第14話 五城杏樹は敵視する
お昼を回った十三時半になった頃。
インターホンが鳴ると、対応しようとソファに座っていた杏樹が立ち上がる。
「俺が出るから杏樹はここにいろ」
「ですが、この程度のことでわざわざ兄者の手を煩わせるのは心苦しいです」
いつもと変わらずクールというか無表情というか、とにかく感情の読みづらい顔で、胸元にリボンのついたパステルブルーのワンピースを着た杏樹が言う。
これは時間的に心乃葉だろう。
それを分かっての言葉かどうかは判断つかないけど、とりあえず最初は俺が対応するべきだ。
「心乃葉だと思うから」
「分かっています。杏樹はお客様によって行く行かないを決めるような妹ではありません」
「だろうな。そうじゃなくて、杏樹が出ると心乃葉が驚くだろ。最初は俺が出た方がいい」
言った言葉もそうだけど、あと杏樹に合わせる前にもう一度最低限話しておきたいというのが本音だ。
「心配には及びません。もちろん、お客様を不快にさせるような対応はしませんので」
……言っても聞かない奴め。
そんなこと言ってる間にも、外では心乃葉が待っていることだろう。ここは手っ取り早く済ませる方法でいこう。
「じゃあ杏樹はお茶の準備をしておいてくれ。俺としてはそっちの方が手間だから、そうしてくれると助かる」
「兄者がそう言うのであれば」
ようやく納得してくれた杏樹がキッチンに向かったことを確認し、俺はとりあえずインターホンの対応をする。
「もしもし?」
『あ、あの、九重です。本日は想介くんに招待していただいて……』
「俺だ、想介だ」
『あ、うん。こんにちは』
「迎えに行くからちょっと待っててくれ」
それだけ言って家を出る。
五城家はマンションの二階にあるので、階段を降りて入口エントランスまで歩くと、心乃葉の姿が見えた。
どうやら自転車で来たらしく、赤い自転車がそばに停められている。
「こんにちは、想介くん。今日は呼んでくれてありがとうね」
上は生地が薄めの白いニット、下は春風になびくミントグリーンのフレアスカート。
アイボリーカラーのカバンとパンプスが控えめながらも自らの存在を主張していた。
髪はいつものストレートと違い、ハーフアップで纏めていて違った印象を与えてくる。
やや緊張している顔つきだった彼女は、俺の顔を見て安堵の息を漏らした。
「ああ、こっちこそ悪いな。急に呼び出して」
「ううん。それでね、自転車ってどうすればいいのかな?」
「あっちに駐輪場があるから、そこに停めてくれればいい。案内するよ」
俺がわざわざ迎えに降りたのは駐輪場を案内する意味もあるけど、杏樹と会わせる前にもう一度心乃葉と話しておきたかったからだ。
駐輪場までの道を歩きながら、ちらと彼女の顔を見る。目が合うと、にこと口元に笑みを浮かべて小首を傾げた。あざとい。
「今日呼んだのは、昨日話した通りなんだけど」
「想介くん、妹さんいたんだね?」
「ああ。言ってなかったか」
妹いるなんて話をするタイミングもなかったか。初めて顔を合わせたときも杏樹はいなかったしな。
「五城杏樹。今年中学を卒業した一つ下の妹だ」
「その妹さんが、つまりわたしたちの関係を疑っているんだよね?」
「だな。俺が彼女なんて作るはずがないと思ってるんだろう」
「まあ、言わんとしてることは分かるけどね」
俺の一年のときのことを思い出しているのか、心乃葉は引きつったような苦笑を浮かべる。
自転車を駐輪場に停めて、俺たちはマンションの敷地の中に入る。二階に到着するのにはそう時間はかからない。
「で、変に動き回られる前に、心乃葉を紹介しておいた方がいいと判断したんだ」
「そういうことね。でも、どうしてわたしたちが付き合ってると思ってるんだろ?」
「俺の見立てでは、九重母がうちの母さんに何か言って、それを杏樹が聞いたと踏んでいるが。この前出掛けた日に、母親と何か会話したか?」
ゆっくりと階段を上がっていき踊り場をくるりと回りさらに進む。
心乃葉は数歩後ろをついてくる。
「ん? んー、まあ、うん、したね」
何ともまあ微妙な反応を見せるものだから、後ろを振り返ってみたけど、心乃葉は気まずそうに視線を泳がせていた。
「……なに話したんだよ」
犯行を認める反応だぞそれ。
俺の低音ツッコミに、うっと心臓を撃たれたようなリアクションをした心乃葉が、渋々口を開く。
「大した話はしてないよ? ただ、どこ行くのって訊かれたから遊びに行くのって答えて。誰と? って言われたから、想介くんとって説明しただけ」
「なんでそこは限りなくオープンなんだよ」
そういうときはとりあえず友達と出掛けるみたいな感じで誤魔化すもんじゃないのか?
よく分からんけど、そう答えりゃ九重母は少なからず俺と心乃葉の関係を良好だと思うだろう。
それが飛躍して、二人は付き合っているんだと勘違いしてもおかしくはない。
当然、そうなれば九重母はうちの母さんに連絡をする。
なるほどな、当然の流れが起こっていたのか。
「もう済んだことを言っても仕方ない。この関係を続けたければ、杏樹を納得させることだな」
俺がそう言うと、心乃葉は眉をひそめた。
ちょうど、家の前に到着したところで彼女は足を止める。
そして。
「どうして妹さんを納得させる必要があるの?」
尤もな疑問をこぼす。
九重心乃葉は、学校での告白地獄から解放されるために偽彼氏を俺に依頼してきた。
だから、別に校外となる家族に対して嘘を貫く必要はないだろうと思っているのだろう。
その考えは間違っていない。
けど、そういう隙間からダムは決壊するし、それに……。
「それは――」
「兄者? いるんですか?」
俺が説明しようとしたのと同タイミングで、ガチャリと家のドアが開いて杏樹が顔を出した。
「……」
「……」
心乃葉と杏樹の目が合う。
一秒か二秒か、二人は視線を交わしたまま固まっていた。心乃葉はどう反応すべきか悩んでいる様子だ。
そんな中、沈黙を破ったのは杏樹の方で。
「あなたがオオカミさんですか」
「こら」
心乃葉に、じとりと半眼を向けた杏樹の頭を軽く叩くと「あうっ」と小さな声を漏らした。
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