クソ虫の俺が異世界転生してもしょせんクソ虫だった件

@gugigugi

第1話 クソ虫の俺が異世界転生してもしょせんクソ虫だった件

世界は不平等である。


才能がなければ成果は期待できない、好きだろうが努力しようが全て無駄である。


好きでもなく努力するでもなく才能だけで成果を出した人間に、


半笑いで才能のない奴は何もやるべきじゃないと言われてこの上なく実感した事だ。


俺はクソ虫だ、それはトラックに轢かれて異世界に行っても変わらなかった。




異世界にこちらの世界から転生すると、その人間には精霊が剣の形をしたものが傍に生まれ、


転生者と共に過ごしていく。


その剣には特殊な力が備わっている場合が多く、その世界で暮らす人間はそれを聖剣とよんでいた。




はた迷惑な話ではあるがそれを見越して異世界人は俺たちの世界から魂を呼び出し転生させているらしい。


転生先はランダムでどこに生まれるかはわからない、ただ生まれ持った才能を使わない人間はいないので、


聖剣使いを探せば転生者はすぐに見つかり、王国や騎士団などから声がかかるらしい。




なぜらしいと言ったかというと俺には声がかからなかったからである。


俺が転生したのは暗い洞窟の奥だった、しかも姿は以前のまま、


傍らには鉄パイプのような棒と唖然とした顔の女の子マリィがいた。


俺の聖剣である鉄パイプはその見た目通りなんの力もなく、


武器としての威力も近くの村で一番安い青銅の剣の方が強いから狩りにも使えない。


なるほどクソ虫の俺にふさわしい聖剣だった。




やれることは何一つなく、面倒見のいい雑貨屋のおばちゃんから丁稚仕事を貰って日銭を稼ぐ毎日。


そんな俺に付き合う必要はないと何度言ってもマリィはいつも俺の傍を離れず、仕事の手伝いもしてくれた。




ある日隣町へのお使いの帰りにダンプカーのようなサイズの化け物と戦う4人の集団をみかけた。


俺じゃとても振れないような巨大な斧を振うフルメイルのごつい男、


あちこち走り回りながら化物の動きをけん制する弓使い、


強化魔法と回復魔法で彼らをサポートする魔法使いと、


とどめを任され光を放つ聖剣を呼び出し化物を仕留める男。


「あぁ」


主人公ってあんな感じだよな。としみじみ思うモブとしてすら登場しなさそうな村人Aとかの俺。


最悪な事に聖剣使いの顔に見覚えがあった、才能でなんでもうまくやれてしまうアイツだ、


俺に俺のやることは全部無駄だと言い放ったあいつだった。


俺は唇を少し噛むとその場を離れた。


「守るべきものがない生活の方が気楽ですよ」


そういうマリィの言葉が少しだけ救いだった。だけど。




深夜俺は一人で寝床にとおばちゃんが貸してくれた古い物置を出て鉄パイプを召喚する。


無駄なのに、どうしたらいいかもわからず素振りをする。


昼間に見た戦いを真似て振ってみる。


手の中の痛みで気が付くと手にできた血豆が裂けていた。


その地方に現れる最弱のとびはね兎すら倒せそうにない現実しか残らない空虚な儀式。


それでも俺にはやらないよりはましだった、


俺はこんなでもやるだけはやっているんだと自分の事を褒めてやることができたから。


ただそれも翌日には打ち砕かれる。




翌朝その村の近辺の邪神が蘇ったという話で村が騒然となった。


聖剣は本来邪神を倒し封印するためのものであり、


それと同時に聖剣の使い方を誤るとその地に施された邪神の封印を断ち切ってしまう事があった。


村人から嫌疑をかけられたのは俺だった。


毎晩俺が鉄パイプで素振りをしているのを見かけていた村人が俺のせいで封印が消えてしまったのだと言い始めたのだ。




雑貨屋のおばちゃんは俺をかばって村人たちの前に立ったが、俺はそれを止める。


もう終わりでいい、俺はそう思った。


邪神を封印する方法はもう一つある、聖剣の使い手の命を捧げて弱まった封印を強化する方法だ。


そうした聖剣の使い方は一度教会の神父から教わっていた。


なんの力のない俺の鉄パイプでも聖剣は聖剣、それにそれは剣の力に依存しない技術だという。


あえてそれを俺に教えた、というのも恐らくこういう事態に備えての事だったのだろう。




俺は村人にその方法で邪神を封印しなおすから、雑貨屋のおばちゃんを悪くしないでくれと頼むと、


邪神を見かけたという火山へと向かった。




マリィはそこでも俺についてきていた。


「どういう事情があるか知らないけど危ないからついてこないでくれ」


と言ってさとしても


「邪魔なんだよ!」


と怒鳴っても平然とついてくるマリィに俺は


「俺に親しくしてくれたの君だけなんだ、前の人生も君みたいな人がいなくて、


 だからマリィには俺無事でいてほしいんだよ」


そういうと、マリィは少し寂しそうな顔をした。


「私にそんなこと言ってくれた人、あなただけですよ」


大人しい彼女の笑顔で胸がつぶれそうに痛んだ。


どうして世界はこんなに残酷なんだろう、俺は避けられない現実の重さに潰されそうな思いを抱きながら歩き続けた。




実は俺が夜素振りをしているのをマリィは毎晩見ていたという。


そして俺が寝たのを見計らって手の傷に彼女のお小遣いで買った傷薬を塗ってくれていたらしい。


マリィにお礼を言って頭を撫でると、彼女は恥ずかしがって手を払いのけようとした。


妹ができたみたいで可愛いと思った。




邪神のいる火口付近にたどり着くとそこで揉めている冒険者たちの姿を見つけた。


あの日化物と戦っていた聖剣使いの仲間達だ。


その話している内容からどうも意図的に聖剣使いが邪神を倒すために封印を解いたらしく、


蘇った邪神の位が伝承よりも格上で勝てるはずがないから逃げようという意見と、


一人で邪神を倒しに向かった彼を助けるために戦おうという意見で分かれているらしかった。


俺にとってはどうでもいい話だった、


結局どうしようもなくなれば一番価値のない俺が命を捨てろと責められるだけなのだ、


彼らの横を素通りして歩いていく俺に冒険者の一人が悪態をつく。


聖剣使いでもない人間が行っても無駄死にするだけだぞと言う彼の前で鉄パイプを召喚してみせると歩みを進める。


「マリィは彼らに保護してもらった方がいい」


そういう俺に彼女は黙って首を横に振る。


そしてどこか覚悟の決まった顔で俺を見ると「勝てますよ、貴方なら」


そう言った。


勝てる?封印するんじゃなく彼女は勝てると言ったのだろうか。きっと聞き間違いだろうなと思って俺は奥に向かう。




聖剣をもってこちらに走り逃げてくる聖剣使いの男に跳ねのけられながら俺は前に進む。


溶岩まではまだ距離があるのに酷く蒸し暑く、


登ってくる熱気がねっとりとした粘液のような質感で全身をからめとっていく。


なにかの怨嗟のような無数の声が鼓膜に張り付き始め、周囲が急速に暗くなっていく。


邪神を中心に光が失われているようだった。


俺は心細くなり鉄パイプを前に掲げて歩を進めた。


思わずそんな自分の様子が滑稽で笑いがこみあげてくる。


神様殺しに鉄パイプを持ってくる馬鹿がいるわけがない。俺以外に。




聖剣使いとは一戦交えていた様子の邪神だったが、


俺を見ると嘲笑うような表情を無数の眼に浮かべてこちらを舐めるように見つめていた。


いくつも眼球のついた何十本もの触手が俺とマリィを取り囲む。


「できるのか?」「お前にできるのか?」


ケタケタと笑うような声が脳に響き、同時に俺の嫌な記憶が呼び起こされていく。


不思議と恐れはなかった。


俺は指を噛みにじみ出た血を鉄パイプに塗り付け呪文を詠唱する。


そうだ俺はもっと臆病で、諦めやすくてダメな奴だったはずなのに。


俺は触手に触れるのも気にせず前に歩を進める。




今はただ彼女にだけは恥じる自分でいたくなかった。


もうこれで全て終わりにするつもりだったからかもしれない、


俺はなんの迷いもなく鉄パイプを振り上げ毎晩そうして繰り返したように振り下ろす。




ぐにゃり、とした嫌な感触がした。




儀式は成功したはずだった。だがなんの反応もない。


邪神はついに大声で笑いだすと触手をうねらせ俺とマリィの体を絡めとろうとする。


俺はせめてマリィだけでも逃がそうと彼女を見ると、


マリィはそれまでの彼女からは信じられなような不敵な笑みを浮かべていた。




「バカめ、キルブレイドの一撃を受けるとは」




次の瞬間邪神はこの世の物とも思えない悲鳴を上げて爆発した。


俺はマリィを抱きしめながら邪神から吹き上げる黒い光の中で鉄パイプの感触が変わっていることに気づいた。


鉄パイプをみるとそこには夜の闇よりも昏い異形の剣があり、それが邪神を貪り喰らっていた。




俺が意識を取り戻すと雑貨屋のおばちゃんに抱きしめられた。


あたりを見回すとそこは馬車の中のようで、マリィは少し離れて座りながら俺を静かに優しい目で見つめていた。




雑貨屋のおばちゃんの話では俺達が出発した後に雑貨屋のおばちゃんが協力を募って俺達を追いかけていたらしい。


火口ですごい轟音とともに黒い光が天に伸びて、そこに向かうと冒険者たちが俺達を引き上げてるところだったという。




邪神がいなくなり、その夜雑貨屋のおばちゃんのおごりで小さなパーティが開かれた。


俺はパーティを抜け出すマリィの姿を見かけて彼女を追いかける。


二人きりになるとマリィは言った。


「貴方の聖剣になんの力もないのは私のせいなんです、私がそれを封じるための存在だから」


彼女が言うには元々鉄パイプは洞窟の奥に封じられていて、


それがある日俺が現れた事で封印が解け、その封印の為に人柱となったマリィも解放されてしまったのだという。




鉄パイプの力は本来は触れるものをなんでも殺す死の力なのだという。


それはこの世界の悪しきもの良きもの関わりなく、この世界の核をなす神ですら殺せる剣、


それがキルブレイドと呼ばれた鉄パイプの本当の力なのだと。




そして一度邪神を倒すために解き放ってしまった力を封じ続けるために邪神の魂が必要で、


これからも邪神を殺して回る必要があるという。


そんな危険を冒させるわけにもいかないから、


また人柱になって剣を封じてみるという彼女を俺は何も言わず抱きしめる。


「言ったろ、俺にとって大切な人は君だけだって」


マリィが声をころして泣く。


俺は彼女も自分と同じなんだという事に気づく。


未来を否定され封印の為に人柱になる以外の道を閉ざされた、


俺と同じように。


人々や神様が彼女から未来を奪うなら、俺が彼女に未来を与えてやるべきだ。


「一緒にいればどんなことだってできる気がするんだ」


「男の人って無茶な事ばっかり言うんだから、付き合わされる身にもなってください」


そう言いながらマリィは笑った。




それから俺は村に残ったフルメイルの斧使いの男ディガルと弓使いアッシュから武術の指南を受けることになった。


その世界では主に魔術が主流であり、魔術のセンスがないもので自分が前線に出て戦おうと思う者は少なく、


ディガルはそういう人間を鍛え上げるのが大好きなのだと言った。


アッシュはそうやってしごかれて物になるやつはもっと少ないけどなと皮肉を言いながらも、


時々俺の練習と実戦のための巡回に付き合ってくれる。


彼らはその世界では「フェイルセイフ」と呼ばれていて、邪神に起源をもつ魔術が使えなくなった場合や、


魔術を媒体に邪神に人々が支配された場合に事態を解決するための組織の一員だった。


つまり彼らを通じて邪神の情報を得ることができる。


マリィに詮索が及ばないようキルブレイドの話は伏せる事にした。




少しだけ前より世界が明るく見えているような気がするのは、きっと傍に仲間と、大切な人がいるからだ。


相変わらず俺はダメダメでいいとこなしな毎日だけれど、


それでも希望をもって生きていく。マリィと一緒に。

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