他に何が必要なんだよ!」


 一気にジンジャーエールを飲み干して、プハァと息を吐きながらジョッキをドンと置く。恐る恐るお代わりを尋ねる給仕にジンジャーエールを追加で注文すると、手を頭の後ろで組んで、虚空を見つめる。


 断られる理由は単にレベルが高すぎるからなのだが、それを蒼空に伝えるような勇気のある者は、ほとんどいない。そのことに気付けと周囲は念を送っているのだが、気付くはずもなく思考は明後日の方向へと迷走し始めた。


「そうか、実績だ! オレには実績が無いということだな。はっはっは、ずっと籠ってレベルを上げていたからな。当然と言えば当然だったな!」


 大声で笑いながら結論を導き出した蒼空に、周囲は全力でツッコミたい衝動を必死で堪える。高ランクダンジョンでモンスターを討伐する蒼空に実績がないはずは無いのだが、実績など気にせずレベル上げをしていた蒼空が気付くはずもなかった。


「そうと決まれば、実績のために『原初の迷宮』でも攻略してくるか!」

「「「えっ?!」」」


 周囲が驚きのあまり声を漏らす。原初の迷宮、世界で最初に現れたダンジョンにして、最高難易度のダンジョン。かつては攻略に向かったパーティーもあったが、現在に至ってもほとんど攻略が進んでいない。もっとも、放置してもスタンピードなどの問題を起こさないということが分かってきたせいか、誰も攻略しないダンジョンとなっていた。


「おいおい、正気かよ。誰も生きて帰ってこなかったんだぞ!」


 見るに見かねた探索者の一人が蒼空に声をかける。虎の尾を踏みたくはないが、それで死んだら寝覚めが悪いということだろう。しかし蒼空は彼を一瞥して、真っ直ぐ前を見つめる。


「これも実績を見せつけるためだ」

「わかったよ。だが、俺は止めたからな!」


 せっかく声を掛けてきた探索者もあっさりと引き下がる。当てにしていたパーティーに断られた蒼空は、ギルドにもパーティーを仲介を依頼したのだが――。言いにくそうに「いっそのこと、ずっとソロでいいんじゃないですか?」とだけ返された。


 理由は、実績がないせいだと蒼空は確信した。


「よし、そうと決まればオレは行く」


 席を立ち、会計を済ませて外に向かう蒼空を誰一人として止めようとはしない。言っても無駄だと分かっている相手に助言するほど暇な人間はいなかった。



 原初の迷宮は探索者ギルドの近くにある。初めて現れたダンジョンに対抗するために探索者ギルドが作られたのだから当然だった。


「おいおい、入った瞬間からワイバーンかよ」


 最高難易度と言われるだけあって、第一階層からワイバーンが徘徊していた。


「ま、オレにとっちゃ敵じゃねえけどな!」


 蒼空が剣を一閃すると、ワイバーンが真っ二つになったと思ったら、一瞬でサラサラと消えてしまった。血の一滴すら流れることのない、文字通りの瞬殺である。仲間の死を感じ取った他のワイバーンが蒼空へと殺到する。余裕の笑みを崩すことなく、蒼空は剣を構え直した。


「いいぜ。そっちから来てくれんなら、追いかける手間が省けるってもんだ」


 向かってくるワイバーンの群れに横薙ぎ一閃。あるものは首が、あるものは翼が、あるものは尾が胴体から切り離される。一瞬で消えるものもあれば、死にきれず血をあたりに撒き散らすものもあった。


 血の匂いがあたりに充満するのも束の間、残ったワイバーンも絶命して血の匂いごと風に溶けるように消えてしまった。


「楽勝だぜ!」


 蒼空は肩を鳴らしながら笑みを浮かべるが、ワイバーンの群れすら最上位と呼ばれる探索者でも苦戦する。余裕で倒しているように見えるのは、ひとえに彼のレベルによるものだった。



 第一階層のボスであるナイトドラゴンを睨みつけながら、蒼空は剣をしっかりと握り締める。夜のような闇色の体、その先端にある口から暗黒のブレスが放たれる。身を捩って回避すると、勢いのまま剣を振ってドラゴンに切りつける。


「死ねやぁぁぁぁ!」


 夜の闇のような漆黒のドラゴンの体に、パックリと真っ赤な傷が浮かんでいるように見える。流れ落ちる血は、ドラゴンの体から零れ落ちる命そのもののように見えた。


「これで、トドメだぜ!」


 ドラゴンの首に剣を突き立てる。苦悶の雄叫びを上げながら、絶命したドラゴンの体がサラサラと塵のように消えていく。完全に決着が付いたことを確信して、蒼空は大きく息を吐いた。


「なかなか厄介なところだな……。こんなのが沢山いるっていうのかよ。うん……?」


 緊張した体を解しながら部屋の奥を見ると、いかにもな祭壇の中央に、金色の台座が置かれているのが目に入った。


「これは……。もしかして、このドラゴンの宝珠を置けってことか?」


 ドラゴンのドロップアイテムの一つである宝珠を乗せると、台座が光り輝いて蒼空の体を包み込んだ。白い光が彼の体だけでなく、意識までも白く塗りつぶしていった。



 蒼空が目を覚ますと見覚えのあるダンジョンの入り口だった。お宝のカギだと思っていた祭壇が単なる罠だったことに苛立ちを覚え、思わず声を漏らす。


「くっそぉぉぉ! 下らねえ罠なんぞ仕掛けやがって! えっ?!」


 自分の口から洩れた声を聴いて、思わず目を大きく見開いた。これまで聞いた自分の声より遥かに高い声、まるで少女のような鋭く澄んだ声だった。


「おいおい、オレ、どうしちまったんだよ……」


 下を向くと明らかに地面が近くに見える。さらには自分の胸がつつましいながらもわずかに膨らんでいるように見えた。


「そんな……。何があったんだよ! そうだ、ステータスを確認してみないと……」


 嫌な予感を感じてスマホを取り出す。これまで当たり前のようにあったはずの剣聖としての力が、今は全く感じられなくなっていた。


「そんな、うっそだろ?!」


 蒼空のスマホに映し出されたステータスには、信じられない文字が書かれていた。


『職業:悪役令嬢』『レベル:1』『Next:100』と。

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