【第二章.いざなみのいえ】

【五.入信】

 私、熾神月子は、名古屋市内の大きな産婦人科で生まれた。ヒトはみなが愛され、祝福されて生まれてくるはず──私もそう信じてお母さんの子宮からこの世へと生を受けた一人だった。

 けれどもそれは幻想だったと、私は、生まれて一週間で知ることになった。

 お母さんは、自身が生まれる前からカルト教団の信者だった。結婚相手も教団が指示したひとだった。お母さんがお父さんと呼ぶその男のひとは、ひどい人だった。彼は、退院した初日から育児にかかわるどころか、仕事にも行かず、酒を飲んではお母さんを殴った。ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながらただただ殴られるお母さん。その泣き叫ぶ声を聞くたび、私は、赤ちゃんながら、とても悲しかった。一年後、茜と名付けられた可愛い妹が産まれたけれど、状況は変わらなかった。

 私が三歳の時、どうしてもやめてほしくて、そのひととお母さんの間に、やめてと叫んで間に立った。すると、そのひとの怒りの対象はお母さんから私に移った。そのひとは、私を全力で殴るようになってから、ことあるごとにこう言った。


『お前は悪い子だ。だからいずれひとを殺す。殺すんだ』


 そう口にしては、毎日毎日私を殴ったけれど、私は平気だった、だって、そのひとが私を殴る時、大好きなお母さんや茜は、殴られたりしないから。



 私が五歳になった、ある日のこと。見かねたお母さんは、教団の本部施設へ、私たち姉妹を入れようと考えた。


『お聞き。ここなら、お前がやったことはバレないからね』


 私が、ちょうどそのひとにしこたま後頭部を殴られて、死んじゃうと思ったその時。私が手の平から初めて炎を吹き出させて、その男のひとを焼き殺した、その次の日のことだった。



 お母さんの説明で教団の人たちは目の色を変えた。聖母様をぜひ、といって、数時間待たせた後、同い年くらいの女の子を連れて来た。真紅のドレスにシニヨンにまとめた金髪が印象的で、とても綺麗な子だ。


「お待たせしました! ようこそ『いざなみのいえ」に! ここは楽園にいちばん近い家なのよ!」


 あっはははは! その子は両手で頬を覆って喜んだ。


「すっごい子が来たって聞いて飛んできちゃった! 貴女なら見せてくれるよね。全てを燃やす地獄の炎を!」


 きゃはははは! 異常なほど狂乱するその姿は、とても年の近い女の子には見えなかった。ともかくそうして、私たち五歳と四歳の姉妹は、何も知らされずに教団の施設に入所することになった。


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