1-2(黒崎視点)

 14時半。


 社外の会合から帰社し、足早に社長室へ向かった。そろそろ夏樹が目を覚ます時間だから、起きた時に見える場所に居たいと思った。午前中は寝ていることが多い。夏樹には俺が仕事中の時は社長室で寝るようにさせている。夏樹の体調が良くないからだ。めったに笑顔を見ることがなくなっている。


 夏樹に話を聞くと、頭がぼんやりするそうだ。思うように話が出来ないことを気にしているから、ゆっくり話しかけるようにしている。社長室では小さなテレビをソファーのそばに置き、動物番組のDVDを流している。夏樹が好きな番組だ。主題歌の”心のドア”が流れた後、やっと微笑んでもらえた。それが今朝のことだった。


 退院後、夏樹の最初の一週間の食事量は、今までと比べると極端に少なかった。杏仁豆腐とプリンを進んで食べるから、常に冷蔵庫にストックしてある。毎回俺がそばにいると食べるから、彼が食べ終わるまで付き添っている。


 少し食欲が戻った昨日は、気晴らしに外食に連れて行った。個室では隣に座り、白身の焼き魚の骨を取り、身をほぐして食べさせた。俺が世話を焼くのが珍しいのか、夏樹が微笑んでいた。それを見て、本当に嬉しかった。何でも食べさせたいし、どこへでも連れて行ってやりたい。夏樹が喜ぶのなら。


 家の中でも常に一緒に居る。風呂に入った後、夏樹の髪の毛を乾かしてやっている。そして、彼が寝付くまで見守り、持ち帰った仕事を寝室でこなした。ここまで誰かに世話を焼くとは、自分でも想像していなかった。夏樹のそばに居られることが嬉しいのだが、早く元気になってもらいたいと願っている。


(夏樹。笑っている。よかった……)


 社長室へ入ると、夏樹の話し声が聞こえてきた。早瀬と話しているようで安心した。みるみるうちに元気を取り戻しているようだ。ここに連れてきて良かったと思った。


「社長、おかえりなさいませ」

「すまない。夏樹、帰ったぞ。いい子にしていたか?」

「うん。伊勢海老の話をしていたよ」

「食べたいのか。連れて行く」

「ありがとう……」


 微笑んでもらえた。土産のレアチーズケーキを見せると、笑い声が聞こえてきた。もう二度と、夏樹のことを一人にさせない。どんなことからも守り、傷つかせないと決めた。こう思ったのは、一昨日の夜に起きた出来事も大きな理由だ。夏樹のことを理解しているつもりだったことを思い知ったからだ。

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