ヨモギ丸 短編

ヨモギ丸

古着屋のおじさん

「ねー店長、その剥がれたスリッパやめなよぉ。」

「いいんだよ。こんな古臭い古着屋に客なんて来ないんだからよぉ…。」

「店長って古着屋とは思えないくらいダサいよね。まあ、おじさんだもんね。」

「うるせぇ、外掃いてこい。」

「はーい。」

 莉瑠は先の毛の少ない箒を片手に外へ出る。

 ここは駅からの通りから少し外れた古着屋「あーちてくちゃ」、品ぞろえはいいけれど立地が悪いのが玉に瑕。

「てんちょー、箒壊れたー。」

「マジかよ…。今月厳しいのに…。うーん、わかったちょっと中野さんのとこで買ってきてくれ。」

「えー、その分給料出る?」

「あーうん、出る出る。てか、そんなに金が要るなら他に働き口ぐらいあるだろ。カフェとかどうだ?似合うだろ。」

「うーん、いいや。私ここの空気結構好きなんだよね。匂いとか。」

 莉瑠は大きく息を吸って吐く。

「いいから早く行って来いよ。」

「店長が聞いたのにー。いいや、行ってきまーす。」

 素早く自転車に飛び乗った彼女は、ヘルメットも被らずに行ってしまった。

「テンチョ、リルちゃン、どこイッタ?」

 もう一人のバイトのボブが裏から出てくる。彼は経理を務めているのだ。

「あー、あいつなら買い出しに行かせたよ。箒壊れちゃって。」

「ナニやってんノさテンチョ!」

「なんだよそんなにでかい声出して、やめてくれ耳に響く…。」

「あのコいま、サイフもってナイヨ!」

「は!?え、だってあいつ普段持ち歩いてなかったっけ?」

「それアブないカラッテやめさせたのテンチョでショ!」

「そうだった!そしたら財布は?」

「ココダヨ!」

 ボブはポケットから財布を取り出した。じゃらじゃらとキーホルダーの付いた少し古い財布だ。

「ボブ…届られないか?」

「ワタシ、仕事おわってないヨ。」

「えー、俺行くのー?気づいて戻ってくるの待とうぜー。」

「テンチョ、それ割増賃金請求サレルよ。」

「なんでそんな言葉ばっか覚えるかなぁ…。しょうがねぇ、行ってくるかぁ…。いてて」

「テンチョ、まだコシやってル?」

「あー平気平気、この年になるとつい言っちゃうだけだから。」

「そか、イッテラッシャイ。」

「でもよ、ほら客とか来たらどうすんだよ。」

「ウチ、客こない。」

「そういやそうか。うん、行ってくるわ。」

 そう言った彼はため息を吐きながら、自転車がないことに気が付き、更に溜息を吐いた。

「なんでテンチョ、スリッパのママ?」

「やっと着いた…この年になるとこの距離でも息が切れる…。」

 彼が中野商店に着くと、少し外が騒がしかった。

「すいません、通してください、すいません。」

 人混みを通り抜けていくと、黒いダウンに、黒い長ズボンを掃き、見るからに不審者という男に、莉瑠がナイフを突き立てられていた。

「は…?おいなにやってんだ莉瑠!」

「ごめん店長、捕まっちった。」

「何勝手に話してんだてめぇら!殺すぞ!」

「あー、そのなんだ、その子には未来があってな」

「うるせぇ!俺には未来なんかねぇんだよ!」

「いや、いまはその子の話で」

「お先真っ暗だ馬鹿野郎!」

「だ、だから」

「俺の人生なんて…!!」

「うるせぇなぁ!ちょっとは話聞けよ!俺にも未来なんかねぇよ!もうおじさんなんだよこっちは!」

「じゃあこっちだっておじさんだこの野郎!!このスリッパを外で履く非常識野郎が!」

「うるせぇ!これが通常運転だバカ野郎!」

「「ぜぇぜぇ…はぁはぁ…。」」

 おじさん同士の見るに堪えない口論に引いた住民たちは、少しずつけていった。

「店長!そういうの良いから早く何とかして!このおじさん、その、ちょっと、てか結構独特なにおいする!」

「そこはオブラートに包まなくてもいいんだぞ、莉瑠。はっきり言ってやれ、臭いって。」

「な、何言ってんだこの野郎!こっちはナイフ持ってんだぞ!次バカみたいなことしてみろ!このかわいらしい顔、切ってやるからな!」

「や、やめてよ、冗談でしょ。」

「冗談じゃねぇ!俺はお前みたいな美人が嫌いなんだよ!昔っからそうだ…俺みたいなやつは虐げられてばかり…。だから人生全部捨てて、誰か殺して俺も死んでやるぅ!」

「店長!警察呼んで!」

「この商店街入口狭くてパトカー入れないんだよ。」

「じゃあどうするのさ!この人やるよ!やっちゃうよ!」

「あー、うん。あんまりやりたくはねぇんだけどなぁ…。」

 店長は肩と首をこきこきと鳴らし、軽く伸びをする。そして、中野商店に近づいて箒を一本取る。

「て、店長?嘘だよね?私見捨てて目当ての箒を買うとかありえないからね?」

「中野さん、これ借りるぜ。」

「あ、ああ。うん、え?莉瑠ちゃんはいいの?」

「だから借りるんだよ。」

「へっ、何ふざけたこと抜かしてんだ、ナイフに箒を勝てるわけねぇだろ!」

「ふぅ…。」

 男は思い出していた、鍛錬の日々を。男は忘れようとした、今朝から続く腰痛を。男は決心した、アルバイトを救おうと。男は構えた、箒を腰に携え、まるで刀を構えるように。

「久しぶりだから、手元狂うかもしれん。そしたらすまんな。」

「は?なんだよ、その年で中二病か?終わってるな!」

「うるせぇ、俺はホンモノだ!!莉瑠頭下げろ!」

「あいっ!」

 男は放った一閃は莉瑠の頭を避けて、強盗の脳裏に『死』を過らせた。そして

「ぶべらっ!!」

 強盗は顔に掃かれた痕を付けられ、見事に吹き飛ばされたのだった。後に彼は

『何が起こったはわからなかった。風になったと思った。』と証言した。

「よし、一件落着!」

「その箒代、払ってね。」

 振った衝撃で箒が折れてしまったため、男は泣きながら渋々二本分のお題を払ったのだった。

「すごいね店長!あんなことできたんだ?」

「そんナすごかったノカ?」

「それはそれはすごかったよ!こうやってね、こう!」

 莉瑠は、箒を振って当時の店長の動きを再現する。

「それ以上箒壊したら減給だからな。」

「そりゃないよ店長!」

「そうヨ、テンチョ!!そりゃ不当な減給ヨ。」

「ぶっ壊した分は自分で払ってもらわないと困るだろ!これ以上無駄遣いはできないんだよ!」

 男は、自分の財布の中を確認しながらそう言う。

「いやいや、貯金自体はあるだロ、テンチョ。」

「えー!?どんくらいあんの!?」

「そりゃこんなモンヨ。」

 ボブは、手を広げて5を示す。

「500000?」

「その10倍ネ。」

「えー!?それでそんなけちけちしてんの!?やっばいじゃん、店長!」

「そーだそーだ、給料増やセ!」

「その金は手を付けないって決めてんだよ。」

「何そのこだわり、まじないわー。」

「まじナイワー。」

「うるせぇ!さっさと仕事しろ!」

「ハーイ。」

「あーい。」

「それじゃ、俺はちょっと出てくるから。」

「えー!私たちに働かせて自分は散歩!?」

「商談だよ。商談。」

「怪しい!!」

「それ以上言ったら、今度こそ箒代請求するからな。」

「あいあい、わかってるよーだ。」

 男は、今度もスリッパのまま、外へ出ていった。

「おばちゃん、空いてる?」

「あー、うちにも客は来ないからね。」

「うちにもは余計だ。」

「またやったのかい、凝りないねぇ。もう一線は退いたんだろ?」

「いいんだよ、大いなる力には大いなる責任が伴うんだよ。」

「かっこよく言っちゃって…しょうがないねぇ、早くうつぶせになりな。」

 手先の震えた老婆は腰を触ると呆れながら

「また、これはとんでもないのを持ってきたもんだ。おらっ!」

 老婆は瓦でも割るかのように、掌底を打ち込む。

「いってぇ…!!」

「馬鹿だね。この痛みがあと3週間続くと思いな。」

「マジかよ…。」

「そんなスリッパだからまともに体も使えず、身体痛めるんじゃないか。まともな靴を履くんだね。」

「こうでもしないと、いざという時に傷つけちまうだろ…俺侍だぜ?」

「その年で中二病はきついね。」

「そういうのじゃねぇんだけどなぁ…。」

 彼の名前は村田健三。またの名を<疾風の侍ケンゾウ>

 これは、元暗殺者の男が、とある外れの商店街で古着屋を営む話である。

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