第22話 九重心乃葉は吐露した


「そういえば」


 しっかりと下味がついていて、冷えていてもジューシーで美味しい唐揚げを口に入れたところで、俺は訊こうと思っていたことを、ふと思い出した。


「ん?」


 ちょうど卵焼きを食べるところだった心乃葉が、食べるギリギリのところで動きを止めてこちらを向く。


「あ、悪い。食べながらでいいんだけど」


「うん。それで?」


 ぱくり、と食べて俺に話の続きを促す心乃葉。


「冬月椿姫についてだけど」


「椿姫ちゃん?」


 冬月椿姫。

 心乃葉の幼馴染であり、彼氏である俺に対してやや懐疑的である。

 杏樹のように俺たちの関係そのものを疑っているわけではないが、それでも俺のことを警戒しているのは事実。


 偽恋人関係を続けるならば、冬月の情報はもう少し仕入れておいた方がいいだろう。


「幼馴染なんだって?」


「そうだよ。小学生のときからずっと一緒なの」


 小学生からずっと一緒にいられるということは、冬月椿姫はきっと良い奴なんだろう。

 よほど心が広い人でなければ、難がある人間とそこまで長く一緒にいようとは思わないからな。


 中学入学や高校入学という明確なタイミングだってあるし、一年の中でも関係を断つ機会はいくらでもあったはずだ。

 なのに、変わらず二人は一緒にいる。それはつまり、そういうことだと言えるだろう。


「冬月には俺のこと話してなかったんだよな?」


 そう尋ねると、心乃葉の表情が僅かに曇る。まるで先ほど吹いた風に笑顔が飛ばされたようだ。

 

「うん、どう話していいか分からなくて。考えてるうちに新学期が始まっちゃったんだ。なのに、そういえばどうして二人がお話をしてたの? 接点なかったよね?」


 そこまで言って、ようやく俺と冬月が二人で話していた光景に違和感を抱いたようで、心乃葉は難しい顔をした。


「訊かれたんだよ、お前との関係を」


「話してないのに?」


 俺は少し甘めの卵焼きを食べながらこくりと頷く。


「朝に沢渡先輩への返事として俺との関係を明かしたのが、速攻で教室に届いてたろ。多分、その話題を教室で耳にしたんだ」


「……なる、ほど」


 心乃葉が話していない以上、それ以外には考えられない。

 俺の話を聞いて、彼女は難しい顔をした。自分で伝える前に冬月が知ってしまったことを気にしているのか?


「こうなることくらいは予想できただろ」


「……断ることで頭がいっぱいだったから、ここまで考えられてなかった」


「頭がいいのか悪いのか分からんな」


「うう、返す言葉もない」


 俺からすれば、そこは正直どっちでもいいところだ。心乃葉が冬月にフォローを入れて終わりだろう。


 考えるべきはむしろ、ここから。


「冬月とは仲良いんだよな?」


「え、うん。付き合いも長いしね、さすがに他の子に比べても親密かな」


「冬月には本当のことを言うという選択はないのか?」


 つまり冬月椿姫は親友ということで。


 心乃葉が周りに言おうとしないのは、何かの拍子に嘘だという情報が漏れることを警戒しているからだ。

 けど、親友レベルの信頼を置いている相手であれば、真実を話しても構わないようか気もするが。


「あいつは俺のことを疑ってる」


 表情を曇らせた心乃葉に、補足説明をする。


「疑ってる?」


「ああ。関係そのものは信じてたけど、俺がお前の彼氏に相応しいかどうかを見定めようとしているようだな。親友だというのなら、疑り深くなるのも納得だ」


「……そう、なんだ」


「万が一、冬月にバレたらそれが広まってしまう危険性もある。なら、そんなリスクを負うよりは真実を話した方が手っ取り早いと思うんだが?」


 そこまで言うと、心乃葉は手に持っていた弁当箱と箸を下に置いて、小さな息を吐いた。


 前を向いた彼女の視線を追うと、中学生くらいの女の子二人が、風に舞う花びらの中で楽しそうにバドミントンをしている。

 桜の花をバックにはしゃぐその姿は、写真を摂れば絵になることだろう。


「椿姫ちゃんはね、すごくまっすぐな女の子なの」


 ぽつり、と心乃葉は懐かしむような優しい声色で呟いた。


「……それはまあ、何となく分かるが」


 そうじゃなきゃ、俺に対してあんな感じで話しかけてはこないだろうしな。

 心乃葉を、親友を大切に思っているからこその行動だ。


「わたしが想介くんとの関係を椿姫ちゃんに話せば、確かにそういう心配はなくなるんだけど……えっと」


 そこまで言って言葉を飲み込んだ心乃葉の横顔はさっきよりも曇っている。晴れ空は覆い隠されて、大雨でも降り出しそうな暗さだ。


 そのまま、不安げな揺れる瞳をこちらに向けてくる。


「なんだよ。別に何言われても驚かないぞ」


「驚かせるつもりは、ないんだけど。わたしのわがままなの、だから怒らないかなって……」


「それは聞いてから判断する」


「……そこは怒らないから言ってみろって言うところじゃないかな?」


 元気のない笑みを浮かべながら心乃葉が言う。


「それでもし、本当に許せないことだったら怒ることになる。そうすると、お前を騙して言葉を引き出したことになるだろ。それは俺のポリシーに反する。だが、聞くまで納得もしない。お前はどっちにしても言うしかないんだよ」


 何でもかんでも伝えることが正しいとは思っていない。誰かを傷つける真実があるように、誰かを守る嘘があるように、知らない方がいいことだってあるのだろう。


 けど、ここは訊く。

 気になるからだ。

 聞いて、納得すれば俺は彼女に従うし、納得できなければ事実を伝える。


「……想介くんも、まっすぐな人なんだね」


「別に、そんなつもりはないが」


 心乃葉は小さく深呼吸をして、吐き出したと同時に表情をやる気の満ちたものへと切り替える。

 

「わたしね、椿姫ちゃんには嘘をついてほしくないんだ」


「嘘?」


「うん。わたしと想介くんの関係を知れば、確かに疑いはなくなる。それだけ安全になると思うんだけど、その代わりに椿姫ちゃんは周りにそのことを隠し続けないといけないでしょ。そんなことを、椿姫ちゃんにさせたくないんだ」


「どうして?」


「椿姫ちゃんがまっすぐな女の子だから」


 揺れる瞳は縋るよう。

 いつもどこか様子を窺うような彼女だが、今回はそうじゃなくて。自分の意志を貫きたいという強い気持ちが感じられた。


「……わがままなんだけど、想介くんにも迷惑かけちゃうかもしれないけど、でも……」


 それでも強くは出れないのは、実に彼女らしい。

 俺に偽恋人の話をしたときの強引さはどこへ行ったのやら。


 俺は小さなおにぎりを食べて、飲み込む。


「それくらいの迷惑も込みで、俺は契約をしたんだよ。今さらそれを撤回するようなことはしない。考えてみれば、人数が増えても情報漏洩のリスクを負うだけだし、共犯者は二人で十分だ」


「……いいの?」


 自分で言っておきながら、罪悪感からか飲み込みきれない様子の心乃葉。

 仕方ないな、と俺は残っていた最後の卵焼きを口に入れる。

 

「納得できないなら、また美味い弁当でも食わせてくれ」


「……それくらいで良かったら、いつでも作るよ」


 軽く微笑んだ心乃葉は「ありがとうね、想介くん」と小さく続けた。

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