初めての討伐クエスト②


グリフォンは空中で身体を維持したままこちらを警戒するように観察している。

先ほどのこともあり、少し慎重になっているのだろう。


「人間くん」

「はぁい!」

「君、囮になりなさい」

「………はい」


そうだよね、そうなるよね。グリフォンずっと俺のこと見てるもんね。



「だめ」

「ボクも反対!」


囮になろうとした俺を、シャルとルウが引き留めてくれた。

2人とも優しいね。ありがとうね。

でもね、俺、これくらいしか役に立てる気しないの。だから囮役、甘んじて引き受けます。


「2人ともいいんだ、これは俺の––––

「先ほどのように白猫くんが彼を背負って逃げ回ればいいだろう。少し時間を稼いでくれば、それでいい」


「ん、ん"ん"。これはお––––

「ボクはどうすればいい?」


「君にはとどめを頼みたい。私が君の呪印に細工を施す。一時的に完全に狼の姿になれるよう弄ってあげよう。後遺症や暴走、反動などはないよう、最新の注意は払うから安心したまえ。そして……」


そう言いながら、今度は俺たちの方へ振り向く。


「君たち二人はそのための時間稼ぎだ。私があれの動きを封じるから、こちらへ誘導してくれ。そして、フィニッシュは人狼くんだ。人狼の膂力を持ってすれば、そう難しくはないはずだ」


「……わかった」


「………」


俺が口を挟む間もなく、どんどん話が進んでゆく。

せめてカッコつけるくらい許してくんない?餌如きは口を挟む権利すらないってことぉ?

俺泣いちゃうよぉ?


「はは、ものわかりが良くて助かるよ。さぁ、害獣駆除と行こうか」



それぞれが皆、強い意志の宿った瞳でグリフォンを見つめる。



餌役の俺だけはカッコがつかないのだった。




○●○●





風が頬を強く擦ってゆく。視界が高速で過ぎ去ってゆき、振動が平衡感覚を狂わせる。

シャルが俺を背負いながらその強靭な脚で草原を駆け抜けていた。


まるでレールのないジェットコースターだ。

ひぃぃ、こわぃぃ。



後ろからは鷲と獅子の合成獣キメラ…グリフォンの鋭い目つきがこちらを捉えて離さない。


距離が徐々に縮まってゆく。そりゃそうだ。相手は重力を利用してる。滑空して襲いに来てるのだから。しかもあの巨体、重さがそのまま速さへ加わる……

むしろあれとレースができてるシャルがおかしい。


「んげぇっ」

その瞬間体が強烈に揺さぶられる。



急激な方向転換による回避。俺の頭はブンブン振り回される。

うぷっ、吐きそう。


シャルが先ほどまで走っていたコースを、そのまま突き抜けるグリフォン。勢いのまま、また上空へ飛び立つ。


「リュート、大丈夫?」

「いや、俺は運ばれてるだけだから全然……」

読んで字のごとく抱っこにおんぶ状態なのに弱音なんて吐いてられない。


「むしろ、シャルの方は大丈夫なのか?」

「ん、余裕」


ほへ〜、すげぇ〜。



「2人ともー、準備ができた〜。次で仕留よう〜」


離れたところから、手を振りながらこちらへ合図を送ってくれるマギアさんの姿。

大きい声聞いたの初めてだな。

こちらを手を振り、承諾した事を示唆する。



「リュート、来るよ」

「やってやんぞ!」


俺は背負われてるだけだけど。

やる気だけは一丁前だ。

いや、何もできないけど。



あんなに上空にいるのに、『バサッバサッ』と言う大きな羽音が聞こえてくる。助走をつけるように、身体を縦にしながら少しずつ上空へ上がってゆく。


どうやら、グリフォンは警戒よりも誇りプライドをとったらしい。襲いかかることに躊躇いがなくなっている。

作戦遂行としては、いい展開なのだが……普通に殺意が高そうで怖い。


「リュート、捕まってて」

その言葉と共に俺は後ろからシャルを強く抱きしめる。

アスナロ抱き、いえ、ただのおんぶです。



その瞬間、グリフォンは急降下する。



今までの斜めの動きとは違い、直下へ落ちてる。体をたたみ、空気抵抗を減らすようなフォルムで。


やーん、本気っぽくて怖い〜。



そんな呑気な俺とは違い、シャルはすでに駆けている。

シャルも本気だ。

地面を蹴るのは二足ではなく、四足。その手足からは、何回も見た白い炎が立ち上っている。


グリフォンは地面すれすれで直角に曲がり、超低空飛行でこちらは迫ってくる。


白い炎で線を描きながら、先ほどよりもはるかに高い速度で草原を駆け回る。


その先には、狼の姿となったルウと…紫の煙に包まれながら、大量の木の幹を後ろでうねらせているマギアさんが待ち構えている。



待ち構えるルウとマギアさん。そこを目指し一直線に駆けるシャル。それを後ろから追いかけるグリフォン。背負われてるだけの俺。



2人に近づき–––急転換。直角のうごきで横へ避ける。



グリフォンから見れば、急に俺たちの姿が消え、待ち構えるルウたちの姿が現れたように見えるだろう。


グリフォンは勢いを殺せず、待ち構えていた木の幹につっこむ。あの猛烈な速度で突っ込んだのだ、…その身体がピタッと止まることはなく、慣性の法則に従い、木の幹をへしおりながら突き進む。

だがそれも少しして止まった。


身動きを封じることに成功したのだ。


俺はシャルの背から下ろされ、すぐさまそこへと向かう。


先ほどよりも大きく太く強く多い拘束が、グリフォンの身体を捕食するように縛り上げている。

そして息もつかぬ間にルウがその力強い前足ででグリフォンの羽を押さえ付けた。


抵抗するグリフォン。だが狼となったルウの方が、身体が二回りほど大きい。

体重、体格差は歴然。その抵抗は虚しくビクともしない。


は、迫力がしゅごい。



『キィィィィァ–––カァッ』


グリフォンの叫び声を遮るように、ルウはその喉笛に噛みついていた。


顎に力が込められ、牙が食い込み始める。力強く甲高い雄叫びは、弱まっていき、その命と共に掠れてゆく。


それでも、俺の姿を見つめ続けるグリフォン。その姿に違和感を覚える。



「……ルウ、待ってくれ」


自然とそう口にしていた。

その言葉に、ルウの体から力が抜け始める。

羽を、前足で押さえたまま『どういうこと?』と問いかけたそうな仕草でこちらを見つめ返すルウ。


グリフォンへ近づき、その頭へと手を伸ばす。

すると、グリフォンは伸ばした手のひらへ、その頭を擦りつけた。


「あのグリフォンが…懐いている?」

マギアさんがつぶやく。


「…どういう状況?」

息を整え終わり、後から追いついたシャルが問いかける。



「わからない……けど、目が……」

そう、目だ。この瞳を見たことある。


年老いて、目なんてとっくに見えなくなっているのに……それでも、じいちゃんの声に反応してなんとかその姿を捉えようとするあの……あの時の小太郎の瞳と、よく似ているんだ。


でも、なんで出会ったばかりの俺にそんな目を向けるんだよ。やめてくれよ。こんなのを討伐しろってのかよ。


これだから、討伐生き物を殺すクエストなんて乗り気になれないんだ。



「なるほど……」

考え込んでいたマギアさんが、何やら答えを導き出したようだ。


「何かわかりました?マギアさん」


「君、このグリフォンを使い魔にする気はあるかい?」


返ってきた言葉は、予想だにしない言葉だった。



「……これ、会話成立してます?」



 

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