第1話 入学式

 リスター国立学校の広大な講堂には、期待と緊張がごちゃまぜとなった空気が満ちていた。


 新入生たちは息を呑むように壇上を見つめ、その視線の先には、一人の女性が毅然と立っている。

 深い藍色のショートヘアが光を受けて艶やかに揺れ、赤縁の眼鏡が彼女の知的な雰囲気を際立たせていた。

 俺は、その壇上の一角から彼女を見つめている。


 ――リスター国立学校・一年Sクラス、序列第二位。

 それが、入学初日に俺に与えられた肩書きだった。


 そして今、壇上の中央で新入生代表挨拶を務めているのが、序列第一位――エーディン・アライタス。

 整った顔立ちと凛とした佇まい。まっすぐ前を見据えるその眼差しには、力強さを感じる。

 赤い縁の眼鏡が彼女の瞳に知性の光を添え、その存在感をさらに際立たせていた。


 だが、俺の彼女への第一印象は――冷酷。

 瞳を見た瞬間、根拠もなく、そう感じてしまった。


 その隣では、小人族のガラールが俺を睨みつけている。

 恐らくこいつが序列三位だ。

 入学試験ではいくつかの課題を突破し、最後に実技で戦った相手がこのガラールだった。

 実技ではすべて勝ったはずだが、結果として俺は第二位。

 エーディンとは一度も交わることなく試験を終えたため、彼女の序列が事前に決まっていた可能性すらある。


 エーディンの挨拶が続く中、会場の新入生たちは一様に、これから始まる学園生活への期待に目を輝かせていた。

 彼女の言葉が終わると、俺たちは各自教室へと向かう。

 今年度の一年Sクラスに選ばれた生徒はわずか五名。

 それぞれが席に着いたところで、一人の男性が教壇に立った。


「ようこそ、リスター国立学校へ。俺が一年Sクラスの担任、バザードだ。君たちはこの学校に入学するだけでなく、特別なSクラスに選ばれた優秀な生徒たちだ。他の生徒たちは君たちを羨望の眼差しで見るだろう。その期待に応えるべく、君たちには模範となるような生活を送ってもらいたい」


 その言葉の一つひとつから、俺たちへの強い期待と信頼が感じ取れた。

 しかし、その空気を一変させたのは、あのガラールだった。


「なんで儂が序列三位なのじゃ!? 試験のとき、たまたま赤髪に負けただけじゃ! 最悪でも二位のはず! 貴族だからって贔屓するのか、この学校は!」


 怒りに燃えるガラールが、講壇を震わせる勢いで声を張り上げた。

 ガラールの言うことも一理ある。

 エーディンはリスター連合国、メサリウス伯爵家の長女なのだ。

 試験会場であったこともない者が序列一位という事実は、忖度と思って当然であるとは思う。


 だが、バザードは一切動じることなく、まるで突き放すように、容赦ない言葉を投げつける。


「お前がエーディンより弱いから。ただ、それだけだ」


 その残酷までの言葉は、ガラールの闘争心をさらに刺激した。


「なんじゃとッ――! 貴様! いい加減に――」


 ガラールが椅子を蹴立てて立ち上がり、教壇のバザードに向かって突進しようとした――その瞬間。

 彼の動きが、突如として完全に止まった。

 あまりにも唐突で、あまりにも不自然な静止。


「――っっっ!!!」


 驚愕と混乱が交錯するガラールの瞳が、必死に周囲を探る。

 体は動かずとも、目だけは恐怖に駆られたように揺れていた。


 そして――


 彼の前を、音もなく歩む一人の少女の姿があった。

 エーディン・アライタス。


 その歩みはゆったりと、しかし迷いのないものだった。

 右手には銀光を帯びた短刀。


 彼女の顔には一片の感情も宿っていない。

 赤縁の眼鏡の奥、綺麗な瞳には冷酷さを浮べて――


「やめろっ――!」


 俺が声を上げ、エーディンの凶行を止めようと身を動かした瞬間だった。

 彼女の瞳が妖しく煌めいたかと思うと、全身が瞬時に硬直する。

 まるで見えない鎖に縛られたかのように、体――いや、指一本すら動かない。


 な、なんだこれは……!

 魔力……? いや、それ以上の何かに拘束されている……!


 必死に身体に力を込めても無駄だった。

 そんな俺を一瞥したエーディンは、あくまで冷静に、短刀の腹をガラールの頬に軽く当てる――ぺし、ぺし、と。


「あなたが一位じゃない理由が、よく分かったはずよ」


 彼女の声は、まるで教師が子どもを諭すような静けさと威圧を併せ持っていた。

 満足したのか、静かに席へと戻るエーディン。

 彼女が席に着くと、体を縛っていた見えざる力がふっと解け、俺の四肢は自由を取り戻した。


 一体、今のは何だったんだ……?

 ガラールも俺と同様に手足を確認し、呆然としながらも異常がないことを確認していた。

 しかし――懲りていない。


「貴様ァ! 不意打ちとは卑怯じゃろうが! 正々堂々、真っ向勝負で勝負せい!」


 声を荒げて叫ぶガラール。

 そんなガラールを見て、エーディンはため息を漏らす。


「先生? 大人しくさせるためにも、序列戦を行っても?」


 彼女に訊かれたハザードは顎に触れながら考えむ。


「そうだな。本来は迷宮試験後だが、特別に認めよう……が、序列戦であれば、序列三位のガラールは二位のアイクにしか挑戦できない。エーディンに挑戦できるのはアイクだけだが?」


「ガラールに挑んでもらっても構いませんよ。束縛眼を使わずとも彼には勝てますから。アイクは無理そうですけど」


 ガラールを挑発するエーディン。

 すると、真っ赤に顔を染めたガラールが唾を飛ばす。


「上等じゃ! 儂がその腐った性根を叩き直してやるわい!」


「分かった。では明日、ホームルームの後に序列戦を行う。各自万全の体調で来るように」

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