肉食令嬢は、肉のために結婚することにした。
笛路/ビーズログ文庫
第一章 お肉のために嫁入りしました
1-1
「またか……」
「便秘ですか? それとも
「クラウディアちゃん、どうしてそうもガサツな言葉を使うんだい。あと、どっちでもないからね」
本気で心配したのですが、どちらでもないとのことで少しホッとしました。お父様が一人でグチグチと小言を
その内容はいつも通り。
見た目なんて、どうでもいいじゃありませんか。
「それよりも……よっ、と。今日は小さめですが、
「ちょ、クラウディアちゃん、
ちゃんと血抜きしてきましたから、
「いっそのこと、契約結婚で狩猟民族に嫁いじゃえば問題解決かなぁ?」
「へ? 狩猟民族ですか!?」
「…………えっと、クラウディアちゃん? なんで目がギラギラしているのかな?」
私――クラウディアは、幼少期に食べさせてもらった、
「いいですね、狩猟民族。とても
「肉目当てぇ!? ほんとに、それでいいの!?」
お父様が再びガクリと
「辺境の狩猟民族って意味、分かっ――――」
「分かってます、分かってます。狩猟民族なのでしょう!? お父様、善は急げですわよ!」
「絶対、分かってないと思うんだけどなぁ」
お父様が項垂れ背中を丸めたまま、
さて、
うん、今日も
*****
現在、私は四ヵ月前のあの日を思い出して、白目になっています。
――――聞いてない。
狩猟民族の長に
そうして今朝になり、目的地に到着したと
その
「レオンだ。このたびはすまなかったな。迎えにも行ってやれず」
「いぃえぇ……」
「ん? どうした?」
目の前のプレートアーマーを着たレオンと名乗る男性。ダークアッシュカラーのサラサラショートカットな、どう見ても
チェストプレートに
「場所を
「君はリーツマン伯爵家の娘、クラウディアだろう?」
「はい、そうですが?」
「ならば、ここで間違いない。私が君の夫になる男だ」
――――はぃぃ!?
「私は、狩猟民族の族長と
「狩猟民族とは、一部の凝り固まった者たちが我が辺境のことをそう呼んでいるだけだ。リーツマン伯爵と契約書は
ぐうの音も出ないほどの
「君にとっては望まぬ結婚のようだが
「ん? あら……? ということは、ヴァルネファー辺境伯領では狩猟をしているのですか?」
「…………まぁ、そうなるな」
なぁんだ、それなら
「狩猟に
「頭は……大丈夫か?」
「失礼な!」
レオン様が本気で心配そうなお顔で首を
とりあえず、レオン様の第一印象はなかなかの好青年といった感じで、悪くはありませんでした。私、この結婚に全力投球だったんですよね。ウッキウキのワックワクで来てみれば辺境伯。
お父様が私を騙したのは『辺境伯』というだけで私が断ると思ったから、なのでしょうか? そこのところ、
「それで、明日の結婚式についてだが――――」
到着早々すまないと言いつつも、話をどんどんと進めるレオン様。どうやらレオン様もあまり結婚にいいイメージを持っていなさそうな話の進め具合です。その後、レオン様も私も派手な結婚式は断固
初夜は……まぁ、翌日の夕方までベッドから起き上がれなくなるとは思いも寄りませんでしたが、
結婚三日目の朝、レオン様が騎士団のお仕事に向かう準備をされていました。いつもは騎士服のみらしいのですが、今日は軽装ではあるもののプレート類も着けられ、
玄関先でいってらっしゃいませと声をかけてレオン様をお見送りしたのですが、部屋に戻る途中で使用人たちが、野外訓練なら
この地に来て早速、狩りをするチャンスですよ? 見学なり参加なりしてみたいではないですか!
流石に結婚三日目でそんなお願いをしても聞いてはくださらないでしょう。ですから、こっそり……そう、こっそりとついていき、こっそりと参加して、こっそりと帰ってくればいいのです。
――――急がねば!
騎士団の建物はヴァルネファー領主館の
騎士団舎の前でレオン様や騎士様たちが、整列した見習い騎士である少年たちに今日の訓練について話をしていました。二十名ほどいる少年たちは決まった服装ではなく、ローブを着ている子もいます。これなら大丈夫だろうと
どうやらこっそり
ここヴァルネファー辺境領は
辺境伯の持つ私設騎士団は、それらの
――――野営地で仕留めた
顔が見えないようフードを
出発直前までは、人数の確認をされないかとドキドキしていたのですが、
辺境伯の屋敷を出て二時間が経過。途中一度の
見習い騎士たちは、なんだか既にヘロヘロになっていますが、大丈夫でしょうか?
「……ふむ。体力がまだまだ足りないようだな。訓練メニューを見直すか」
レオン様が副団長様や
「うげっ。
出発前にも声をかけてくれた見習いの子に頷き、声を出さずに返事をしました。
「お前どうしたんだ? ずっとフード被ってるし寒いのか? 体調悪いなら早く言えよ?」
見習いの子が
ちなみに、体調は
今回の狩り場である山の麓で一度休憩をしたあと、レオン様が見習い騎士たちを整列させました。
「前回の訓練の応用でできるはずだ。獲物を三頭得るまでは戻ってくるな! 散開!」
「「ハッ!」」
レオン様が
「…………は!?」
レオン様の横を通り過ぎた直後、ザァッと
山中を足早に移動し、
辺りを
低木の側に
幸運なことに、数分で丸々と
――――よし!
先ずは一頭。確実に仕留めました。
巣穴から
辺りを警戒しつつ、足音を立てないように用心してそっと歩いていると、小さな池を見つけました。
――――
物音を立てないように気を付けながら
「よし」
バサバサと飛び立つ鴨たちを見送り、周囲に獰猛な
それぞれの脚をロープで括り肩から下げて
振り向くとそこには、ダークアッシュの髪の毛をサラリと
――――え、
「っ! やはりクラウディアだった! 何をして――――は? 何だそれは」
「はい?」
レオン様が伝説の魔獣でも見たかのような表情で、私を指差します。いえ、どうやら差しているのは、肩……? あ、獲物かしら?
「うさぎと鴨ですわ。ノルマの三頭です」
「…………………………は?」
たっぷりと時間を置いて、言われたのはその一言のみ。
なぜか深呼吸をしたレオン様に「とりあえず、集合場所に戻ろう」と言われました。ノルマは達成していましたので
正直なところ、勝手についてきてしまいましたし、勝手に狩りもしましたから、そのことについて物凄く
お父様でしたら
ですが、レオン様は特に何も言わず、私の前を歩くだけでした。もしや、屋敷に帰ってから怒られるパターンでしょうか?
とりあえず今は、
集合場所に戻ると、老齢の騎士様がホッとしたような表情をされていました。
「本当に奥様だったんですね……」
一方、隣にいた若手の騎士様は、私の姿を見てなぜか絶望の表情をされています。
「その獲物……レオン団長が仕留めたんですよね? それで奥様に持たせている……。そうだと言ってください。いやほんと、お願いします」
「俺はクラウディアを探して連れ戻しただけだ……」
「「……」」
レオン様、他の方の前では『俺』と言われるのですね。なんだか、野性的です。
確認したところ、どうやら私が一番乗りでした。報酬は何でしょうか? 金銭よりお肉がいいのですが。あ、でも考えてみれば辺境伯夫人なので、ノーカンですかね? それだと残念です。せめて自分で狩ったものだけでも報酬として頂ければよいのですが。
見習い騎士である少年たちが戻ってくるたびに『え、誰!?』といった視線を向けられます。一人一人に「レオン様の妻です」と
見習いの騎士さんたちと
レオン様が集合の合図をかけ、コホンと
「…………今回の報酬は、なしだ」
「「えー!?」」
「……なぜ、クラウディアまで『えー』なんだ」
――――はっ!
見習い騎士たちのブーイングに
「美味しいお肉がもらえるかもという期待があったので、
そう謝ると、レオン様がエメラルド色の瞳を丸くして、キョトンとされました。
「報酬は、肉でいいのか?」
「はい! え? くださるんですか、お肉!!」
「「……」」
なぜか、その場にいた全員が
訓練からの帰り道は、見習い騎士さんたちともかなり打ち解けて、色々とお
レオン様たちは、このあと隣の騎士団舎で狩った獲物を
確かに、王族
騎士団の建物へ向かうレオン様たちを見送り、私はうさぎと鴨を肩にぶら下げたまま早足で
世の中の女性はそんなにもか弱いのでしょうか。
結構
「うさぎは、リエーブル・ア・ラ・ロワイヤルがいいけれど、時間がかかるから、カチャトーラでお願いします。鴨はモモ肉をコンフィにするのがいいかしら?」
「え……肉料理を二つも、ですか?」
この会話、実家でもよくしていましたね。
必殺! 煌めくハニーブロンドヘアーと、抜けるような青空色のくりっとした瞳を
「だめ?」
「っ、しょ、承知しました。直ぐにお作りします」
「まぁ! ありがとう!」
――――いよっし!
料理長によろしくねと手を振り、部屋に戻りました。狩り用の服を脱ぎ、湯を浴びて
セパレートタイプのデイドレスに着替えて部屋で一休みしていると、いつの間にか帰宅していたレオン様が部屋にやってきました。夕食の準備ができたと呼びに来てくださったそうです。
本来は私からお
レオン様にエスコートしてもらい食堂に向かうと、どこからともなく
「まぁ! とてもいい匂いがしますね」
「ん。クラウディアがメニューを希望したそうだな」
「はい、鴨肉はコンフィにするのが大好きなのです」
「あぁ、君が狩ったものを使うように言ったのか」
レオン様がクスリと柔らかく笑われました。
そういえば、今日のことを怒られるかもと思っていたのですが、今の反応を見る限り、レオン様は怒っていないのでしょうか? そして、なぜ笑われたのかも気になりましたが、まだまだ
お
「うさぎのカチャトーラです」
「ん? 鴨のコンフィではなかったのか?」
「コンフィはこのあとにお出しします」
「肉料理が……二品? ああ、そうか。いや、すまない。気にするな」
レオン様が何か考える仕草をしたあと、なぜか一人で
カチャトーラは、うさぎ肉とトマトやピーマンなどの野菜を、ハーブとワインで
「んんんっ! 美味しいですわ」
「料理長に伝えておきます」
そして、次に運ばれてきたのは、鴨のコンフィ。低温の油で煮られた鴨肉は、
これは間違いなく美味しいときの音です。
一口サイズに切り、ゆっくりと口に運ぶとお肉はふわふわと柔らかく、歯をそこまで立てなくても
「んんんーっ! おいひい! 今度コツを聞かなきゃ」
「ん? クラウディアは自分で料理をするのか?」
「はい! 狩りも料理も趣味として
レオン様がキョトンとした顔になられたあと、クスクスと笑い出されました。
「君は、王都で見ていた貴族の娘たちとは全く
「あー、まー、はい」
ここで私の二つ名を隠したところで何の得にもならないだろうと、白状することにしました。
「
「ははっ! 狩猟民族と言われる辺境伯と、肉食令嬢か。
王都で経験していたように、いつものごとく引かれるのかと思っていましたら、レオン様はとても楽しそうに笑っていらっしゃいます。ちょっと意外な反応でした。
「はいっ!
「ふっ、ははは。ん、私もだ」
狩猟民族に嫁入りと言われて
そう考えただけで息が苦しくなり、つい訓練に忍び込んでしまいました。こっそり帰れたらラッキー、バレたらバレたで、怒られればいいかと。
でもレオン様はなんだか、王都で見ていた貴族たちとは違い、この状況を楽しまれているご様子です。契約結婚とは承知していますが、だんだんと希望通りの生活が送れそうな気がしてきました。
「明日のご飯も楽しみです!」
「ふふっ。ん、料理長に伝えさせよう」
「はいっ!」
明日は、何が食べられるのでしょうか。
ゴロゴロミンチのハンバーグ?
鹿肉のポトフ?
ローストビーフ?
そういえば、見習い騎士さんたちが、バジリスクなどは毒をしっかりと処理すれば食べられると言っていましたね。それから……あ!
「こちら、竜などは飛来したり?」
「ん? 小型のものなら年に二度ほどあるかな」
――――いよっし!
騎士さんいわく、竜のお肉は、腰が抜けるほどに美味しいとかなんとか。
お肉お肉お肉、お肉まみれです。
このヴァルネファー辺境伯領、お肉の宝庫じゃないですか! なんだかレオン様も好意的ですし、お肉のために結婚して私、本当によかったです!
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