痛かったり優しかったりただの文字列のようだったり【短編集】

とと

小指を絡めるのは約束だってさ(百合)

 待ち合わせは、いつもの駅前。学生時代から変わらないはずのそこは、知らない間に店が潰れたり新しくできたりと。気がつけば、随分と様変わりしてしまったものだと思う。戯れに、昔買ったピンキーリングに触れる。お揃いにしようと言ったのは君だけれど、最初の恋人ができたときから君の指には見当たらない。

 私が指摘したら、きっと次はつけてくるのだろう。そう思うと少しだけ遣る瀬無くなる。待っているつもりなのだろう。あるいは、求められるのが好きだから、そうなることを望んでいる。


「本当、傲慢で、残酷な女」


 そんな人間が幼少期からの親友なのだから、溜まったものではない。

 昔はこうではなかった。素直で、寂しがり屋で、人見知り。私以外の誰かと話すことができなくて、いつも背中に隠れていた可愛らしい幼馴染。

 それが変わったのは、学生時代の終わり。モラトリアムが満身創痍になるような、大学4年。私が、遠い場所に就職を考えていると言った時だった。あの日を境に、彼女は私のことを引き留めるためにあらゆる手段を用いて、──私のことを虜にしようとした。


 そして、私はそれにまんまと引っかかり、彼女と同じ土地に就職。呪いじみているとは思うけれど、それを悪くない気分で受け取ってしまった私も悪い。……そして、あの時に告白の一つもしなかった私も、悪いのだろう。けれど、それはどうにもならない話だ。


 女同士で生きていくには、世界は少しだけ冷たい。


 だから、他の誰かと恋人になれと言った。間違いのはずはない。そうして、最初の恋人を作った時。たぶん私は、自分の予想が裏切られたことに気がついてしまった。

 なんで、そこは私の場所なのに。そう思ったのだ。だから、思わず別れてくれと口にした時。君は蕩けるような、あるいは悪魔のような笑みで受け入れた。ゾッとする。幸せになってほしいというのに、その一番の障害が私だったのだ。同じことを二度、繰り返した。

 そして今。待ち合わせにやってきた君は、少し乱れた服装をしている。情事を思わせるような、少し赤らんだ顔が目に毒だなと思った。

 君の三人目の恋人は、案外とセンスが良いらしい。残り香の香水はホワイトムスク。卒がなくて色気があって、なんともまあ癇に障ることだ。そう思いながら、大事な大事なお友達のことを眺める。


「……遅刻」


 一言だけ指摘すれば、女郎蜘蛛じみた笑みが「まだ一分でしょ」とだけ返す。絡みつくように腕を組まれると、香水の香りが一段と濃く思えた。

 首筋にキスマーク。少しだけ落ちたリップ。心底幸せそうな顔をしてるものだから、何も言わないでおいた。私、その香水嫌いだな。なんて言ったら、君はたぶんその男の方を切り捨ててくれるのだろう。これまでと同じように。知ってるから、やめてあげる。今回はまだ、やめておく。三度目、というものは、神聖らしいから。仏の顔も三度まで、とは違うけれど。……また堪えられなくなったときが、最後だ。

 小指の指輪で彼女の頬に触れる。「……指輪、捨てたの」聞けば、彼女は笑った。とびきり綺麗に。いっそ、少女のように。昔のように。


「いいえ、そう聞かれるのを待ってたの。十年ずっと」

「……しってた」


 それでも、聞いてしまったのだから。私の負けだろう。まだ、別れてくれとは言わない。言えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る