第10話 未来と崩壊の衝突

 広場を埋め尽くす影の獣が、咆哮とともに姿を現した。

 赤牙の継承者が短剣を掲げるたび、地面から新しい黒い顎が生え、街そのものを食い破ろうとする。

 空まで赤く濁り、プレイヤーもNPCも絶望に息を呑んだ。


「……終わりだ、凡人」


 継承者のPaneが真紅に染まり、数値が急上昇する。


 〈Collapse Bias(崩壊傾斜)〉:+0.8 → +1.5 → +2.0


 圧倒的な破壊の流れ。未来の写し絵が黒に塗りつぶされ、街が崩れ落ちていく姿が見える。



 僕はPaneを開き、指先を震わせた。

 〈Future Bias〉:+1.2

 けれど、このままでは押し負ける。


「蓮!」

 剣姫が僕の前に立ち、大剣を地面に突き立てた。

 その瞬間、白い花弁のような光が舞い上がる。


「あなたの力に、私の願いを重ねる!」


 Paneが反応する。

 剣姫とのFavorabilityが最大に達し、光が新しい項目を生み出した。


 〈Bond Link(絆接続)〉:対象“白百合の剣姫” 同期率 100%


「……絆?」

「そうよ。あなた一人の未来じゃない。私たちの未来を――一緒に」


 剣姫の手が、僕の手を強く握る。

 Paneの〈Future Bias〉が一気に跳ね上がった。


 +1.2 → +2.0 → +2.5



 未来の二重写しが、再び切り替わる。

 黒く崩れ落ちる街と、白い光に守られた街。

 相反する二つの未来が正面衝突し、世界が激しく軋んだ。


 赤牙の継承者が叫ぶ。

「潰せぇぇぇ!!」


 黒い獣が襲いかかる。

 僕と剣姫は同時にPaneを操作し、未来を塗り替える。


「〈未来傾斜・上書き〉!」

「〈崩壊傾斜・強制展開〉!」


 光と闇が爆ぜ、広場が眩い閃光に包まれた。



 次の瞬間――影の獣は霧散した。

 広場に白い花弁が舞い、赤い霧が一気に消えていく。

 プレイヤーたちが歓声を上げた。


「街が……守られた!」

「白百合が勝ったんだ!」


 Paneが強く点滅する。


 〈Future Bias〉:+2.5 → 固定化

 Favorability(街全体):+1.2 → +2.0


 僕は確かに未来を変えた。

 凡人の未来は、もうどこにもなかった。



 だが、赤牙の継承者は立っていた。

 口元に薄い笑みを浮かべ、短剣を握りしめている。


「面白い……凡人の癖に、未来を上書きしたか。だが覚えておけ。未来は一つじゃない。崩壊は、必ずどこかで追いつく」


 彼は赤い霧とともに姿を消した。


 広場に残ったのは、歓声と、震えるほどの余韻。

 剣姫が僕の肩に手を置き、静かに言った。


「蓮。あなたは、もう凡人じゃない。……この街の希望よ」


 Paneの表示に、新しい項目が現れていた。


 〈Title:希望の継承者〉


 胸の奥で、何かが確かに変わった。

 僕は未来を掴んだ――だがその先には、さらなる闇が待っている。

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