第11話 九重心乃葉は震えた
友人二人から逃げるようにあの場から立ち去った俺たちは、少し離れたところにあるゲームセンターに来ていた。
これだけ離れていれば再びはち合わせることもないだろうし、ゲームセンターなら何かしらの時間潰しはできる。
「初デートでゲームセンターかぁ」
「お前が俺のプランを却下した結果だろ」
確かに初デートでゲームセンターというシチュエーションはラノベでもあまり見ない。
がやがやとうるさいし、雰囲気的に初デートには相応しくないのかもしれない。
「まあ、いいけどね。プリクラとか撮ろっか? 恋人っていうのに説得力出るくない?」
「プリクラなあ」
あの目が異様に大きくなる宇宙人製造機だろ? 何が楽しいのかは俺には理解できないけど、女子は好きだよなあれ。
今ではスマホアプリでもある程度加工はできるのに、未だ廃れることのない不思議なコンテンツ。俺一人で撮ることなんて絶対にあり得ないし、経験しておくのも悪くはないか。
「まあいいけど、とりあえずちょっとこの辺回らせてくれ」
一階はずらりとクレーンゲームが並ぶ。フロアマップを見ると、二階も同じようなエリアらしい。
その上に行くとプリクラだったりアーケードゲームだったりが置かれているそう。
「あ、ねえ想介くん。これ見て、可愛くない?」
俺がゆっくり歩きながらクレーンゲームのラインナップを吟味していると、少し後ろにいる心乃葉がそんなことを言う。
どれだろうと彼女のもとまで戻ると、ウサギのキャラクターのぬいぐるみが並んでいた。
「なんだっけ、これ」
見たことはある。
けど、名前までは記憶にないので訊いてみたところ、心乃葉が目と口を開いて分かりやすく驚く。馬鹿にされてるようだ。
「え、知らないの?」
「このキャラクターを知ってることが世の共通認識みたいな言い方やめろ」
「いや、さすがに恐ろしいよ。それでよく女の子を描こうとしたね?」
うるせえよ。
「で?」
「バーニーだよ。ドリーミンズの」
「ああ、ドリーミーランドの」
どうりで見たことあったわけだ。確かにマスコットキャラクターという世界では頂点に君臨していると言っても過言ではない知名度のキャラだった。
「ちょっとやってみようかな」
「やめとけよ。こういうのって取れないようにできてるんだろ?」
「偏見が過ぎるよ。ひねくれすぎ!」
言いながら、心乃葉がお金を機械に投入する。どうなってもしらないぞ。
後ろで眺めていると案の定、ぬいぐるみは取れない。そもそも上手く掴めるところまで操作できていない。どんだけ下手くそなんだよ。
何度か繰り返すが一向に進歩がない。
アプリゲームの広告を見せられているようだ。あまりにも下手くそなプレイを見ていると段々とイライラしてきた。
「ちょっと俺にもやらせろ。見てられん」
「え、わ、ちょっと」
お金を入れて無理やり場所を奪う。驚きながらも、心乃葉は俺に譲ってくれる。
左右と前後を操作するタイプのクレーンゲーム。オーソドックスなものだな。
俺はまず右へとアームを移動させ、それから前へとスライドさせる。
そして。
「全然かすってないっ!?」
「なん……だと……?」
難しいじゃないか。
いやでも、さっきので何となく感覚は掴めた。アームの動くスピードを把握できただけでも、さっきのプレイには意味がある。
俺は再びお金を入れる。
「次はいける」
「あ、あんまり無理しないでね?」
今度はさっきよりも上手く調整できたが、それでも獲得には至らない。
やはりアームの弱さそのものも問題ではあるが、ここまでやられて黙って帰るなんてできない。
この場で言う合理的とは、諦めて帰ることではなく狙った獲物を仕留めることだ。
「次こそ……」
俺はこれまでに感じたことのない感覚に襲われながら、気づけばお金を機械に入れていた。
もう何度プレイしたかは分からないけど、徐々にゴールが見えてきた。
「……わたし、お手洗い行ってくるね?」
「ああ」
視線はクレーンゲームに向けたまま頷く。後ろにあった気配が離れていくのを感じながら、俺はボタンに手を添えた。
*
なんか意外だったな、と九重心乃葉はさっきの想介の姿を思い出しながら思った。
ばしゃばしゃと手を洗いながら、ふふっと小さく笑う。
最初、心乃葉の中にあった想介のイメージは冷たい人だった。教室での振る舞いがそう見えたから。
だから、初めてプライベートで顔を合わせたときも少し気まずいと思ったけれど、話してみれば冷たい人というよりは無駄を嫌う人というか、どこまでも自分の信念に正直な人だと思った。
話してみると意外と面白いし、好かれようとか嫌われようとか、そういうことを意識しないでいいからか、一緒にいる時間は存外落ち着けたし楽しくて。
「……ふう」
鏡で自分の顔を見た。
息を吐いた心乃葉は前髪を整えて、にこりと笑ってみる。
自分で言うことでもないけれど、容姿は整っている方だろう。可愛いと形容される部類で、だからこそ告白される数に限りがない。
想介はこんな自分に揺らぎもしていない様子。本来ならば不安に思うその態度が、今はどこか心地良い。
想介との契約は三ヶ月と決まっている。今後のことは考える必要はあるけれど、すぐに何か手をというわけではない。
今は彼との時間を楽しむのも悪くはないだろう。
そんなことを思いながら、心乃葉はトイレを出る。
トイレは二階にあったので、想介のいる一階まで戻る必要があった。
エスカレーターのところへ向かっていると、前から歩いてくる男二人の視線が自分に向いていることに気づいた心乃葉は、すっと視線を逸らす。
容姿が良かった故か、昔からよく人に見られた。だから、もしかすると人よりも視線には敏感かもしれない。
何事もなく過ぎてください、と願いながら歩くも、その気持ちは呆気なく叩き落とされる。
「君、一人?」
「オレらと遊ばない? 暇なんだよね~」
いわゆるナンパもいうものだった。声をかけられた瞬間に、思わず溜息が漏れた。もちろん、二人にはバレない程度のだ。
「ごめんなさい。一人じゃないので」
ぺこり、と頭を下げて早々に立ち去ろうとしたが、この手の男がそれを許すはずもなく、心乃葉の行く先を遮るように前に出てきた。
髪を明るく染めて、全体的にチャラさが目立つ二人。違うのは髪の長さくらい。一人は短髪で、一人は長髪。自信に満ちあふれた自分勝手な振る舞いに嫌気が差す。
「じゃあその友達も一緒でいーよ?」
「何人? 言っとくけどオレら複数プレイとかヨユーだから。なんつって」
ギャハハ、と下品に笑う二人を見て、思わず眉間に力が入る。この二人はそもそもこちらの話を聞くつもりがない。
「一緒に来てるのは、か、彼氏なのでっ!」
今度はさっきよりも語気を強め、強引に立ち去ろうとしたが今度は肩を掴まれ勢いを殺される。
「そんな冷たいこと言わずにさ、じゃあ彼氏は放っておいてオレらと遊ぼ? 絶対楽しいし、気持ちいいよ?」
「どうせ女のおの字も知らない地味でガキみたいな男だろ? 大人の遊びってのを教えてあげるぜ?」
ぞわぞわ、と寒気がした。
同時に喉がくっと締まり、心臓を素手で掴まれたような感覚に襲われる。
どうしよう。
逃げられない。
助けも呼べない。
ぐるぐると頭の中をネガティブな思考が支配して回る。思考能力が低下し、判断をする力さえ失われようとしていた。
そのときだった。
肩を掴んでいた男の手が剥がされた。
心乃葉は驚き、顔を上げる。
男達も「なんだッ」と声を上げているので第三者の介入だということはすぐに分かった。
けど、誰が?
「手を放せ」
見て分かるくらいには、表面に怒りを表しながら声を出したのは、想介だった。
相手は自分よりも大きい男で、しかも二人いるにも関わらず、怯むことなく敵意を向ける。
「なんだお前?」
心乃葉と男たちの間に割って入った想介が、なおも二人を睨みながら口を開く。
そんな彼を見て、どくん、と心臓が跳ねた。
冷たかった体全体に温かい血液が循環したような、不思議な温かさに満たされる。
「見ての通り、女のおの字も知らない地味でガキみたいな……そいつの彼氏だよ」
――――――
皆様の応援のおかげで今作、10月22日にラブコメ週間ランキングで10位にまで昇ることができました!
本当にありがとうございます。
感謝の気持ちを込めて、今週末も連続更新します!
10月25日(土)はデート編クライマックス。
10月26日(日)は新章突入です。
これからも楽しんでもらえる作品創りをしていきます。再びトップ10に返り咲けるよう、★とフォローで応援してくれると嬉しいです!
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