第9話 閉ざされた扉の向こうで
いつものようにゲーセンやカラオケで過ごし、遅い時間に帰宅した夜。玄関のドアをそっと開けると、リビングから灯りが漏れている。普段ならとっくに寝ている時間だ。胸の奥に、ひやりと嫌な予感が広がった。
「咲菊、ちょっと来なさい」
低く静かな声がリビングから響く。
足が止まる。逃げ出したい気持ちを抑えながら靴を脱ぎ、鞄を置いてリビングへと進む。部屋に入ると、父がダイニングテーブルに座り、新聞をきっちりと畳んでこちらを見ていた。大きな手が強く組まれ、その指先がわずかに震えている。表情には不機嫌さと、押し殺した心配が混ざっていた。
「最近、帰りが遅いな」
父はできるだけ穏やかに問いかけてくる。「どこに行ってるんだ?」
「別に、友達と遊んでるだけ」
そっけなく答え、視線を合わせない。
「友達? 誰だ?」
問いの鋭さが増す。
「ただのクラスメイトだよ。なんでそんなに気になるの?」
冷静を装うが、父の眼差しはまるで顕微鏡の下に置かれた標本を覗き込むように、逃げ場を与えない。
「気になるさ」
父の声が少し強くなる。「夜遅くまで遊ぶような連中がどんな奴か、父親として気にしないわけがない。それに今までは、部活が終わったら真っ直ぐ帰ってきただろう」
胸の奥に小さな棘が刺さる。苛立ちがじわじわと膨らむ。
「お父さんには関係ないじゃん!」
堰を切ったように声が荒くなる。
「関係ない?」
父の眉間に深い皺が刻まれる。「お前の父親である以上、関係ないわけがない!」
その言葉が胸に重く響き、怒りが一気に燃え上がった。
「うるさい! お父さんは何も分かんないくせに!」
叫ぶと、父の顔に驚きと困惑が一瞬浮かぶ。目の奥に隠しきれない悲しみがにじむのを、わたしは見てしまった。
居たたまれなくなり、リビングを飛び出す。
「咲菊! 戻って来なさい!」
背中に父の声が鋭く突き刺さる。その怒り混じりの響きには、かすかな震えがあった。
階段を駆け上がり、部屋のドアを勢いよく閉める。「バタン!」という音が家中に反響し、心臓が激しく脈打つ。
暗闇の中でベッドに腰を下ろす。スマホの画面が青白く光り、指先に冷たさが残る。けれど、今日はチャットを開く気になれなかった。
「お父さんには何も分かんない」
そう呟きながらも、胸の奥がざわつく。怒鳴り声と一緒に、あの一瞬の父の表情――悲しみが浮かんだ眼差し――が消えない。
毛布を頭まで被り、目を閉じる。闇の中、なぜか母の笑顔が一瞬よぎった。まるで、父の顔の影と重なり合うように。
「……違う。そんなはずない」
強く息を吐き出し、その像を打ち消すように目を固く閉じる。
「お父さんなんて、私のことなんか何も分かってないんだから」
その言葉を自分に言い聞かせながら、いつしか眠りに落ちた。
【予告】
「父との衝突がますます深まり、家の中で居場所を失う咲菊。
そんな彼女に差し伸べられるのは――遼の手。
次回、彼の“特別な誘い”が、咲菊を取り返しのつかない夜へと導いていく。」
ここまでお読みいただきありがとうございます。感想やレビューお待ちしてます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます