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「うぅ……ううぅ……」


 穴底の蛇を残らず斬り捨て、三メートル近い壁面をよじ登り、陥穽かんせいから脱したカザマ。


 そのまま彼女は仰向あおむけに地面へと横たわり、浅く胸を上下させる。

 見たところ大した怪我はしていないけれど、妙に表情がけわしく、心なしか顔色も悪い。


「も……申し訳ありませぬ、ジャック殿……とんだ不覚を……」


 そう言って広げた手の中には、少々の土くれと、綺麗に切断された蛇の頭。

 次いで力なく着物のすそをめくり、肌理きめ細かなももに点々と残るあとさらす。


「毒を受けてしまったでござる……」

「……シロマダラのたぐいだな。歯型も浅いし、毒蛇じゃないぞ」

「このままでは、ジャック殿に拾われた命の恩も返せず、こころざし半ばでたおれることに……!」

「聞けよ人の話」


 全てが全てというワケではないが、基本的に毒蛇は大きく発達した二本の牙から毒を注入するため、そこだけ傷口が大きく、また出血も激しくなる傾向が強い。

 ゆえに牙痕きばあとを見れば、有毒か無毒かは大体分かる。


「うぅ……どうか毒を吸い出して欲しいでござる……」

「だから毒蛇じゃねぇって」

「絶対に毒でござる……目がかすんできたでござるぅ……!」


 こうした現象を、医学用語でノセボ効果と呼ぶ。

 思い込みによる体調の悪化。つまるところプラシーボ効果の逆。

 まさしくやまいは気からと言うべきか。






「よくもやってくれたでござるなー!」


 ぷんすか、という擬音がピッタリな様相でいきどおりのまま叫ぶカザマ。


「死ぬかと思ったでござる! 死ぬかと思ったでござる! なんならジャック殿が毒を吸い出して下さらなければ死んでたでござる!」


 一方、彼女のももに巻かれた包帯を一瞥いちべつし、静かに溜息を吐くジャック。

 適当に口をつけて毒抜きの仕草だけなぞったに過ぎないのだが、カザマの素直な性格を差し引いても、思い込みの力とは恐ろしい限りである。


「ジャック殿の御手おてわずらわせた罪! あるじの前で拙者に恥をかかせた罪! 許すまじ! 弁護士を呼ぶなら今のうちでござるぞー!!」


 後ろ腰の二刀を引き抜き、銀虹ぎんこうきらめく薄刃うすばを振りかざし、軽快かつ俊敏しゅんびんおどり出る少女剣士。

 実はジャックと同い年だが、フレアエルド戦記シリーズは各キャラクターの正確な年齢を公開していないため、彼はその事実を知らない。


 閑話休題。


「仕込みが!」


 生い茂る竹藪たけやぶの横合いから飛んできた丸太を両断。


「あると!」


 足首に絡みかけたロープを断ち切り、転倒を回避。


「分かっていれば!」


 ほか、十数歩おきに作動する、嫌がらせめいた罠の数々。


斯様かような子供騙し! 引っかからないでござる!」


 それら全てを、カザマは微塵みじんも足を緩めることなく対処し、駆け抜ける。


「…………」


 そんなカザマの後ろ姿を、ジャックはどこか硬い眼差しで見つめていた。


 より正しくは、彼女が振り回す二本の刀を。


「……丸太も岩も簡単に真っ二つ、か」


 もちろん、扱う当人の技量もあってこその斬れ味。

 しかし、やはり最たる要因は、刀を形作る


「流石はオリハルコン製」


 既存きそんのあらゆる物質を上回る強度、硬度、靭性じんせい

 専用の薬剤を特殊な工程で使用しなければ、絶対に加工不可能な耐性。

 ミスリルすらしのぐ、魔力との完璧な親和性。


 雲鋼くもはがね

 ヒヒイロカネ。

 アダマンタイト。

 流星石りゅうせいせき


 地方や時代によって様々な呼び名を与えられてきた、窮極きゅうきょくの金属。


 その一端をカザマの二刀が示すたび、ジャックは思う。






 ──滅ぼされるのも無理はない、と。





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