肉食令嬢は、肉のために結婚することにした。

笛路/ビーズログ文庫

第一章 お肉のために嫁入りしました

1-1

 「またか……」


 りからしきもどると、げんかん先でお父様にそうぐうしました。たぶん朝食のためにダイニングに向かっているちゅうなのでしょう。ただいま帰りましたと声をかけるとしょんぼりとかたを落とされてしまいました。どうしたのでしょうか?


「便秘ですか? それともですか?」

「クラウディアちゃん、どうしてそうもガサツな言葉を使うんだい。あと、どっちでもないからね」


 本気で心配したのですが、どちらでもないとのことで少しホッとしました。お父様が一人でグチグチと小言をこぼされています。


 その内容はいつも通り。きらめくハニーブロンドヘアーと、けるような青空色のくりっとしたひとみ、ぽってりとしたももいろくちびる。社交界で数多あまたになるであろう整った顔を持って生まれたのに、もったいないとかなんとか。さらには、かみを乱雑に結び、しゅりょう服を着て、けものくさい。宝のぐされすぎる、とかも。


 見た目なんて、どうでもいいじゃありませんか。


「それよりも……よっ、と。今日は小さめですが、いのししを仕留めてきましたわ」

「ちょ、クラウディアちゃん、じゅうたんの上に置かないでよ。よごれ取るの大変なんだからさぁ……」


 あしなわくくり、肩にかついでいた猪を玄関で下ろすと、お父様がガックリと肩を落とされました。

 ちゃんと血抜きしてきましたから、だいじょうなのですけどね?


「いっそのこと、契約結婚で狩猟民族に嫁いじゃえば問題解決かなぁ?」

「へ? 狩猟民族ですか!?」

「…………えっと、クラウディアちゃん? なんで目がギラギラしているのかな?」


 私――クラウディアは、幼少期に食べさせてもらった、にくじゅうあふれる猪のあらミンチハンバーグや、くせがなくやわらかな鹿肉ローストなどの味が忘れられず、自ら狩猟して食材を手に入れてくるようになりました。そして、自分で調理し、食べる。それが至高なのです…………が、現在、二十歳はたち流石さすがはくしゃく家のむすめとしてこのまましゅぱしってけっこんしないのはマズいかなぁと思っていたところでした。


「いいですね、狩猟民族。とてもしいお肉が食べられそうです」

「肉目当てぇ!? ほんとに、それでいいの!?」


 お父様が再びガクリとうなれていましたが、知ったことではありません。でも、そのえんだんをしっかりとていけつしてくださいませ!


「辺境の狩猟民族って意味、分かっ――――」

「分かってます、分かってます。狩猟民族なのでしょう!? お父様、善は急げですわよ!」

「絶対、分かってないと思うんだけどなぁ」


 お父様が項垂れ背中を丸めたまま、しつしつへと向かって行きました。どうやらちゃんと仕事をしてくださるようです。朝食はらないのかと聞くと、食欲がなくなったとのことでした。お父様の分も食べていいそうなのでえんりょなくいただいておきましょう。


 さて、ずはえね。朝食を終えたら、お昼からは仕留めた猪でハンバーグやシチューを作りましょう。

 うん、今日もらしい一日になりそうだわ!



*****



 現在、私は四ヵ月前のあの日を思い出して、白目になっています。


 ――――聞いてない。


 狩猟民族の長によめりすることが決定したものの、辺境なのでむかえには来られそうにないとお父様から聞いていました。きっと日々の狩りでいそがしいのだろうと思い、ならばとけっこんしき前日に集落にとうちゃくするよう、五日前に輿こしれ道具とともに辺境に向けて出発したのです。


 そうして今朝になり、目的地に到着したとぎょしゃに言われて外を見ると、なんだか立派な都市の中の、なんだか立派なお屋敷の前。お父様に到着は夕方くらいになるだろうと言われていたので、狩猟民族の集落の近くには大きな都市があるのねぇ、なんて流れる景色をのほほんとながめていただけだったのに……馬車が止まったのは、なぜかごうていの前。


 そのごうなお屋敷のとびらじゅうがノックし、お屋敷から出てきたしつ服の男性に何かを話していました。そして、執事に案内されるがままについていくと、執務室らしき部屋に通されました。


「レオンだ。このたびはすまなかったな。迎えにも行ってやれず」

「いぃえぇ……」

「ん? どうした?」


 目の前のプレートアーマーを着たレオンと名乗る男性。ダークアッシュカラーのサラサラショートカットな、どう見てもじょう様をジッと見つめます。

 チェストプレートにられているたてのエンブレムの中には二りのけんりゅうと樹木のしょう。これって、ヴァルネファーへんきょうはくもんしょうじゃなかったかしら?


「場所をちがったようです。私は狩猟民族の集落に嫁入りを――――」

「君はリーツマン伯爵家の娘、クラウディアだろう?」

「はい、そうですが?」

「ならば、ここで間違いない。私が君の夫になる男だ」


 ――――はぃぃ!?


「私は、狩猟民族の族長とけいやく結婚するために来たのですけれど?」

「狩猟民族とは、一部の凝り固まった者たちが我が辺境のことをそう呼んでいるだけだ。リーツマン伯爵と契約書はすでわしている。間違いなく、君の嫁入り先はここだ」


 ぐうの音も出ないほどのしょうひん、お父様のサインがしっかりとされている『こんいんにあたっての契約書』を眼前に突き出されてしまいました。どんなに目を皿にしてかくにんしても、ぞうの証拠は見つけられず、本物と認めざるを得ません。


「君にとっては望まぬ結婚のようだがあきらめてくれ」

「ん? あら……? ということは、ヴァルネファー辺境伯領では狩猟をしているのですか?」

「…………まぁ、そうなるな」


 なぁんだ、それならばん解決ではありませんか! お父様のことだから、しれっと私をだましたのかと思いましたが、ちゃんと希望通りの嫁入り先にしてくださったのですね。全く、私に甘いんですから。


「狩猟にけて、お肉を食べる生活が続けられるのであれば、文句はありませんわ。申し訳ございませんが、家同士の契約は知ったこっちゃございません」

「頭は……大丈夫か?」

「失礼な!」


 レオン様が本気で心配そうなお顔で首をかしげ、私の顔をのぞんでこられました。どういう意味か説明してほしいような、そうでもないような。


 とりあえず、レオン様の第一印象はなかなかの好青年といった感じで、悪くはありませんでした。私、この結婚に全力投球だったんですよね。ウッキウキのワックワクで来てみれば辺境伯。つうに高位貴族ではありませんか。また『そんなばんな格好をして』とか『女は家で編物をしていろ』なんてことを言われるのかと思いましたが、なんだかイケそうな気がします。


 お父様が私を騙したのは『辺境伯』というだけで私が断ると思ったから、なのでしょうか? そこのところ、ようかくにんですわね。


「それで、明日の結婚式についてだが――――」


 到着早々すまないと言いつつも、話をどんどんと進めるレオン様。どうやらレオン様もあまり結婚にいいイメージを持っていなさそうな話の進め具合です。その後、レオン様も私も派手な結婚式は断固きょというせきがっを果たし、しき内にある教会でレオン様と彼の側近たちのみでおこなうことになりました。ここはおおむね元々の予定通りです。


 初夜は……まぁ、翌日の夕方までベッドから起き上がれなくなるとは思いも寄りませんでしたが、かつあいします。


 結婚三日目の朝、レオン様が騎士団のお仕事に向かう準備をされていました。いつもは騎士服のみらしいのですが、今日は軽装ではあるもののプレート類も着けられ、こしにはナイフやロープなんてものも準備されていたので、まるで狩りでもするかのような装備ですねと聞くと、見習い騎士たちを連れて野外訓練に行くのだと言われました。


 玄関先でいってらっしゃいませと声をかけてレオン様をお見送りしたのですが、部屋に戻る途中で使用人たちが、野外訓練ならしょくりょうにスペースを作っておかないといけないなんて話をしているのが聞こえてきたので、あわてて私室にみ髪の毛をまとめ上げ、狩猟服と弓とたんけんを身に着け、長めのローブをまとって屋敷を飛び出しました。


 この地に来て早速、狩りをするチャンスですよ? 見学なり参加なりしてみたいではないですか!

 流石に結婚三日目でそんなお願いをしても聞いてはくださらないでしょう。ですから、こっそり……そう、こっそりとついていき、こっそりと参加して、こっそりと帰ってくればいいのです。


 ――――急がねば!


 騎士団の建物はヴァルネファー領主館のとなりにあり、敷地続きになっているので、しんにゅうは簡単です。なぜなら私は既に敷地内にいますからね。


 騎士団舎の前でレオン様や騎士様たちが、整列した見習い騎士である少年たちに今日の訓練について話をしていました。二十名ほどいる少年たちは決まった服装ではなく、ローブを着ている子もいます。これなら大丈夫だろうとしのあしで彼らのさいこうに混ざり込むと、隣の少年が「なんだよ、こくか?」と聞いてきました。声を出さずにこくりとうなずくと「きんちょうでもしているのか?」と心配そうな顔で、この訓練は騎士団長たちがついてきてくれるし、初心者用の場所だから大丈夫だ、と教えてくれました。


 どうやらこっそりせんにゅう作戦、あっさりと成功したようです。


 ここヴァルネファー辺境領はりんごくと接しており、とても大きな山の中が国境になっています。そして、その山にはどうもうな野生動物や、都会では見ることのないじゅうが普通にいるのだというのは、王都にいるときから知ってはいました。


 辺境伯の持つ私設騎士団は、それらのとうばつ任務をっているのだとか。そして、辺境伯自らもその討伐に参加していること、野営地などでは討伐した生き物たちを食していることから頭の硬い一部の貴族たちに『狩猟民族』とささやかれているのだということを、先日レオン様に教えていただきました。


 ――――野営地で仕留めたものを食べるなど、当たり前ですのにね?


 顔が見えないようフードをぶかかぶり、隊列の最後尾を歩きます。


 出発直前までは、人数の確認をされないかとドキドキしていたのですが、殿しんがりを務めていた騎士様が「やっぱり来る気になったんだな」と私の背中をポンとたたいたので、どうやらお休みした見習いの子がいたおかげで疑われずに済んだようです。


 辺境伯の屋敷を出て二時間が経過。途中一度のきゅうけいはさみ、国境である山のふもとに到着しました。

 見習い騎士たちは、なんだか既にヘロヘロになっていますが、大丈夫でしょうか?


「……ふむ。体力がまだまだ足りないようだな。訓練メニューを見直すか」


 レオン様が副団長様やいの騎士様たちとそんな会話をしていました。


「うげっ。おそろしい会話してんな」


 出発前にも声をかけてくれた見習いの子に頷き、声を出さずに返事をしました。


「お前どうしたんだ? ずっとフード被ってるし寒いのか? 体調悪いなら早く言えよ?」


 見習いの子がやさしすぎて、ちょっと申し訳なかったのですが、レオン様にバレるわけにはいきませんので、心をおににして無言をつらぬき、ジェスチャーのみで応じました。


 ちなみに、体調はばんぜんです。この程度の移動でしたらもう少し速くてもよくないかしら? なんて思いながらみなの後ろをついて歩いていたくらいには元気です。


 今回の狩り場である山の麓で一度休憩をしたあと、レオン様が見習い騎士たちを整列させました。

 いんそつとしてついてきていたろうれいの騎士様と若手の騎士様いわく、今から山の麓近くにある狩猟場で、各自狩りをするのだとか。ここには小型程度の野生動物しかいないそうです。


「前回の訓練の応用でできるはずだ。獲物を三頭得るまでは戻ってくるな! 散開!」

「「ハッ!」」


 レオン様がひときわ大きな声で狩猟開始の合図を出されました。一番に戻った者には、ほうしゅうがあるそうです。これにおくれてはいけないと、慌てて皆に続いて駆け出しました。


「…………は!?」


 レオン様の横を通り過ぎた直後、ザァッととっぷうき、フードが少しズレてしまいました。ぐに両手で押さえたので、見られていないことをいのります。それよりも、場があらされる前にばやく三頭狩ることに集中です。小型のものが多いということは、少年たちの立てる足音だけでもかくれてしまうはずなので。


 山中を足早に移動し、ひとがなくなったところでフードはぎました。

 辺りをうかがうと、うさぎのフンがまっている場所があったので、近くに数ひきいそうです。


 低木の側にかがんで弓を構えたままジッと地面を観察していると、巣穴を発見しました。ここからは持久戦です。獲物が出てきても、慌てずさわがず、心を乱さずで、しっかりと観察しタイミングを計ることが大切です。


 幸運なことに、数分で丸々とふとった茶色いうさぎが巣穴から外に出てきました。うさぎは後ろ脚で立ち上がるとキョロキョロと辺りを見回し始めました。チャンスのように見えますが、今矢を放っても失敗するだけです。周囲のけいかいを終えて毛づくろいを始めたしゅんかんが本当のチャンスです。スッと右手の力を抜き、矢を放ちます。


 ――――よし!


 先ずは一頭。確実に仕留めました。


 巣穴からはなれた場所で血抜きを行います。可哀想かわいそうだと思う方もいらっしゃるでしょうが、これは人が生きるうえで必要なこと。命に感謝し、しっかり食べることと決めています。


 辺りを警戒しつつ、足音を立てないように用心してそっと歩いていると、小さな池を見つけました。


 ――――かもね。


 物音を立てないように気を付けながらかげに入ります。ねらいを付けた獲物に向け、弓をしっかりと、でも静かに引き、矢を放つ。直ぐに次矢をつがえ、放つ。


「よし」


 バサバサと飛び立つ鴨たちを見送り、周囲に獰猛なけものひそんでいないかを確認してから、射止めた二の鴨を回収しました。


 さきほどうさぎの血抜きをしたところで、鴨も血抜きをします。外傷がなければ、一度冷やしてから熟成させるという手もあるのですが、矢で射ましたので血抜きはひっです。


 それぞれの脚をロープで括り肩から下げてかん準備をしていると、後ろからだれかが走ってくる音が聞こえました。


 振り向くとそこには、ダークアッシュの髪の毛をサラリとなびかせたレオン様が、せまるようなものすごい形相でこちらに向かってきていました。


 ――――え、こわっ。


「っ! やはりクラウディアだった! 何をして――――は? 何だそれは」

「はい?」


 レオン様が伝説の魔獣でも見たかのような表情で、私を指差します。いえ、どうやら差しているのは、肩……? あ、獲物かしら?


「うさぎと鴨ですわ。ノルマの三頭です」

「…………………………は?」


 たっぷりと時間を置いて、言われたのはその一言のみ。


 なぜか深呼吸をしたレオン様に「とりあえず、集合場所に戻ろう」と言われました。ノルマは達成していましたのでりょうしょうし、大人しくレオン様について歩きました。


 正直なところ、勝手についてきてしまいましたし、勝手に狩りもしましたから、そのことについて物凄くおこられると思っていたのです。

 お父様でしたらいまごろお小言が止まらないでしょうね。

 ですが、レオン様は特に何も言わず、私の前を歩くだけでした。もしや、屋敷に帰ってから怒られるパターンでしょうか? 

 とりあえず今は、やぶつつかずにそっとレオン様に続きます。


 集合場所に戻ると、老齢の騎士様がホッとしたような表情をされていました。


「本当に奥様だったんですね……」


 一方、隣にいた若手の騎士様は、私の姿を見てなぜか絶望の表情をされています。


「その獲物……レオン団長が仕留めたんですよね? それで奥様に持たせている……。そうだと言ってください。いやほんと、お願いします」

「俺はクラウディアを探して連れ戻しただけだ……」


「「……」」


 レオン様、他の方の前では『俺』と言われるのですね。なんだか、野性的です。

 確認したところ、どうやら私が一番乗りでした。報酬は何でしょうか? 金銭よりお肉がいいのですが。あ、でも考えてみれば辺境伯夫人なので、ノーカンですかね? それだと残念です。せめて自分で狩ったものだけでも報酬として頂ければよいのですが。


 見習い騎士である少年たちが戻ってくるたびに『え、誰!?』といった視線を向けられます。一人一人に「レオン様の妻です」とあいさつをしつつ、何を狩ってきたのか見せてもらったり、どんなじょうきょうで仕留めたのかを教えてもらったりしました。


 見習いの騎士さんたちとだんしょうしていましたら、最後の一人が戻ってきました。私が狩りを終えてから三時間くらいった気がします。

 レオン様が集合の合図をかけ、コホンとせきばらいをしました。


「…………今回の報酬は、なしだ」

「「えー!?」」

「……なぜ、クラウディアまで『えー』なんだ」


 ――――はっ!


 見習い騎士たちのブーイングにられて、つい口からてしまっていました。


「美味しいお肉がもらえるかもという期待があったので、ぼんのうがダダ漏れしてしまいました。申し訳ございません」


 そう謝ると、レオン様がエメラルド色の瞳を丸くして、キョトンとされました。


「報酬は、肉でいいのか?」

「はい! え? くださるんですか、お肉!!」


「「……」」


 なぜか、その場にいた全員がこんわくの表情をしていました。お肉、うれしくないですか? 美味しいですし。

 訓練からの帰り道は、見習い騎士さんたちともかなり打ち解けて、色々とおしゃべりしながらの楽しい道中になりました。私のみ、屋敷の前で解散することにはなりましたが。


 レオン様たちは、このあと隣の騎士団舎で狩った獲物をさばく訓練をするそうです。それにも参加する気満々だったのですが、「流石に、しゅくじょには無理です! そっとうしてしまいます!」と見習い騎士さんたちに説得されてしまいました。既に自分で血抜きしていますが、どうやらレオン様がしたのだとかんちがいされているようです。

 確かに、王族かいさいの狩猟祭などは、狩りにだけ参加してその他は男性任せの女性もいますから、そういったイメージを持たれているのかもしれませんね。


 騎士団の建物へ向かうレオン様たちを見送り、私はうさぎと鴨を肩にぶら下げたまま早足でちゅうぼうに向かいました。どう料理しようかとウキウキしていましたが、料理長と執事に全力で止められてしまいました。淑女がそんなことをしたら卒倒すると、またもや言われてげんなり。

 世の中の女性はそんなにもか弱いのでしょうか。

 結構したたかだと思うのですが。まぁ、ここは実家ではありませんし、仕方ないのでグッとまんです……今は。


「うさぎは、リエーブル・ア・ラ・ロワイヤルがいいけれど、時間がかかるから、カチャトーラでお願いします。鴨はモモ肉をコンフィにするのがいいかしら?」

「え……肉料理を二つも、ですか?」


 この会話、実家でもよくしていましたね。

 必殺! 煌めくハニーブロンドヘアーと、抜けるような青空色のくりっとした瞳をうるませてからの、ぽってりとした桃色の唇を少しとがらせて小首を傾げるこうげき


「だめ?」

「っ、しょ、承知しました。直ぐにお作りします」

「まぁ! ありがとう!」


 ――――いよっし!


 料理長によろしくねと手を振り、部屋に戻りました。狩り用の服を脱ぎ、湯を浴びてあせを流します。そこまで激しい運動はしていませんが、最低限の身だしなみとして。 こういうことをちゃんとしつけてくれたお父様には感謝です。


 セパレートタイプのデイドレスに着替えて部屋で一休みしていると、いつの間にか帰宅していたレオン様が部屋にやってきました。夕食の準備ができたと呼びに来てくださったそうです。

 本来は私からおむかえとかした方がよかったのでしょうか? お父様はずっと家にいたので、そういったマナーがよく分かりません。


 レオン様にエスコートしてもらい食堂に向かうと、どこからともなくかもにくとスパイスのにおいがただよってきました。


「まぁ! とてもいい匂いがしますね」

「ん。クラウディアがメニューを希望したそうだな」

「はい、鴨肉はコンフィにするのが大好きなのです」

「あぁ、君が狩ったものを使うように言ったのか」


 レオン様がクスリと柔らかく笑われました。


 そういえば、今日のことを怒られるかもと思っていたのですが、今の反応を見る限り、レオン様は怒っていないのでしょうか? そして、なぜ笑われたのかも気になりましたが、まだまだしんに仲良くなれていませんので、ちょっと聞きづらいです。


 おたがいに多少のぎこちなさはあるものの、夕食は他愛もない話を挟みつつ順調に進み、メイン料理になりました。


「うさぎのカチャトーラです」

「ん? 鴨のコンフィではなかったのか?」


 きゅうはいぜんし、じょちょうが料理名を伝えると、レオン様がげんな顔をされました。


「コンフィはこのあとにお出しします」

「肉料理が……二品? ああ、そうか。いや、すまない。気にするな」


 レオン様が何か考える仕草をしたあと、なぜか一人でなっとくした様子で食事を再開されました。


 カチャトーラは、うさぎ肉とトマトやピーマンなどの野菜を、ハーブとワインでんだお料理で、たんぱくなうさぎ肉がねっとりと柔らかくなるのがとくちょうです。そして、トマトソースととても合う。


「んんんっ! 美味しいですわ」

「料理長に伝えておきます」


 そして、次に運ばれてきたのは、鴨のコンフィ。低温の油で煮られた鴨肉は、うまがギュッとぎょうしゅくされています。鴨肉をフォークで押さえ、ナイフを入れると皮がパリパリとここよい音を出しました。


 これは間違いなく美味しいときの音です。


 一口サイズに切り、ゆっくりと口に運ぶとお肉はふわふわと柔らかく、歯をそこまで立てなくてもれました。しゃくするたびに口の中に幸せが広がります。


「んんんーっ! おいひい! 今度コツを聞かなきゃ」

「ん? クラウディアは自分で料理をするのか?」

「はい! 狩りも料理も趣味としてたしなんでおりますの」


 レオン様がキョトンとした顔になられたあと、クスクスと笑い出されました。


「君は、王都で見ていた貴族の娘たちとは全くちがうな」

「あー、まー、はい」


 ここで私の二つ名を隠したところで何の得にもならないだろうと、白状することにしました。


かげでよく言われていたんです、『肉食れいじょう』と」

「ははっ! 狩猟民族と言われる辺境伯と、肉食令嬢か。おもしろいほどにぴったりな組み合わせだな」


 王都で経験していたように、いつものごとく引かれるのかと思っていましたら、レオン様はとても楽しそうに笑っていらっしゃいます。ちょっと意外な反応でした。


「はいっ! あいしょうがよさそうですよね。私、これからがとても楽しみです」

「ふっ、ははは。ん、私もだ」


 狩猟民族に嫁入りと言われておどりしていたのに、正体は辺境伯だったので、実はちょっとガッカリしていたのです。またせまい世界に押し込められるのかと。


 そう考えただけで息が苦しくなり、つい訓練に忍び込んでしまいました。こっそり帰れたらラッキー、バレたらバレたで、怒られればいいかと。


 でもレオン様はなんだか、王都で見ていた貴族たちとは違い、この状況を楽しまれているご様子です。契約結婚とは承知していますが、だんだんと希望通りの生活が送れそうな気がしてきました。


「明日のご飯も楽しみです!」

「ふふっ。ん、料理長に伝えさせよう」

「はいっ!」


 明日は、何が食べられるのでしょうか。

 ゴロゴロミンチのハンバーグ?

 鹿肉のポトフ?

 ローストビーフ?


 そういえば、見習い騎士さんたちが、バジリスクなどは毒をしっかりと処理すれば食べられると言っていましたね。それから……あ!


「こちら、竜などは飛来したり?」

「ん? 小型のものなら年に二度ほどあるかな」


 ――――いよっし!


 騎士さんいわく、竜のお肉は、腰が抜けるほどに美味しいとかなんとか。

 お肉お肉お肉、お肉まみれです。

 このヴァルネファー辺境伯領、お肉の宝庫じゃないですか! なんだかレオン様も好意的ですし、お肉のために結婚して私、本当によかったです!


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