第2話 繰り返される放課後
チャイムの音が校舎に響き、二年B組の新しい教室はざわめきに包まれていた。
黒板には担任の自己紹介と、簡単な年間予定の説明。まだ本格的な授業が始まるわけではないのに、生徒たちは新しいクラスでの人間関係を探り合い、声の大きな笑いと小さな囁きが交錯している。
宮坂悠真は窓際の席に腰を下ろし、教科書に名前を書き込むふりをしながら周囲の様子を観察していた。
隣の席には早くも女子同士が机を寄せておしゃべりを始めている。前列の男子二人は部活の話で盛り上がり、黒板消しを巡ってじゃれ合っていた。
「・・・・・・やっぱり、昨日と同じだ」
小さく呟いた言葉は、自分だけに聞こえる程度の音量だった。
昨日──いや、正確には“最初に”経験した二年の始業式の日。悠真は同じ光景を目にしている。
クラスの配置も、誰の発言も、ほとんど一字一句たがわず繰り返されていた。
「おーい悠真! お前またボーッとしてんのかよ」
前の席から椎名隼人が振り返る。太陽のような笑顔を浮かべ、悠真の肩を軽く叩いた。
「いや・・・・・・ちょっと考え事」
「お前さ、せっかく新クラスなんだから、もっと話しかけろよ。俺とばっか絡んでても女子にはモテねえぞ」
「別にモテたいわけじゃ──」
悠真が言いかけた時、教室の扉が開いた。
夕陽を思わせる柔らかな光が差し込み、その中にひとりの少女の姿が現れる。
白石澪。
長い黒髪を肩に垂らし、静かな足取りで席へと向かう。新しい教室の空気にまだ馴染まないその横顔は、凛とした静けさを纏っていた。
けれど、悠真の胸には別の感情が広がっていた。
既視感。
いや、確信。
(彼女は・・・・・・昨日、目の前で死んだ)
机に座り、淡々と筆箱を取り出す仕草までも、記憶と寸分違わぬ動きだった。
◇
昼休み。
新しいクラスのグループ分けはすでに始まっていた。
隼人は自然に輪の中心に溶け込み、サッカー部や野球部の男子たちと談笑している。女子たちは机を寄せ合い、弁当の中身を見せ合ってキャッキャと笑っていた。
悠真はというと、教室の隅で購買のパンを広げていた。
孤独を選んでいるわけではない。ただ、人の輪に入る勇気が足りないだけだ。
ふと、視線を感じた。
振り向くと、窓際に座る白石澪が、こちらを見ていた。
一瞬だけ目が合う。
そして澪は、小さく会釈をした。
「・・・・・・」
悠真の心臓が、ひどく大きく鳴った。
慌てて視線を逸らすが、昼下がりの静けさの中でその仕草はくっきりと焼き付いて離れない。
(初めて・・・・・・話しかけられるかもしれない)
期待にも似た焦燥が胸を満たす。
しかし、結局声をかける勇気は出せないまま、昼休みは終わってしまった。
◇
放課後。
新しい教科書を抱え、悠真は校門を出た。
夕陽に照らされた通学路を歩いていくと、再び見覚えのある後ろ姿があった。
白石澪。
長い髪が夕陽を受けて橙に染まり、制服のリボンが風に揺れている。
──昨日も見た光景。
そして、あの先に待っている結末も。
「・・・・・・やめろ」
思わず声に出していた。
足が勝手に速まる。
彼女を追い越し、声をかけようとしたその瞬間──。
鋭いブレーキ音が響いた。
角を曲がった軽トラックが、制御を失ったように歩道へ突っ込んでくる。
また、だ。
「危ない!」
今度は叫んだ。
腕を伸ばし、澪の肩を掴もうとする。
だが、わずかに間に合わなかった。
澪の身体が宙を舞い、スローモーションのように回転する。
悲鳴、金属の軋む音、そして鈍い衝突音。
すべてが昨日と同じだった。
ただひとつ違ったのは──彼女の顔がこちらを向いていたことだ。
微かに微笑みを浮かべながら、血に濡れた唇が動く。
「やっぱり・・・・・・逃げられないんだね」
その声を最後に、世界がまた暗転した。
──気がつくと、また天井があった。
窓から射し込む朝の光、布団の感触、そして目覚まし時計の針が示す時刻。
始業式の朝。
昨日と同じ。いや、昨日“も”同じだった。
「・・・・・・また、ここか」
吐き出した声は掠れていた。
背筋に冷たいものが走る。恐怖なのか、それとも絶望なのか。
白石澪は、やはり死んだ。
二度も、目の前で。
そして、そのたびに世界はリセットされ、朝に戻る。
これは夢でも妄想でもない。
確かに、何かがおかしくなっている。
◇
再び校門をくぐると、隼人の豪快な声が響いた。
「おーい、悠真!」
背中を叩かれる感触。
全てが昨日と同じ。
まるで台本をなぞる役者のように、クラスメイトは同じ言葉を繰り返す。
悠真は思わず拳を握り締めていた。
怒りではない。混乱でもない。
──確信だ。
「これ・・・・・・繰り返してるのは、俺だけじゃない」
澪の最後の言葉を思い出す。
やっぱり逃げられない──。
あの言葉は、偶然じゃない。
彼女自身、この状況を知っている。
◇
授業は相変わらず形ばかりで、ほとんど自己紹介の時間に費やされた。
クラスメイトたちは笑い、冗談を飛ばし、友情の種を蒔いている。
だが悠真の頭の中には、ただひとりの姿しかなかった。
白石澪。
彼女だけが、この異常を共有しているはずだ。
そうでなければ、あの「また」という言葉の意味が説明できない。
昼休み。
悠真は決意を固め、澪の席へと歩み寄った。
窓際の光の中にいる澪は、教科書を閉じてペンを整えていた。
まるで舞台の上にいる役者のように、存在感が浮き上がって見える。
「あの・・・・・・」
声が震えた。
周囲の雑音が一瞬遠のいた気がした。
澪が顔を上げる。
澄んだ瞳がまっすぐ悠真を射抜いた。
「・・・・・・宮坂君、だよね」
意外な言葉だった。
初対面のはずなのに、名前を知っている。
「どうして・・・・・・俺の名前を?」
「ふふ。なんとなく、覚えてるの」
微笑んだ唇は柔らかく、それでいてどこか影を帯びていた。
“覚えている”。
その言葉の意味を問いただす前に、昼休みは終わりのチャイムに遮られた。
◇
放課後。
悠真は教室を飛び出し、澪の後を追った。
夕暮れの廊下を駆け抜け、校門を出る。
──また同じ結末が待っているのなら。
今度こそ、止める。
汗ばむ手のひらを握りしめ、角を曲がる。
澪の背中が見えた。
その先の交差点では、すでにタイヤの悲鳴が鳴り響いている。
「白石!」
叫びながら全力で走り、彼女の手を掴む。
驚いたように振り返る澪の瞳が大きく見開かれる。
轟音。
すぐ横をトラックがすり抜け、電柱に激突した。
破壊音と同時に砂埃が舞い、辺りは騒然となる。
だが──澪は無事だった。
悠真の腕の中で、かすかに震えている。
生きている。
確かに。
「・・・・・・助けて、くれたんだ」
澪の唇が震え、声が零れる。
その表情は、救われた安堵と同時に、深い悲しみを含んでいた。
そして次の瞬間、彼女は小さく首を振った。
「でもね・・・・・・これで終わりじゃないの」
その言葉が意味するものを問う前に、遠くでサイレンの音が響いた。
赤色灯が夕暮れに揺れ、騒ぎはさらに大きくなる。
──悠真の胸に残ったのは、冷たい確信だけだった。
この繰り返しから、彼女は逃げられない。
そして自分もまた、その運命に巻き込まれている。
どうしてかは分からない。
けれど──もう目を逸らすことはできない。
彼女を救うために、このループの謎に向き合わなければならないのだ。
⸻
【作者コメント】
お読みいただきありがとうございます!
いよいよ物語が動き始めてきました。
悠真と澪の関係、そして「繰り返す日」の意味──少しずつ謎が見えてきたでしょうか。
書いていても「ここからどう転がしていこうか」とワクワクしています。
次回はさらに澪との関わりが深まっていきますので、ぜひ読んでみてください。
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