ゲームキャラで始める、終末を楽しく生き残る方法
芦屋貴緒
第1話 目が覚めたら女になっていた件
「白金さん? 白金さーん、お荷物届いてますよー」
配達かー……。
就活100連敗の疲れの中……結局はベッドに倒れ込んだまま寝落ちしてしまう。
いつものように。
そうしていつも通り、再起を誓いながら床に就く。
そして――わたしが知らないうちに世界は盛大に滅びた。
◆
身体がだるい……。全身が重い……。
いや、身体が動かないのか?
まぶたを開けようとしても開かない。
身体の自由が利かないのに意識だけははっきりしている感覚は悪夢に近い。
けれども夢を見ているわけでもない。
おや、光が差し込んできたな。
徐々に光は強くなっていき……キン! と甲高く金属が割れる音とともにわたしは地面に落ちた。
「うー……さむっ。クーラー入れっぱなしだっけ」
視界が徐々に鮮明になっていく。
だが聞き慣れない高い声が自分の喉から発されたことに気づき、喉をぺたり、と触る。
……喉仏がない。
なんか肌もつるつるしていて手に吸い付くような柔らかさがある。
胸元には豊かな双丘、蠱惑的な曲線を描く身体。
「な、ない……? いや、ない!」
なにが「いや」なのかは分からないがとにかく男の象徴がない!
股を触ってみてもつるつるとしているし、そこになければないですねと冷淡に返された気分だ。
わたわたと慌てふためいているなか、くるりと身体の向きを変えた。
さきほどまで自分がいたであろう場所には水色の水晶のような立方体が砕けていた。
鏡面のように磨かれている水晶は、否応なしに現在の自らの姿をわたしに突きつけてくる。
紫銀の髪に金色の瞳がたまご型の輪郭には乗っている。すらりととおった鼻筋、小さくて血色のいい唇は桜色。
口をきゅっと結んだこの表情がデフォルトなので、クール系に間違われそうだ。
身体は細く、しかし出るところは出ている男の欲望を全て載せたグラマラスな身体。
年齢のころは二十歳かそこらか。
これが、わたし……?
「いや……これゲームで創ってたキャラの姿か? どうして……?」
〈アンブロシア〉というインディーズゲームで作り込んだ自分のキャラの姿だと遅まきながらに気付く。
どうしてわたしがゲームのキャラになっているのかは全く分からないが、どうやらそれを教えてくれる存在もないらしい。
自分の身体が変わってしまったことにも興味はつきないが……しかし。
「くしゅん! ……まずは服だな」
鳥肌がたつほどの寒気を感じるここは、どうやら地下室らしい。
地下室といっても水晶の向こう側にはなだらかな坂があって光も差し込んでいる。
洞穴と地下室の両方の悪いところを併せ持った中途半端な存在のようである。
「まさかとは思うが、ゲームでの力が使えたり……。いや、ないな、それは流石に漫画の読み過ぎ」
正直いまでも魔法や神秘的ななにかに憧れているフシはある。
しかし年だけ食ったおっさんとしてそれなりに分別というものはついている。
ファンタジーとは文字通り幻想だ。幻想が現実になることなどありはしない。
まあ、でも……ちょっとだけなら。
ほら、恥のかき捨てってやつ。
「〈サモン〉――バッグ」
鈴の音のような綺麗な声が洞穴に響いた瞬間、ぽん、とわたしの目の前に肩掛けのバッグが現れた。
「ほ、ホンモノだ……! いや、その前に服だ、服。寒すぎる」
バッグの中にしまい込んでいたローブをおっかなびっくりながら着る。
ゲーム内では全属性に対して耐性がある逸品だ。このローブに袖を通すと凍てつくような寒さは感じなくなる。
「……悪い夢か、それとも」
ゲームみたいな夢を見ているだけであって欲しい。
いやいや、あんなひどい世界は壊れて当然だ。
相反する思いを抱きながらわたしは外への一歩を進み始めた。
これまでもダメダメだった就職活動を続けるために、ひとまず寝て。
心を整えて再びあのうだるような暑さの中、面接に向かう。
そんな日々はもう来ないとばかりにびゅうと凍てついた風が頬を叩く。
「ウソ……」
暗い洞穴を出た先。
そこはわたしが住んでいたアパートの庭先だった。
土を踏みしめればさりさりと雪が砕けて。
アパートの管理人が植えたビワの木だけが残って、アパートの部分は雪に潰れていた。
周りには緑色の肌をした子鬼や、人型をしたイノシシの群れ、そして迷彩服を着た動く死体の数々。
わたしは咄嗟にアパートの石垣に隠れ息を呑む。
どうやら、世界はわたしが寝ている間に滅びていたらしい。
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