第2話 九重心乃葉は出逢った
「今日、外でご飯食べることになったから」
終業式の日。
家に帰って積んでいたラノベを読んでいた俺が夕方、リビングにお茶を飲みに行くと、せっせと化粧をしていた母さんがそんなことを言った。
どこにでもある普通のリビングの景色がそこにはあった。食卓用テーブルとテレビ、それからソファ。
「そうなんだ。俺は適当に済ませておけばいいのか?」
妹がいれば二人で食べることになっただろうが、今日は中学卒業おめでとうぷちお泊りパーティとやらに参加するため家にいない。
俺一人であれば、作るよりコンビニなんかで適当に済ましたほうが手っ取り早いだろう。このパターンだと母さんから晩飯代も貰えるしな。
そう思っていたが。
「いや、今日はあんたも来るのよ」
母さんはそんなことを言う。
いつも好きに飲みに出かける母にしては珍しい発言だった。驚きこそあったけど、もちろん俺の返事は決まっている。
「嫌だよ。なんで俺が母さんの食事会に参加しなきゃいけないんだ」
この人は中々の酒飲みで、外食となればだいたい酔って帰ってくる。今日もどこかしらで酒を飲むのは聞くまでもない。
俺がそう言うことは想定内だったのか、表情は変えることなく、母さんは口を開く。
「実はこの前ね、高校時代の親友と偶然再会したのよね」
「その話、俺が母さんの食事会に参加させられる説明に繋がるんだろうな?」
俺が訝しむ視線を向けながら言うと、まあ聞きなさいみたいなジェスチャーを見せてくる。せめて言えや。
「で、また今度ご飯行こって話になって、それが今日なわけ。ここからが本題なんだけど、その友達もどうやらうちと一緒で母子家庭らしくてさ、可愛い娘一人を置いてご飯食べに行くのは心が痛むそうなの。私もそうだからその気持ちはよく分かる」
「あんたがいつ心を痛めた?」
「だから、じゃあうちにも息子いるからそれ連れていけば一人にならないし問題なくない? って話になったわけ。以上」
俺のツッコミは華麗にスルーした母さんは、なおも化粧を続けている。
「それだと俺を連れて行く理由にはなっても、俺がついて行く理由にはならないが?」
どこぞの知らん相手と飯を食うだと? しかも、娘とか言ってたから女の子だろうけど、絶対嫌なんだが。
知らん相手と飯食うくらいなら、母さん(アルコール摂取済み)と二人で飯食ってた方がまだマシだぞ。放っておけば勝手に気分良く喋るだけだし……いややっぱりそれもかったるいな。
「別に嫌なら来なくてもいいけど、その場合晩ご飯代は出さないし、私の機嫌を損ねたとして当分の間お小遣いをカットするけどそれでも問題ない?」
にた、と笑いながらそんなことを言ってくる。
我が家は母子家庭で母さんが働きに出ているため、お金に関しての権限は全て母にある。
基本的には緩いし優しいので、お金に困ることはなかったけど、こういうときにこういう脅しをかけてくるのが厄介だ。
そう言えば俺がついてくると思っているのだろう。
そして、それは概ね正しい。
お金のことはともかく、何より厄介なのは機嫌を損ねられることだ。
そのご機嫌取りには相当な労力が必要となるので、長い目で見ればここは受け入れたほうが得策だろう。
「ちなみに、ビアガーデンよ? 食べ放題で飲み放題よ?」
ダメ押しと言わんばかりの言葉に、俺は肩を落としながら諦めた。
「……お供させていただきます」
*
「それでさー、ココちゃんとは高校三年間ずっと同じクラスだったんだけどね、とにかく有名だったわけ」
近くのホテルで行われているビアガーデンに行くそうで、俺は母さんと二人でそこに向かっていた。
「マドンナのココちゃんと、番長の私。学年でもトップレベルのネームバリューだったわ」
「……番長だったのかよ」
どうやら俺はまだ母さんのことを全然知らなかったようだ。
しかし、番長と言われても違和感がないのはきっと、今もそんな雰囲気がずっと残ってるからなんだろうな。
しかしあれだな。
ココちゃんというのは中々に可愛い名前だと思う。
俺はラノベを読むのが趣味である一方、実は小説を書く方にも手を出していたりする。
今後、その名前を登場させてもいいと思えるくらいには魅力を感じている。
「そのココちゃんって名前は、どういう漢字を書くんだ?」
「ん? ああ違う、ココちゃんってのはあだ名よ。九重ちゃんだから、ココちゃんなの」
「……九重?」
ありふれた苗字ではない。
むしろ珍しいくらいだ。そのくせ、俺はその苗字に覚えがある。
眉をひそめながらも、偶然だろうと自分に言い聞かせた。
ホテルに到着した俺たちはエレベーターで開催されている階を目指す。
母さんが言うに、九重親子は数分前に到着しており、エレベーターホールで待っているようだ。
チン、と到着音がしたのちガコンガコンとエレベーターの扉が開かれる。
「わー、ココちゃんお待たせー」
「きょうちゃん! 全然よー!」
顔を合わせた母ズが女子特有のハイテンション手を振り合い近寄りで再会を喜ぶ。
ちなみに、うちの母は五城杏佳という。だから、きょうちゃん。
母さんと同い年ってことは四十近いはずだけど、九重母は随分若い容姿をしていた。まあ、母さんも十分若く見られる方らしいんだけど。
そんなことを思いながら、俺はすうっと横に視線を移す。
さらりと揺れる亜麻色の髪。
長いまつ毛と白い肌。さくら色の小さな唇。
身長は同年代と比べると平均くらいだと思う、俺よりも少し低いくらい。膨らんだ胸元は男子の視線を掻っ攫うこと請け合いだ。
俺は彼女を知っている。
彼女も俺を知っている。
「……五城くん?」
九重心乃葉。
男子から告白されまくりな女子生徒。ほとんど関わりのない俺でさえその名前を知っているほど有名で、誰もが振り返るような可愛い容姿を持つ彼女は驚いた顔のまま首を傾げる。
「……どうも」
やっぱり、ココちゃんこと九重さんの娘さんというのは、俺の知る九重だったか。
母さんたちは騒ぎながらさっさと先へ行ってしまう。息子娘を放って先に行くなよ。
こんなところで立ち話するのは次来る人の邪魔になるから、さっさと後を追う。
「俺たちも行こうぜ。ここに突っ立っておく理由もない」
「あ、うん」
先に歩き始めた俺に、てててと駆け足で追いついてくる九重。
そのまま俺の顔を覗き込んでくるような姿勢になって笑みを浮かべた。
「お昼は助けてくれてありがとうね。困ってたから助かっちゃった」
へへ、と笑ったその笑顔がマドンナ然としていたというか、そう呼ばれるに相応しい可愛さを秘めていて。
「……何のことか分からんな」
つい、本音を覗かれることを警戒して、分かりやすくとぼけてしまった。
――――――
応援ありがとうございます!
引き続き、★とフォローで応援お願いします。
次回、第3話『九重心乃葉は呟いた』は10月11日20時22分に更新予定!
――二人きりの会話。彼女はなにを呟くのか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます