ラストワン
ナポリタン、コカ・コーラゼロ、栄養ドリンク。納豆のパックと、菓子パンをいくらか。
「六点、一二四〇円になりまあす」
「QRコードで」
酒が飲める体だったら、どんなによかったかと思う。読み取りの傍ら、時計を見る。午後二十三時少し過ぎ、水曜日なのに残業だった。十二月はやはり繁忙期である。
「お支払いありがとうございます、袋お詰めしますねー」
「はい」
レジ袋の擦れる音が痛い。店員は若い女性で、この頃は乾燥するのか、親指と人差し指に指サックをつけている。その指の動くのを目で追う。明日は何時に起きればいい。体が重い。きっと寝ている間に、金属製のパーツに入れ替えられているんだろう。その証拠に、心のう蝕が、すこしずつ進んでいる。
明日を乗り切れば、最後の平日だ。あと一日をこなせばいい。それで、金曜一日頑張れば、休み。休みになって、どうする? 泥になって、蜘蛛になって、月曜日に人に戻る。 終わったように、続けている。「仕事ばっかしてたらいい子は捕まらないぞ」帰省した際に、親の言っていたことを思い出す。家にとって、家系の最終項は、自分だ。
「あのー」
誰かと交際するとか、趣味を堪能するとか、そういうものは、全部忘れてしまった。草原に不時着した錆び付いた夢は、死んだように眠っている。
「あのー?」店員がこちらを見つめていた。袋詰めはもう完了したらしい。
「あっ、すいません、なんですか?」
「今、年末ガラガラくじやってて、六百円お買い上げで一回なので、二回回せるんですけど……」
「ああ、そうなんですね」
「……」店員は止まったまま動かない。
「?」
「私、さっき見ちゃったんですけど……あと二回でラストワン賞ですよ……!」
「へえ」そんなものがあるのか、と思う。
「回しちゃいましょう」
「……そうですね」
景品にさしたる魅力は感じなかったが、こういった類に心惹かれないわけではない。言われるがままに回す。白。ハズレ。また回す。なかなか玉が出てこない。白。ハズレ。
「あれぇーー……?」店員が、前傾姿勢で覗き込みながら、ガラガラを回す。ポロシャツのボタンは、上まで止めていた方がいいという良心が半分。
「あっ」カランと音を立てて、金色のボールがトレーを転がった。
「まあ……三回だった、っていうことで」言ってから、喉が狭くなった。
にわかに、店員は後ろを向いた。タバコの陳列する棚を見ている。これはもう、帰ってもいいのだろうか。
立ち尽くしたまま少し時間が流れて、やがて彼女は棚からひとつを抜き取った。セブンスター・メンソール・八だ。
「よいしょっ、と……」素早くバーコードを読み取り、首から下げている従業員証の入ったスリーブからICカードを抜き出して会計をする。
「はい! ごめんなさい、ちょっと、嘘ついちゃったので……」店員はポケットにタバコを滑らせてから、こちらに箱を差し出す。高級ブランドの電気ケトル、ラストワン賞の景品だ。
「えっ、これ……いいんですか?」
「どうぞどうぞ、私こんなに大きいのはいらないので!」こちらとしてもここまで大きいのはいらないが、それは言わなかった。
箱を受け取ると、ずっしりとした重みが手にかかる。焼肉を食べたあとみたいな、誰もいない夜みたいな、生きていることを実感せざるを得ない重みだ。
「ありがとうございました、またお越しください」店員らしい深いお辞儀と、模範的な笑顔。それを見て、意外な出来事に勘違いした心が、ある情動を訴えた。ここまで大きいものの、有効性を描きたくなった。
「あの!」
「はい?」品出しに向かおうとしたのだろう体が止まる。
「あ……えっと、タバコ……吸われるんですか?」
「……いえ! 私は吸わないので、これは彼氏に押し付けようかと!」
「あっ、そうなんですね。……じゃあ、ありがとうございました」
外に出ると、寒さが顔に刺さる。その痛みは、命がまだ続いていることを教えてくれる。
人生は、ずっと続くことばかりを考えては、耐えられない。色んなことを忘れながら、あと一つを繰り返して、騙し騙し動いている。錆だらけの体で、続けている。
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